【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第5話#14
第5話「父の失踪事件を調査せよ!」
3rd ミキ、軽井沢へ。
#14 母、帰宅
翌日は、家にこもって考え事をしていた。まだフィリピンに行くわけにはいかない。
父が生きている可能性はかなり高いと考えていた。見つけて話を聞けば、すべての疑問が解消されるだろう。でも、まだ現地に乗り込むには手がかりが全然足りない。母から、父の居場所の手がかりになりそうなことをもっと聞き出してからでないと……。少なくとも、わたしの本当の父親が誰なのかくらいは知っておきたい。
ソファで横になっていると、シャッターが開く音が聞こえた。
ん、これって、まさか。窓から外を覗くと、アルファロメオ ジュリエッタを確認できた。
母が思いのほか、早く家に帰ってきたのだ。いったい、どういう風の吹き回しだろう。
なるべく追い詰めないようにいったん引く、というわたしの作戦が功を奏したということなのだろうか。
わたしは引き続き、こちらからはなにも聞かず、普通の態度で接することに決めた。
やがて、玄関から音が聞こえて、リビングの戸が開く。
「ただいま」
母の声が聞こえて振り向いた。
「あ、おかえり。早かったね」
わたしはソファでスマートフォンをいじるそぶりを続けた。母はわたしの隣に腰を掛ける。でも、なにか話しかけてくる様子はない。普通にしようと決めていたものの、なんだか少し挑発したくなってきた。
「お母さん、わたしも、海外旅行に行こうかな」
「いいんじゃないの。どこ?」
「フィリピンの――」
言い終わる前に、母が目を見開いた。首をすばやく横に振る。
「ダメ。それだけは絶対に許さない」
とても強い口調だった。
「なんで?」
わたしも同じく強い口調で聞き返すと、母は一度目を瞑ってから、涙声で話し始めた。
「あなたが、あの人と同じことになったら、わたしはもう二度と立ち直れない」
やはり、情緒不安定な様子だ。でも、ここで遠慮したら、前に進めない。
「お母さん、もしかしたら、お父さんは生きているかもしれない」
母が突然笑い始めた。
「なに言っているの? あんた、正気なの?」
わたしは母の目をまっすぐ見つめて頷いた。
「うん、わたし、本気で言っているの。ちゃんと根拠はあるよ。お父さんが失踪した後に、マニラで似た人を見たっていう人がいるの。ヨタハチのサークル仲間で、お父さんにも何度も会っている人。話を聞いて、たぶん、お父さんだと思った」
母は表情を強張らせた。
「あんた、もう10年も経ってるのに、いまさらなにを言っているの? どうしちゃったのよ」
「お母さん、わたしはもう27歳だよ。なにがあっても大丈夫」
母がわたしの両腕を握り締めた。
「お願い、やめて。それだけはやめて。あの人はもういないの。いい加減忘れなさい」
「やだ、絶対に行く。もしかしたら、本当に生きているかもしれないもん」
母が目を真っ赤にして首を横に振っている。
<続く>
登場人物
上山未来・ミキ(27):主人公。新米保険調査員。父の失踪の理由を探っている。愛車はトヨタスポーツ800。
周藤健一(41):元敏腕刑事。なぜ警察を辞めたのかも、プライベートも謎。社長の意向でミキとコンビを組むことに。
桜川和也(29):ミキの同僚。保険調査の報告書を作成するライター。ミキのよき相談相手。彼女あり?
成田真由子(27):ミキの中学校時代からの親友。モデル体型の美人。大手損保に勤務する。時間にルーズなのが玉に瑕。
河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。
河口純(30):河口仁の息子で、ミキの幼馴染。ちょっと鼻につくところはあるが、基本的にいい人。愛車はポルシェ911カレラ。
小説:八木圭一
1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。
イラスト:古屋兎丸
1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001
イラスト車両資料提供:MEGA WEB
編集:ノオト
[ガズー編集部]
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