「足がパワーに勝っている」 スカイライン25GT-Vはハンドリングを楽しむツウな選択・・・語り継がれる希少車
「足がパワーに勝っている。」
最近はほとんど聞くことがないフレーズだけれど、かつて自動車雑誌の試乗記などでよく使われる言葉のひとつだった。ちなみに対義語は「足がパワーに負けている」だ。
意味は、エンジンのパワーに対して車体やサスペンションがしっかりしている様子。「運動性能に対してエンジンパワーが足りない」という言い換えもできるが、いずれも否定的な意味合いではなく操縦性がしっかりしているクルマを指すことが多い。
逆に「足がパワーに負けている」というのは、動力性能に対して操縦性が劣っているということになるので、パワーは大きいけれど「危険な香りのするクルマ」を指すややネガティブな表現。今では少なくなったが、「生半可な腕のドライバーがうかつに手を出すとヤケドするクルマ」を意味する。
かつて……ドライバーのミスをフォローしてくれる電子制御システム(スタビリティ―コントロール)が普及する前は、国産輸入問わずそんなクルマが多く存在したのだ。
そんな“足がパワーに勝っているクルマ”を作り上げる一般的な方程式は、ターボ付きのハイパワーエンジンを積むことを前提に骨格やサスペンションを鍛えたボディに、ターボを外してパワーを抑えたエンジンを搭載することだ。大きなパワーに耐える車体やサスペンションなら、控えめのパワーならしっかりと受け止め、質の高い走りを実現するという理屈である。
クルマ好きの間では一般的に「パワーは大きいほど偉い」という風潮がある。しかし“足がパワーに勝っているクルマ”はハイパワーに頼るのではなく、控えめなパワーでハンドリングを楽しむためのツウな選択。あえてそれを選ぶ好事家も少なくなかった。
走行性能の高いボディにあえてNAエンジンを搭載したスカイラン25GT-V
2000年1月。日産はスカイラインの2ドアモデルである「スカイライン2ドアスポーツクーペ」に「25GT-V」というグレードを追加した。
エンジンは200psを発生する6気筒の排気量2.5L自然吸気。それを搭載する「2ドアスポーツクーペ25GT」をベースに、225/45ZR17タイヤ、17インチアルミロードホイール、4輪アルミキャリパー対向ピストンブレーキ、電動SUPER HICAS、リヤビスカスLSD、そしてリヤスタビライザーなど走りのアイテムを充実させたモデルだ。
追加されているアイテムはすべて走行性能を高めるためのものであるが、実は280psのターボエンジンを積む格上のモデルである「2ドアスポーツクーペ25GT-t」に備わるもの。ひとことでいえば「25GT-V」は、「エンジンをターボからあえて自然吸気に載せ替えてパワーを落とした25GT-t」だったのである。
ベースとなった「25GT」に対して動力性能はそのままで、曲がる性能と止まる性能を高めたツウな選択肢だったのだ。
200psを発生する「25GT-V」は決して遅いクルマではなかったが、とはいえ280psのターボエンジンを積む「25GT-t」のような太い加速はなかった。だから単純にヒエラルキーでクルマを判断する人、そして速さや刺激を求めるドライバーは見向きもしなかっただろう。しかし、控えめのパワーを引き出すことに喜びを覚える好事家のドライバーからは大いに歓迎された。
何を隠そう当時、「2ドアスポーツクーペ25GT-V」のほかにも、それ同様にターボエンジン用のボディやサスペンションとあえて自然吸気エンジンを組み合わせたスポーツカーが存在した。
シルビア オーテックバージョンはNAエンジンも35PS向上
たとえば同じく日産がS15型のシルビアに用意した「オーテックバージョン」だ。同車は自然吸気エンジンを搭載するが、サスペンションだけでなくボディもターボ用(大パワーをしっかり受け止められるように自然吸気エンジン用のボディに対して補強されている)を組み合わせる。
エンジンは通常のタイプが165psなのに対し、圧縮比アップやカムの変更による高回転化で200psとしていたのだからますますツウ好みの仕立てだ。
ボディとサスペンション(厳密にはターボ用をベースに最適化したサスペンション)に加えてブレーキもターボ用の強化タイプで、それを高回転が楽しい自然吸気エンジンを組み合わせたのだから、楽しくないはずがない。
トランスミッションはMTのみ。通常の自然吸気搭載モデルは5速だが、「オーテックバージョン」は6速であり、これもターボモデル用と同じである。
トヨタ・スープラSZ-RはNAエンジンの楽しさを最大限引き出す
また、トヨタにも同様のモデルがあった。80型スープラに追加された「SZ-R」だ。自然吸気エンジンを搭載しつつ、ビルシュタイン製ショックアブソーバーや横方向のGセンサー付きABS、トルセンLSDなど、本来はターボエンジン搭載モデル用のメカニズムを組み合わせたのが特徴となっていた。
トランスミッションはMTのみで、前期モデルはアイシン製の5速MTだったが、後期モデルはRZと同じゲトラグ製の6速MTへとアップグレードされている。自然吸気を最大限に楽しむ人に向けた、より走行性能を高めたグレードなのだ。
ツウ好みな「足がパワーに勝っているクルマ」
スカイライン2ドアスポーツクーペ25GT-V、シルビアオーテックバージョン、そしてスープラSZ-R。それらの販売が終わって20年以上がたち、今ではハイパワーによって車体が暴れるのを防ぐ電子制御のスタビリティコントロールが全車に備わるようになった。だから「パワーに足が負けている」なんていうクルマは基本的に存在しない。
しかしあの当時は、「足がパワーに勝っているクルマ」に特別な意味があったのだ。
そしてもうひとつ。自然吸気エンジンにはターボエンジンでは楽しめない“味”があることもまた、好事家にはたまらないのだ。
(文:工藤貴宏 写真:日産自動車)
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