<自動車人物伝>大野耐一…“トヨタ生産方式”を確立した男
よくわかる 自動車歴史館 第24話
ジャスト・イン・タイムと自働化が二本柱
“KAIZEN(カイゼン)”は、今や世界共通語と言っていいだろう。トヨタの効率的な生産方式を象徴する言葉で、日本語のままで世界に広がっているのだ。システムの方法論を確立したのが、大野耐一である。彼の著書『トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして―』は1978年に出版されてから今も版を重ねており、生産管理者のバイブル的存在であり続けている。トヨタ生産方式は全世界で採用され、生産効率向上に役立てられている。1988年に英語版が出版されて以降、さまざまな言語に翻訳され、世界中に影響を与えているのだ。
大野によると、トヨタ生産方式の柱は2本ある。「ジャスト・イン・タイム」と「自働化」だ。2つの考え方を組み合わせることで、トヨタ生産方式の基本思想である“徹底的なムダの排除”を実現できるというのだ。理論をまとめ上げたのは大野だが、彼によるとどちらにも発想の源流には先人の言葉と実践があったという。トヨタ自動車の創立者である豊田喜一郎と、その父の発明王、豊田佐吉だ。
トヨタがG1型トラックを世に送り出した翌年の1936年、生産拡大のため新たに挙母工場の建設に着手した。設計図を見た喜一郎は、倉庫を図面から取り除くように指示した。部品を保管しておく場所は無駄だというのが理由である。組み立てるときにちょうど部品が届くようにすればいい。それを、ジャスト・イン・タイムという言葉で表現したのだ。
常識への挑戦だった。その頃世界を席巻していたのは、フォードが始めた生産方式である。ベルトコンベヤーによる流れ作業で効率化を図り、T型を大量生産してコストダウンを実現したのだ。部品が順序よく並べられた脇を組み立て台が移動し、作業が進んでいく。喜一郎はアメリカで自動車工場を視察していたので、フォードの方式はよく理解していた。世界標準となっていたそのシステムは、まだ完全なものではないと考えたのである。
喜一郎の一言で工程改革に取り組む
もう一つの柱である自働化は、佐吉の発明した38年式織機に起源がある。経糸停止装置と緯糸停止装置が採用され、糸が切断したりからまったりした時に機械が自動停止するようになっていた。品質不良を防止し、手直しに時間をかけることによる損失が生じないようにしたのだ。
自動化ではなく、ニンベンの付いた自働化と表記する。スイッチを押せば動くというのが自動で、自働は機械が自ら判断して止めることも可能な状態をいうのだ。故障したり作業間違いがあったりした時に、自動的に停止するシステムである。また、負担過剰の時などに作業者がコンベヤーを停止することができるような装置も、自働化に含まれる。大野によれば、自働化とは「機械と人からなる生産システムが良品の必要な量を必要な時期までに安く作る活動をできるだけひとりでに行えるようにした生産のしくみ」なのだ。
大野は1932年に名古屋工業高校の機械科を卒業し、豊田紡織に就職した。そこで聞かされたのは、日本の工業の生産性は、アメリカの9分の1でしかないという話だった。アメリカ人が日本人の9倍の体力を持っているはずはない。だとすれば、生産性が低いのはムダがあるからに違いない。ムダをなくせばアメリカに拮抗する生産力を持つことができると、大野は考えたのだ。
1943年に大野はトヨタ自動車工業に転籍する。まず取り組んだのは、標準作業表の作成だった。戦時中で、熟練工が次々と徴用されていく。工場に残ったのは、経験の乏しい者ばかりである。これまで工場で働いた経験のない女性たちも多かった。現場で何が行われ何が必要かが一目でわかるようにしなければ、作業は進まない。目で見る管理の方法を、大野は現場で学んでいった。
戦争が終わり、喜一郎は3年でアメリカに追いつくようにとハッパをかけた。そうしなければ、日本の自動車産業は成り立たないというのだ。大野は工程の抜本的改革に乗り出した。工場内の機械の配置を変えたのである。一直線に並んでいた機械をニの字型やL字型、またコの字型やロの字型に並び替え、1人で多数台を受け持つことができるように工夫したのだ。さらに、旋盤工にもフライス盤やボール盤での作業を要求し、スムーズな生産の流れを作り出すことを追求したのである。熟練工からは反発もあったが、大野は生産性向上のために現場を革新することが必要だと信じた。
かんばん方式が追求するムダの排除
1956年、大野はアメリカに渡って生産現場を視察する。GMやフォードの工場も訪れたが、彼が新たなヒントを得たのは別の場所だった。スーパーマーケットである。日本ではまだ普及していなかったが、アメリカではスーパーマーケットでの買い物はすでにライフスタイルに組み込まれていた。そこでは、顧客が必要とする品物を、必要な時に必要なだけ入手することができる。これを生産工程に応用しようというのだ。
大野は以前から工場にスーパーマーケット方式を導入する研究を進めていたが、実際に現地で合理的な店の仕組みを見て、アイデアをふくらませていった。スーパーマーケットを生産ラインにおける前工程とみなすと、顧客は後工程にあたる。顧客が必要な物を必要な時にスーパーマーケットに買いに行くように、後工程は必要な部品を必要な時に前工程に取りにいく。前工程は後工程が引き取っていった部品を補充すればいい。これによってジャスト・イン・タイムが実現するわけである。
そこから生まれたのが、かんばんである。かんばんといっても広告用のパネルではなく、四角いビニール袋に入れられた小さな紙切れのことだ。そこには、何をどれだけ引き取るか、何をどのように作るかといった情報が書き込まれている。かんばんの指示に従って部品を作れば、常に必要な数量だけが各工場間で受け渡される。その結果、各工程における在庫は解消することになるのだ。
1963年には、全工場でかんばん方式が採用された。作業標準化や運搬管理などの問題が解決し、生産工程のスムーズな流れが作られるようになった。この方式は、工場内にとどまらなかった。協力工場からの部品引き取りでもかんばん方式が採用され、さらに協力企業間の部品のやりとりにも使われるようになっていった。
「情報を時間と取引すること。すべての供給業者、提携業者とデジタル取引を使ってサイクルタイムを減らすこと。同様に、すべてのビジネス・プロセスを『ジャスト・イン・タイムのかんばん方式』に転換すること」
マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツは著書『思考スピードの経営』の中でかんばん方式に触れている。彼は情報によって時間を短縮するという大野の思想に共鳴し、デジタル時代のビジネスにも応用可能だと気づいていた。
大野がトヨタ生産方式で追求したのは、ムダの排除だった。ムダは無限にあり、ムダを排除すればコストダウンが可能である。ムダを排除していくことで、利益は無限に拡大できる。その信念が受け継がれ、今も新たな効率向上の試みが続けられている。
「生産の方式は米国式の大量生産方式に学ぶが、そのまままねするのではなく“研究と創造”の精神を生かし、国情に合った生産方式を考案する」
1933年に喜一郎が打ち出した国産乗用車開発の方針にはそう書かれていた。大野が実現したのは、喜一郎が抱いた夢そのものだったのである。
[ 提供元:日本経済新聞デジタルメディア ]
※本資料は、様々な書籍、資料を元に編集しております。
トヨタ自動車が公式に発表している内容については、トヨタ75年史をご参照ください。
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(参考書籍、資料)
『トヨタ経営の源流―創業者・喜一郎の人と事業』佐藤義信、『豊田喜一郎―夜明けへの挑戦』木本正次、『トヨタを創った男 豊田喜一郎』野口均、『豊田佐吉とトヨタ源流の男たち』小栗照夫、『裸の神谷正太郎―先見と挑戦のトヨタ戦略』鈴木敏男・関口正弘、『賣る―小説神谷正太郎』松山善三、『石田退三 危機の決断 1950トヨタクライシス』大和田怜、『石田退三語録』石田退三・池田政次郎、『闘志乃王冠―石田退三伝』岡戸武平、『トヨタ生産方式の創始者 大野耐一の記録』熊澤光正、『トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして』大野耐一、『トヨタ式「改善」の進め方―最強の現場をつくり上げる!』若松義人、『決断 - 私の履歴書』豊田英二、『豊田英二語録』豊田英二研究会、『小説 日銀管理』本所次郎、『ザ・ハウス・オブ・トヨタ 自動車王 豊田一族の150年』佐藤正明、『トヨタ自動車の研究――その足跡をたどる――』岡崎宏司・熊野学・桂木洋二・畔柳俊雄・遠藤徹、『苦難の歴史 国産車づくりへの挑戦』桂木洋二、『国産乗用車60年の軌跡』松下宏・桂木洋二、ウェブサイト「トヨタ自動車 75年史 もっといいクルマをつくろうよ」トヨタ自動車
[ガズー編集部]
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