トヨタ・チーム・タイランドのニュル24時間レースをキーパーソンと振り返る

毎年5月頃にドイツ北西部にあるニュルブルクリンクで行われるニュルブルクリンク24時間レース(ニュル24時間)。1周約25kmのロングコースには無数のコーナーとアップダウンがあり、世界一過酷なサーキットと言われています。

トヨタ自動車(TOYOTA MOTOR CORPORATION)は2007年からニュル24時間に参戦。モリゾウ選手こと豊田章男社長もTOYOTA GAZOO Racingのドライバーとしてこのレースに出場し、クラス優勝を記録しています。

しかし、今回の主役は日本のトヨタ(TOYOTA MOTOR CORPORATION)ではなくタイのトヨタ(TOYOTA MOTOR THAILAND)。それが2014年からニュル24時間に参戦している「トヨタ・チーム・タイランド」で、トヨタの現地法人であるトヨタ・モーター・タイランド(TOYOTA MOTOR THAILAND)のサポートを受けてレース活動を行うワークスチームです。

そのトヨタ・チーム・タイランドのキーパーソンがTRDタイランドの社長で、レーシングドライバーでもあるスッティポン・サミットチャートさん。これまでの3年間に渡るニュル24時間レース挑戦を振り返るとともに、2017年に向けての意気込みもうかがいました。

スッティポン・サミットチャートさんはタイのモータースポーツ創世記から現在も活躍中のレジェンドドライバー。後ろに見えるのは自身のドライブでタイランドスーパーシリーズに参戦している86

タイ国内のドライバーのレベルをさらに上げるために参戦

――2014年からニュル24時間に参戦していますが、どのような経緯で参戦が決まったのですか?

ニュル24時間は私にとって若いころからの憧れでした。レーサーなら一度は走ってみたい、そんなレースでありサーキットです。タイ国内のモータースポーツは昔と比べてとても発展しました。VIOSやカローラAltisのワンメイクレースに出場している選手の中から良い選手が出てきて、タイ国内で高いレベルに達する選手が増えました。

そんな彼らをもっと上のクラスに上げたいと思ったときに、クルマ、ドライバー、そしてチームについて、タイのみんなと一緒に手を組んで参戦できるのは、やはりニュル24時間しかないと考えました。トヨタ・モーター・タイランドにサポートをお願いしたところ、タイで走っているカローラAltisでの参戦を提案されたので、このクルマで出ることにしたのです。

――スッティポンさん自身、それまでニュルを走った経験はあったのですか?

ニュルをはじめて走ったのは6~7年前だったと思います。その時はクルマをレンタルしてノルドシュライフェ(北コース)を走りました。その後、トヨタ・モーター・タイランドがTMG(トヨタモータースポーツ有限会社)から買った86があったので、それを使ってコースを走りました。

――ニュルを初めて走った印象はいかがでしたか?

最初のニュルのレースは夜でした。ライセンスをとるためにナイタートレーニングのテストがあるのですが、昼間に単独で走るのとは違うなと思いましたね。前も後ろも全然見えないコースを走りながら、突然速いクルマがどんどん抜いて来る。常に後ろを見ながら走らなくてはいけません。

でも、レースの雰囲気はすごく良かったです。これは出てみないと説明できないですね。ステアリングを握りながら感じる夜の景色などは、「これはいいな」と思いました。正直、危ないですけどね(笑)。

トップカテゴリーであるGT3マシンとの速度差は大きい。夜間でも霧が出ていても、容赦なく追い立てられる。そんな彼らを安全に行かせるのも経験のひとつだ

予想外のトラブルに見舞われた2014年。翌年からスペックの異なる2台で参戦

――2014年の参戦1年目のチャレンジはいかがでしたか?

コースにしてもクルマの作り方にしても、まずは勉強でしたね。24時間でどのようなことをしなければいけないのかなど、なにもかも。でも、とにかく完走しようという目標を持ち1台で参戦しました。

本当は、市販車で改造範囲が少ないV3クラスで参戦したかったのですが、カローラAltisがドイツで販売されていないので、2.0リッターNAエンジンで出られるSP3クラスに出場しました。

2014年に初めてニュルブルクリンク24時間レースに参戦したトヨタ・チーム・タイランドのカローラAltis。急な傾斜がついて路面も荒い、名物コーナーのカルーセルヘアピン(写真)にも苦しめられたという

――初年度のクルマはどのようなクルマづくりをしましたか?

足まわりを変更したくらいでほとんどノーマルでした。なんとか完走はしたのですが、レース中にエンジントラブルが発生してしまいました。1時間かけてピットに戻り、そこからヘッドを開けてバルブやロッカーアームを交換して、3~4時間かけて直しました。本当に大変な作業だったのですが、ピットアウトの際に他のチームの方が拍手してくれたのは感激しましたね。

初年度、トラブルに見舞われながらもなんとか完走したトヨタ・チーム・タイランド。大きな仕事を終えた良い表情をしています

――他にも予想外のトラブルが起きましたか?

普段のレースではまず壊れないマフラーとかエンジンマウントが壊れました。縦と横のGが普段よりも大きい上に、路面がバンピーでジャンプすることも多いですからね。カルーセルコーナーでは「ブブブブ」という独特な振動が起こるのですが、この振動のせいでサスペンションのベアリングが痛みます。パーツの選択やセッティングをそうしたセクションに合わせるのか、他のハイスピード区間に合わせるかといった難しさを感じました。

2014年のピット裏でのワンシーン。想定外のパーツが必要になったからか、一般車両から移植するためにパーツを外すメカニック。初年度の混乱が垣間見えるワンシーンである

――2年目と3年目は2台で参戦されていますね。

完走できなかったらタイに帰りにくくなるので、2年目の2015年からは2台で出場しています。1台目は2014年と同じほとんどノーマルのクルマですが、2台目は上位を狙うためにちょっといじったクルマを作り、2台とも完走することができました。

1台目のエンジンは7000回転仕様で、これはタイで作っています。また2台目のエンジンはチャレンジングな8000回転仕様で、これは日本のエンジニアさんに協力してもらっています。

荒れた路面、激しいアップダウン、刻々と変わる天候。どれも良い経験になったとスッティポンさんは語る

――3年目の2016年は素晴らしい結果でしたね。

大雨が降ったり雹がふってクラッシュがたくさん発生したり。レースが中断になり、本当に大変なレースでした。この年も、1台はチャレンジングなチューニングをして、もう1台は確実に完走を狙う作戦でした。結果的にチューニングした方が2位に入り、もう1台も4位に入ることができました。

――トライが実ったわけですね。

やっぱりニュルで結果を出すには、クルマだけではなくチームワークが必要だと思いました。ドライバーやメカニック、シェフまで、みんな一緒にやらないとうまくいかないですね。それがわかったニュルの3年間でした。また、ドイツはソーセージとパンばかり(笑)。みんなの口に合う食事を用意することも大切です。

ミーティングでチームメンバーに檄を入れるスッティポンさん
ドライバーと同様に経験がものをいうニュル24時間のピット作業。突然のピット作業にもあわてず臨機応変に対応することが重要だ
SP3クラスのトロフィを掲げるチームタイランドのドライバー4名

――2016年は2位。2017年の期待が高まりますね。

タイトヨタに「今年は優勝」と言われてプレッシャーがかかっていますよ(笑)。もう上にいくしかないですよね。下に下がれない。トップしかないですよね。

――昨年は同じクラスでトップのルノークリオとは3周差でした。

実は去年、うちが2周くらいトップを走っていたことがあったのですが、そのときにマフラーが折れました。これを修理するのに1時間ぐらいかかっています。これがなければもしかしたらという気持ちもありますが、これもレースですね。

――初参戦の2014年は日本のTOYOTA GAZOO Racingが3台そろってクラス優勝した年でもあります。スッティポンさんはどんな思いでその活躍を見ていましたか?

うらやましかったですよ。うちもいつかは優勝したいと思いました。でも、それよりうれしかったのが、あの年のスターティンググリッドでのできごとです。うちのスターティンググリッドはほとんど最後尾の100番目くらいで、TOYOTA GAZOO Racingの最後尾は40番目くらい。間に60台もいて、けっこう距離があったのですが、モリゾウ選手は私たちのところまでわざわざ歩いてきてくれたのです。それは感激しました。

モリゾウ選手は必ずトヨタ・チーム・タイランドのスターティンググリッドを訪れ、激励の言葉を送っている

――スッティポンさんもTRDタイランドの社長としてレースに参戦しています。豊田社長の「いいクルマを作ろう」という気持ちとニュル24時間レースに参戦する気持ちがわかるのではないですか?

トヨタのいいところは豊田社長が本当にクルマ好きということだと思います。社長が自分でクルマに乗って確認している。これだったら絶対に良いクルマができると思います。素晴らしいことですよね。

――いつか日本のTOYOTA GAZOO Racingと同じクラスで勝負してみたいとは思いませんか?

TOYOTA GAZOO Racingは私にとって憧れのチームですよ! 緊張して、そんなことできません。これからも違うクラスで出ます(笑)。

ニュル24時間レース、そしてタイのレースの発展について熱く語っていただいたスッティポンさん。スッティポンさんをはじめとするトヨタ・チーム・タイランドの関係者の情熱が、ワールドワイドなトヨタの「良いクルマづくり」に確実に活かされていると感じされたインタビューであった。

トヨタ・チーム・タイランド
ニュルブルクリンク24時間レース・リザルト

<2014年>
総合順位109位/SP3クラス7位(99周)
♯194カローラ Altis
ドライバー:スッティポン・サミットチャート/ナッタウット・チャルーンスックワッタナ/ナッタポン・ホートンカム/サック・ナナ

<2015年>
総合順位82位/SP3クラス6位(111周)
♯149カローラ Altis
ドライバー:スッティポン・サミットチャート/ナッタウット・チャルーンスックワッタナ/ホートンカム・ナッタポン/カンタサック・クスィリ

総合順位87位/SP3クラス7位(109周)
♯155カローラAltis
ドライバー:グラント・スパポン/チェン ・ジアンホン/クラパラノン・マナット/アーティット・ルンソンブーン

<2016年>
総合順位73位/SP3クラス2位(102周)
♯123カローラ Altis
ドライバー:スッティポン・サミットチャート/ナッタウット・チャルーンスックワッタナ/クラパラノン・マナット/ホートンカム・ナッタポン・

総合順位83位/SP3クラス4位(97周)
♯124カローラ Altis
ドライバー:ジュム・スパポン/ホートンカム・ナッタポン/アーティット・ルンソンブーン/チェン ・ジアンホン

(ゴリ奥野/渡辺文緒)

[ガズ―編集部]

MORIZO on the Road