1台のクルマとの出会いが人生を変える幸運。1981年式デロリアン・DMC-12
1台のクルマとの出会いが人生を変える。大げさでも何でもない。そういう出会いは本当に起こりうるし、その人の人生にもプラスに作用していることが多いように思う。
それはなぜか?
憧れのクルマを手に入れようと必死に努力をしたり、幸運にもオーナーとなった後も、維持するべくさまざまな行動を起こすからだ。漫然と日々を過ごしていたら、いつまで経ってもチャンスは巡ってこないし、運良くオーナーになれたとしても、泣く泣く手放すような憂き目に遭うかもしれない。
今回のオーナーも、ある映画に登場していた劇用車に惚れ込み、やがてオーナーとなり、その後の人生が大きく決定づけられた1人といってもいいかもしれない。
「このクルマは、1981年式デロリアンDMC-12(以下、デロリアン)です。手に入れてから今年で18年目になりました。現在の走行距離は約8.7万マイル(約14万キロ)、私が手に入れてからは1.7万マイル(約2.7万キロ)くらい走りましたね。実は、デロリアンとしては2台目の個体にあたります。2台合わせたデロリアンオーナー歴は24年です」
デロリアンと聞いて多くの人が思い浮かべるのは、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」だろう。1985年に第1作が公開されてから計3作が製作された。日本でも公開され、テレビなどでも放映されていることから、観たことがある人も多いと思う。劇中でタイムマシンとして改造されたデロリアンは、この作品を語るうえで欠かすことのできない重要な役割を担っている。
しかし、デロリアンはこの映画のために造られたクルマではない。元GMの副社長だったジョン・デロリアンが理想のクルマを造るべく、DMC(デロリアン・モーター・カンパニー)を設立したのは1974年。同社から1981年に発売されたのが、このクルマというわけだ。スタイリングを託されたのは、日本でもお馴染みの存在であるジョルジェット・ジウジアーロ氏だ。同氏が生み出した独創的なスタイリング、ステンレス素材を用いたボディ、そしてスーパーカーを彷彿させるガルウイング。時代を超えて強烈なオーラを放ち続けるデロリアンの存在が色褪せることはない。
デロリアンのボディサイズは、全長×全幅×全高:4267×1988×1140mm。駆動方式はRRとなる。排気量2849cc、V型6気筒SOHCエンジンが搭載され、最高出力は130馬力を誇る。およそ9000台が生産されたデロリアンだが、実はわずか2年という短命のクルマだった。同社が倒産の憂き目に遭ったためだ。しかし、現在でも世界中の熱心な愛好家たちの手により、その多くが現存しているというから驚きだ。
これまで、2台のデロリアンを乗り継いできたというオーナーだが、最初の出会いについて伺ってみた。
「私がデロリアンを知ったのは、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がきっかけです。私は現在51歳ですが、第1作が公開されたときは高校生でした。結局、映画を初めて観たのは大学の学食にあったテレビで見たビデオだったんです。映画の影響もあり、デロリアンの相場はかなり高価でしたし、欲しいからといってすぐに手が出るようなクルマではありませんでした。そこで、最初の愛車としていすゞ117クーペ、それも角目が特徴的な後期モデルを手に入れたんです。後期モデルはデロリアンとグリルを含めたヘッドライト「部分」の形状が似ていますし、このクルマのデザインを手掛けたのはジウジアーロですからね」
当時、高嶺の花だったデロリアン、しかしオーナーは思わぬところで「出物」と出会ってしまう。
「新婚旅行でロサンゼルスに行ったときのことです。現地の中古屋さんにデロリアンが売られていたんですね。予想外に格安だったので驚きました。これだったら自分でも買えるかもしれないと思い、日本に帰国してみると、国内相場も落ち着いてきていたことが分かったんです。そんな折、アメリカにあるデロリアン専門店から『レストア済み&保証付き』のクルマを売り出したというカタログが届き、しかも手に届く価格であることが判明。かなりリーズナブルな金額で購入できることもあり、即決しました」
こうして念願のデロリアンを手に入れることができたオーナー。その後、海外赴任が決まってしまう。
「赴任先はイタリア・ミラノでした。そこで、1台目のデロリアンを日本のデロリアン専門店に預けることにしました。しかし、現地に滞在していて、何かが足りないんです。やがてそれがデロリアンだと気づきました。それなら現地で手に入れてしまおうと、すでに紹介を受けていたスイスの専門店を思い出し、ここで2台目となるデロリアンを購入しました。多少の紆余曲折はありましたが、こうしてイタリアでもデロリアンを楽しむことができたんです。そして、日本に帰国する際に持ち込んだのが、このデロリアンというわけです。フォグランプはノンオリジナルですが、あとは当時のまま。レストアするといまの雰囲気が失われてしまいますし、これはこれでいいのかなと思っています」
オーナーのデロリアンのリアバンパーには「CH」のステッカーが貼られている。これは、ラテン語で「スイス人の連合」を意味する(Confoederatio Helvetica)の頭文字を取ったものだ。
数奇な運命を辿って日本にやってきたデロリアン、オーナーにとってこのクルマがもたらせたものとは?
「世界中のデロリアン好きとつながりました。そうなると、必然的に海外の人とやり取りしなければならないので、会話を含めた英語力が格段に向上しましたね。あとは、パソコンやインターネットに関するスキルも身につきました。インターネットが普及する以前、いわゆる『パソコン通信』の時代から日本国内のデロリアンオーナーさんと交流していましたし、海外のデロリアン関連のウェブサイトを観るために、いち早くインターネットも導入しました。コストを抑えるために、仲間に教えてもらいながら自作パソコンを造ったりもしましたよ。デロリアン好きが高じて、クルマに関連するアイテムや『バック・トゥ・ザ・フューチャー』関連のグッズを集めたり、ついにはアメリカの現DMC社の副社長が手掛けた本を翻訳・加筆し、日本語版を出版してしまいました…」
取材中に分かったことなのだが、オーナーはデロリアンだけでなく、ジョルジェット・ジウジアーロに対する思いもとても深い。
「もう1台の愛車はアルファ ロメオ 159なんです。このクルマのデザインにもジウジアーロが関わっています。いま、身につけている眼鏡や腕時計のデザインを手掛けたのもジウジアーロです。自宅にあるチェアや愛用の旅行鞄もジウジアーロのデザインです。そういえば、イタリア滞在中にはデロリアンで聖地巡礼(イタルデザイン)まで行きましたよ(笑)。ニコンのカメラでもジウジアーロがデザインしたモデルがありましたよね。彼のデザインと日本の工業製品の融合は、特に優れた製品を生み出すことにつながっていると思っています。ときどき、デロリアンの「もっとも気に入っているポイント」はどこですか?と尋ねられますが、『ジウジアーロデザイン・ガルウイング・ステンレスボディ』と答えています。1つに絞り切れないんです(苦笑)」
このように、デロリアンとジョルジェット・ジウジアーロに対する深い思い入れを感じたが、ここまで本格的だと、果たして奥様の理解は得られているのだろうか?余計なことながら気になってしまった。
「国内だけでなく、世界で開かれるデロリアン関連のイベントにも一緒に参加しています。クルマにも理解がありますよ。かつて、デロリアンとフォード マスタング Mach1を所有していたときに、あまりの自動車税の高さに怒られたことはありましたが…(このときはマスタング Mach1を手放したとのことだ)。自分だけではなく、妻にも楽しんでもらうことを考えたり、時間を作るようにしています」
今回の取材にあたり、せっかくの機会だからと、多くの日本人のデロリアンに対するイメージを払拭したいという思いがあるようだ。
「よく『初めてデロリアンを見ました』と声を掛けられるんですが、決して珍しいクルマではありません。デロリアンは約9000台生産されましたが、6000台近くが残っているといわれているんです。日本でも150台くらい生息しています。私が手に入れた1台目のデロリアンも仲間が所有していますし、実は、日本各地にデロリアンオーナーがいるんですよ。私も、できるだけ走らせるようにして、デロリアンの目撃頻度を増やしています」
ひとたびデロリアンで街中を走れば、インパクトと注目度たるやスーパーカー以上だ。ただ、ここで誤解しないでいただきたいことがある。オーナーは見せびらかしたいためにデロリアンを走らせているのでは断じてない(そうでなければ、わざわざ翻訳してまでデロリアン関連本を出版したいとは考えないだろう)。
「街中を走っていると、対向車や歩行者の方の視線を感じますね(笑)。カメラやスマートフォンで撮影されることもしょっちゅうです。走行シーンがSNSなどにアップされていると『こんな風に写っているんだ』と楽しんでいるフシもあります。老若男女、あらゆる方がデロリアンを見ると笑顔になってくれるのも嬉しいですね。こんなクルマは、他にはありません」
最後に、今後愛車とどう接していきたいかを伺ってみた。
「このクルマとともに、海外のイベントに参加したいですね。あと、このデロリアンを里帰りさせてやりたいと思っています。故郷である北アイルランド、ベルファストにある元DMCのテストコースを走らせたいんですね」
取材中、少し離れたところからデロリアンを眺めている人たちが何人もいた。小さいお子さんがデロリアンを見て笑顔になっている光景を目にした。あらゆる世代の人がデロリアンに興味を示している。そして、ギャラリーの問いにもていねいに答えていくオーナー。デロリアンが魅力的なことはもちろんだが、オーナーが醸し出す人柄があればこそ、こうして自然に人が集まってくるのだろう。
数奇な運命でこの国にやってきたデロリアン、生まれた地からは遥か遠い日本が安住の地となりそうだが、9000台ほど造られたたくさんの仲間たちのなかでも、特に幸せな個体であることは間違いなさそうだ。そして、オーナーも「デロリアンの広報担当」として人々の目を楽しませてくれるに違いない。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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