S耐桑山事務局長が「S耐を普通のモータースポーツにしたくない!」ワケ
最近、スーパー耐久(S耐)が賑やかだと思いませんか? S耐ではここ数年、「YouTube LIVE S耐TV」(S耐TV)の生配信や半世紀ぶりの富士24時間レースの復活、アッと驚く水素カローラの参戦など、注目のトピックが目白押し。しかも、最新レーシングカーの参戦やトップドライバーのエントリーも増え、パドックがすごく華やかになりました。S耐に注目してきたGAZOO編集部としては、とっても気になるところです。
そのS耐の運営を担っているのがS.T.O.(スーパー耐久機構)事務局長の桑山晴美さん。S耐TVに出演することもあるので、ご存じの方も多いと思います。5年前にもお話をうかがったことがあるのですが、記憶に残っているのが、モータースポーツの専門家ではなく、広告業界出身という経歴。自動車レース界の常識からするとかなりのレアケースですが、事務局長に就任して、すでに9年目。聞こえてくるのは活躍している話ばかり。何がパワーの源になっているのか、知りたくてしかたありませんでした。
そこで桑山事務局長にお願いし、S耐の現場オートポリスでお話を聞かせていただきました。なんと、桑山事務局長を支えるスーパーバイザー(以下SV)の高谷克実さんも同席してくださいました。
桑山晴美氏(くわやまはるみ)プロフィール
2000年に独立し、ケイツープラネット株式会社を設立。モータースポーツとは無縁の広告やウェブ制作、イベント運営などに携わる。2013年、S.T.O.事務局長だった夫の他界により事務局長を引き継ぎ、現在に至る。
※S.T.O.:Super Taikyu Organization スーパー耐久機構
「モータースポーツの固定概念にとらわれない」S耐の戦略
『スーパー耐久シリーズは1991年より市販量販車をベースとした日本発祥、日本最大級の参加型レースとして歴史を重ね、今日までプロドライバーとレースをライフスタイルの一部とするアマチュアドライバーが共に協力し合い、覇を競いつつ継承してきたチームスポーツである』
これは毎年発行されるレギュレーションブックに記載されている「スーパー耐久シリーズの理念」の序文です。全体の内容は年々少しずつ変わっているようですが、上記の文言に変わりはありません。S耐最大の特長は、アマチュアドライバーが主役で、先生役のプロドライバーと協力しながら戦うことです。
写真提供:スーパー耐久機構
桑山事務局長
「S耐は生き物であり、時代も人も変化しています。『残さなくてはならない魂』と『進化させなくてはならない挑戦』をバランスさせ、次の時代につなげていかなければなりません」
桑山事務局長がとっている戦略は、「モータースポーツの固定概念にとらわれない」こと。
これは、モータースポーツと無縁の業界にいたからこそ、S耐を俯瞰で見ることができ、固定概念にとらわれない活動ができるのでしょう。例えば競技面におけるルールづくりにも表れています。
高谷SV
「S耐は障害物競争です。レースにはいろんな要素があり、それを上手にこなした人たちが結果を手にする。単純な速さや勝ち負けだけですべてを判断するレースにはしたくないです。」
桑山事務局長
「勝負は勝負ですが、ガチガチにレースを作りこみ過ぎず、楽しさや笑いも生み出していけるレースであってほしいと願っています」
写真提供:スーパー耐久機構
写真提供:スーパー耐久機構
そして、ドライバーを含むチームとファン、S耐事務局をはじめとする運営スタッフの距離が近いのも狙った通り。高谷SVによると、なんと桑山事務局長を訪ねて事務局に足を運ぶファンもいるとか。
桑山事務局長
「ファンだから、チームだから偉いとか、運営側が遠い存在とか、そういうことではありません。S耐という場にみんなが集い、立場も何も関係なく、フラットなところにいるのがいいのです」
さらに、桑山事務局長はファンやオフィシャルを含め、S耐に集う人にこのレースを通じて「人それぞれの大事な何か」を感じてほしいと訴えており、その記述はレギュレーションブックの理念にもあります。
レース後の目標を掲げるオーガナイザーはなかなかいないですね。
桑山事務局長
「偶然ご縁があり、人々がS耐に集まっていますよね。楽しかったレースの先に『人生の中で挑戦し続けるために大事な何か』を感じて欲しいのです」
桑山事務局長はファンにも実際にレースに参加してほしいと本気で考えており、バーチャルでS耐に参加できるeスポーツの特許を取得。リアルのレースとバーチャルの融合も視野に入れています。
一方で、国内外におけるマーケティング活動に力を入れているのも桑山流。常に新しいファン層との出会いを求め、S耐TVに力を入れる一方で、S耐公式キャラクターの「えすたいすぱーく」が開催地周辺の自治体を表敬訪問している他、富士24時間レースでは、富士スピードウェイが主導しコースサイドでBBQやキャンプを実施。コロナ収束後には、アジアを代表する24時間レースに育てていくという構想もあるそうです。
桑山事務局長
「S耐を見に行きたいと思うきっかけを沢山つくらなければいけない、そのひとつが間違いなくS耐TVだと思います。固定概念にとらわれなければ、伸びしろは沢山あります」
写真提供:スーパー耐久機構
写真提供:スーパー耐久機構
このように、桑山流の改革とコンセプト確立に力を注いできた近年のS耐ですが、その過程において、苦労の連続だったのがメディア戦略。紆余曲折の末、現在はS耐TVがその中心を担っていますが、桑山事務局長は今もなお、満足できるレベルに達していないと語っています。と、言われますが、GAZOO編集部は毎回楽しませてもらっていますよ。お客様のチャット発言にもS耐TVへの愛を感じます。
「かっこいい」にこだわり続けるS耐TV
「旧態依然」。桑山事務局長が以前行っていたメディア展開を振り返る時、必ずと言っていいほど出るのがこのキーワードです。
桑山事務局長
「どうやっても昭和の感じで、かっこいいものが作れなかったんです。これだけ世の中が変わっているのに変われないんです。視聴率云々ではなく、番組としてどうしても納得がいくものが作れませんでした」
桑山事務局長流のメディア戦略は「S耐をその時代時代の風にのっているようなスポーツにすること」。固定概念にとらわれない桑山事務局長らしい考え方ですが、簡単ではなく、実際に制作すると、文字通り古さを感じるものが多く、草の根レースなのにトップクラスや上位にしかスポットライトが当たらないものでした。
桑山事務局長
「内容云々以前に、進歩がないのが残念で仕方ないんですね。昔ながらのやり方では今風のかっこいいものが作れないと思い、自分たちで動かしていけるYouTubeにシフトしていきました」
こうして2017年にスタートしたS耐TVですが、開始から5年目を迎えた今でも製作サイドとせめぎ合いの真っ最中。過去の反省をふまえ、全車にスポットを当てることを命題としており、MC陣やスタッフ、コストと毎回相談しながら、適度なゆるさとかっこよさを共存させていくS耐にふさわしいものを目指して努力が続いているそうです。
桑山事務局長
「S耐TVは未知との戦いです。ある日カメラがレースを追えていないことがわかり、レースなのにレースを追えない。カメラを1個ずつ増やして途中からレース展開を読める人を投入していって……」
広大なサーキットにおいて、レースをカメラで追うだけでも手間なのに、その費用の大半をS耐事務局でまかない、リアルタイムで配信。さらに自前のスタッフで内容の作り込みまで行うのですから大変です。実は桑山事務局長、忙しい決勝レース中でもスタジオのスタッフにLINEやメール等で指示を出すことがあるそうですが、そこまでしないとS耐が普通のモータースポーツになってしまうという思いがあるからでしょう。
桑山事務局長
「かっこいいものを作ったあとで、崩していくのはいいと思います。でも、最初から崩すとかっこよくない。だからかっこいいベースのメディアがあり、どうやってS耐流に崩していくか。いつもMC勢の福山さん、数野さん平田さんと話しあいながら微調整しています。課題は無くなりません」
写真提供:スーパー耐久機構
オウンドメディアによる情報発信がマストになっている昨今、メディア戦略は不可欠。IT以前は考えられなかった業務ですが、広告業界出身の桑山事務局長にとっては当たり前のことです。前例がないだけに難しいかじ取りが求められますが、参加する人がメリットを感じるられるよう、日々努力を続けています。その成果として、今年の富士24時間耐久のエンディング時は生ライブで2万人以上が閲覧しています。
「モータースポーツの魔力だけに頼らず」時代にマッチさせていく
今回のお話をうかがっている中で何度も感じたのが、桑山事務局長の危機感。現状に甘えることなく、時代の変化に対応していかなければ、あっという間に取り残されるという思いがひしひしと伝わってきました。
桑山事務局長
「モータースポーツには魔力があります。一度それを知ると忘れられませんが、その力だけに頼っていても長くは続かないと思います」
そのために広くて高いアンテナを持ち、時代の空気を読む。桑山事務局長には変化を感じたら即行動に移す行動力がありますが、交渉相手はたくさんの人たちです。いつも賛同が得られるとは限りませんが、粘り強く自分の考えを伝え、相手の意見も聞くようにしています。そのため、時にはチームの熱を全身で浴びることも。つくづく事務局長の仕事は大変だと思いますが、それでも頑張れるのはS耐に集う人が好きだから。
桑山事務局長はある意味、最も熱心なS耐のファンだと思います。サーキットに集まるすべての人達に感謝の気持ちを持ちながら、S耐のあるべき姿を模索し、積極的に改善した結果、みんながS耐ファン代表の桑山事務局長についていくようになったように感じました。そこにあるのは損得勘定ではなく、お互いを認め合う信頼関係。S耐ファン代表の桑山事務局長だからこそ、「S耐を普通のモータースポーツにしたくない!」のでしょう。S耐の未来は明るいです。
みなさんも、桑山事務局長に会いにS耐に足を運んでみてはいかがでしょうか? 桑山事務局長はピットを訪ねる時、こだわりの手土産の持参を欠かさないそう。人付き合いを円滑にする桑山事務局長一流の処世術です。でも、その際、お土産はいらないそうです。親戚のおばちゃんに会いに来る感覚で、気遣いなく気軽にみんなとお会いしたいそうです。
写真提供:スーパー耐久機構
(インタビュー・テキスト:奥野大志 /編集:GAZOO編集部)
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