【連載全20話】第2話 プリンス・スカイラインGT・・・「GT」を名乗った日本の名車

今回は、長距離ツアラーとしての優れた性能から、車名に「GT」が添えられた名車を特集。なかでもクルマ好きに広く知られた日本車をピックアップし、週替わりで紹介します。

プリンス・スカイラインGT

日本初の全面舗装された専用レーシングコースである鈴鹿サーキットで、1963年5月に開かれた戦後初の本格的な四輪レースだった第1回日本グランプリ。実質的にワークスチューンのマシンを出場させたメーカーもあるなかで、愚直なまでにレギュレーションを守ってノーマルの車両を走らせたプリンスは惨敗を喫してしまった。雪辱を期し、翌1964年の第2回日本グランプリのGTレースを制覇すべく開発されたモデルがスカイラインGT(S54A-1)である。

スカイライン1500デラックス(S50D-1)のボディーをAピラーの付け根で切断し、手作業で切り継ぎしてノーズを200mm延長。そこに本来の1.5リッター直4 OHVエンジンに代えてグロリア スーパー6用の2リッター直6 SOHCエンジンを押し込むという大胆な方法で、GTレース出場のホモロゲーション取得に必要な100台をつくり、グランプリ決勝直前の5月1日に限定発売されたのだった。

スカイラインGTによって、プリンスの勝利は安泰と思われていた。だがレース直前になって最新鋭のミドシップレーシングスポーツであるポルシェ・カレラGTS(タイプ904)がドイツから空輸されてきて、プリンスの命運には暗雲が立ちこめてしまう。ところが練習走行中に904はクラッシュ。その後遺症もあって決勝レースでは優勝したものの、一瞬ながらスカイラインGTがトップを奪うシーンがあった。

この劇的なレース展開によって、世にいう「スカイライン伝説」が誕生。“スカG”と呼ばれることになったスカイラインGTを求める声が止まず、1965年2月にスカイライン2000GT(S54B-2)と名乗るカタログモデルが登場した。直6エンジンはホモロゲーションモデルではオプションだったウェーバー製3連キャブレターを標準装備してパワーアップされ、シャシーも強化。1500デラックスとほぼ同じだった内装もGTの名にふさわしいスポーティーなものとなった。

スカイライン2000GTは予想以上に売れ、イタリアから輸入するウェーバーキャブが不足。そこで1965年9月にはホモロゲーションモデルと同じシングルキャブ仕様のエンジンを積んだ2000GT-A(S54A-2)を追加し、従来のウェーバー3連キャブ仕様は2000GT-Bに改称された。以上が初代スカG誕生の大まかな経緯だが、それから60年以上にわたり、スカイラインにはGTと名乗るモデルがラインナップされ続けている。

[GAZOO編集部]

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