【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第2話#14

第2話「カーシェア事件を調査せよ!」

2nd ミキ、単独調査に乗り出す。
#14

​山田茜の話を聞いたあと、マークXのある方南町駅前の駐車場に戻ってきた。会社に戻るかどうか、悩ましい。
次のアポイントは19時にこの近くなのだ。
時間をかけて五反田の会社に戻ったところで、結局とんぼ返りするのだったら、ガソリンを使うだけもったいないか……。
近くにある駐車場つきのファミレスで時間をつぶしたあと、再び方南町駅前の駐車場に戻ってきた。19時からは、傷跡を発見し、河口綜合法律事務所に相談をした依頼人の男性に話を聞くことになっていた。
待ち合わせのカフェに向かうと、スーツを着た男性が立ち上がった。冴えない表情だ。
20代後半、わたしと同世代だ。会社員の田中卓也という男だった。
「はじめまして。総合保険調査会社インスペクションの上山です」
「調査会社が動いてくれているのは心強いな。犯人は見つかりそうですか?」
「いえ、まだ、特定はできていません」
相手の顔は悲壮感が漂うままだ。
「そうですよね。もう時間も経っていますし、犯人を捜すのは難しいのかな」
「ただ、いくつかわかってきたことがあります。自損ではなく他の車に擦っていたんです」
田中の表情に変化があった。みるみる青ざめていく。
「じゃあ、もしかしたら僕が多額の支払いをすることになるのですか」
「いえ、事故証明を取っていないので、相手が見つかる可能性は低いでしょうね」
田中は目を大きくしてから、大きく息を吐き出した。ひと安心したのだろう。
「それにしても、ちゃんと業者に連絡したばっかりに、こんなことになるなんて……」
「真実を求めて尽力しますので、もう一度、利用時の状況を教えていただけますか」
田中がコーヒーカップをソーサーに置いた。
「はい。僕は友だちと、3人で3時間利用して、立川のイケアまで行きました。人数で割れば料金はさらに安くなりますからね。もちろん何事もなく戻ってきました。それが、自分が手続きしたばかりにこんなことになって……。この費用は誰も負担してくれませんよ、きっと」
「あの、一応、友人の方にもお話を聞くことは可能ですか?」
あからさまに顔色が曇った。実は可能であれば、今日も同席をお願いしていた。
「今日は、2人とも仕事があると断られたんです。お前がなんとかしろって。でも、もう一度聞いてみて電話させますので、連絡先を教えてください」
「わかりました。電話でお話できるだけでも助かります」
「どうか助けてください。僕、契約社員で、マイカーを持つ余裕なんてないから、カーシェアリングは助かるなって思って、ネットのキャンペーンを見て使ってみたんです。人のつけた傷の修理代を払ったり、もしも相手が見つかったときに、相手の車の修理代を払ったりする余裕はありません」
河口綜合法律事務所に相談をしてきたのは、心配した彼の母親だったという。おそらく、そちらの料金は親が支払うのだろう。
「そうですよね、特にこのような事故は気分がスッキリしませんよね」
どこのカーシェアリングサービスの会社も会員数を獲得するために、基本料を数カ月無料にするなど、入会キャンペーンを展開して競争を繰り広げている。
わたしは実家住まいで駐車場代がかからないけど、都心だと月極め駐車場は最低数万円くらいかかるはずだ。この額はけっこう大きい。
ひと通り話を聞いて、礼を言ってカフェを出た。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]