1984年式メルセデス・ベンツ・280E(W123型)と24歳のオーナーとの“心地良い”関係

今回登場する男性オーナーは、24歳という若さながら、非常に密度の高いカーライフを送っている人物だ。現在の愛車は、1984年式のメルセデス・ベンツ・280E(W123型)。失礼ながら、24歳の若者とは思えないチョイスと、落ち着いた話し方から「冷静だが情熱を内に秘めている」、そんな印象を抱いた。今回は、オーナーが発した「憧れのクルマ」に驚いたところから取材が始まった。

「憧れのクルマはLP400(ランボルギーニ・カウンタック)とDS(シトロエン・DS)です。LP400はスクエアなんですけど、サイドラインがしなやかに曲線を描いているところが好きです。DSはスクエアに見えるなかに、適度な丸みも持たせてあるのが不思議です。スペックよりも見た目から入って憧れている2台なんです。それぞれ、私にとってはこのW123に通じるものがあるんです。サイドからのアングルが、スクエアながら緩やかなラインを描いていて美しいですよね」
と答えてくれた。良い意味で“相当なマニア”の予感を感じ、ついうれしくなってしまう。

オーナーは18歳からホンダ・インテグラ タイプR(DC5型)、フィット、S2000、トゥデイ、レジェンドなどを乗り継いできた。さらに、レースで優勝経験もあるというから驚きだ。一家全員がクルマ好きな家庭に育ち、物心がついた時には、シリーズ2代目のトヨタ・ソアラが家にあったという。祖父はマツダ・RX-7を所有。母親は二輪好きで、高校時代の自由研究ではバイクをテーマに発表したそうだ。

「きっと遺伝しているんでしょう(笑)。原点を考えてみると、ソアラの狭いリアシートから見た景色が思い浮かびます。高校は自動車科に進み、部活は自動車部に入っていたんですが、そこで出会った『変態レベル』の友人たちとは、今も飲みに行く仲です。同世代なんですけど、SA(マツダ・RX-7)やアルピーヌ(ルノー・アルピーヌ・A110)に乗っているような集まりです(笑)」

さらに、オーナーは高校時代、クルマ好きとして非常に貴重な体験をしている。

「あのグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードに招待してもらったことがあるんです。多感な時期にドライバーズサロンへ入れたのは、本当にラッキーだと思っています。ある程度大人になると、空気を読んだり、好奇心を抑えてしまいますから。スターリング・モスのサインを財布にしてもらえたことは一生の記念です。当時、英国を訪れて感じたことは、車文化が日本とは根本的に違うということでした。博物館級のクルマがあたりまえのように走っていますし、大人も子どももクルマに対して敬意を払うことを知っています。例えば、パドックエリアに貴重なマシンがロープや柵なしに展示してあるんですけど、決して勝手に触れたり乗ったりする人はいません」

まさに「プライスレス」な経験だ。そんな濃密なカーライフを過ごしてきたオーナーが選んだ現在の愛車は、このメルセデス・ベンツ・280E(W123型/以下、W123)だ。この個体は1984年式の最終型になる。W123のボディサイズは全長×全幅×全高4725×1786×1440mm。エンジンは、直列4気筒・6気筒のガソリンエンジンだけでなく、ディーゼルやディーゼルターボなど、さまざまな仕様がラインナップされていた。車内を少し覗いただけでも、質感の高さがうかがえる。メルセデス創業以来のスローガン「最善か無か」の通り、時代を超えてもなお上質さが感じられる1台といえるだろう。

オーナーの個体は手に入れてから1年半が経つ。実質2オーナー目だそうだ。実走行距離は約18万キロで、乗りはじめてからは1.5万キロほど。実家までの往復約1600キロのドライブもこなすという。オーディオを最新のものに交換した以外、ほぼオリジナルを保っている。オーナーがこの個体に出会ったきっかけは?

「もともと古いメルセデスに興味がありました。W123の前のモデルになる『タテ目』のW114から、後継モデルにあたるW124までのモデルに1度は乗ってみたいと思っていました。仕事柄もありますが、いちクルマ好きとしても『最善か無か』を自分で確かめたくて、都内の専門店に足を運びました。最初は見るだけのつもりでしたが、気がついたら購入していました」

なぜ、この個体を選んだのだろうか?

「目が合いました(笑)。1回目に訪れたとき、ショールームには同じW123が2~3台あったんです。この個体は一番奥で目立たなかったのですが、なぜか目が合った気がしたんですね。その日は、別のベージュ色をした個体と2台を候補にして帰ったんですが、次に訪れたとき、ベージュのほうは売れてしまっていました。それを知った瞬間、自分はこの個体を買う運命なんだと感じたんです」

実際に乗ってみた感想は?

「ものすごく『優等生』です。日常的に乗っていてもオールマイティにこなしてくれます。高速道路を走っても、アウトバーンの国のクルマなので安定性がいいですし、ボディも大きすぎず、見切りも良く小回りが効いて、狭い道も苦になりません。ブレーキも踏んだ通りに仕事をしてくれるので、思った通りの位置に停まれます。イメージしたラインで走りたいと思えば、その通りに旋回してくれますし。近年の国産スポーツと比べるともちろん、パワーやハンドリングは劣りますが、絶対的な性能よりも、人の感性にマッチしたクルマだと思っています。ステアリング・乗り心地・ブレーキのタッチなど含めてのフィーリングすべてです。今日、あらためて見て惚れ直しました」

今まで、短い間隔でかなりの台数を乗り換えてきたオーナー。W123を実際に所有してみて、心境の変化はあったのだろうか。

「今までは1年に1度のペースで乗り換えをしていたのですが、W123に乗ったら次のクルマが思い浮かばないんですよね。ふと思い出したことがあったんです。以前、後輩の実家が営むバイクショップへ遊びに行ったとき、クラシックなモト・グッツィV7があったので眺めていると、そこのメカニックの方が『このバイクはね、いろんなバイクに乗ってきた人でないと良さがわからないんだよ』と言っていたんです。今、W123に乗っているからこそ、あのときの言葉が腑に落ちますよね。さまざまな経験を積んできたからこそ、W123の良さがわかるようになったと思っています。人に気持ちよくフィットするクルマが、あの時代に造られたことが奇跡です。実家まで1600キロのドライブでもまったく疲れませんから。人によっては不満を持つかもしれないですが、私は、現代のクルマと比べても遜色ない出来だと、自信を持って言えますね」

ここで少し意地悪な質問を投げかけてみた。古いクルマだけに、このW123を所有していて故障に悩まされることはないのだろうか?

「実は、故障知らずなんですよ。純正部品も豊富です。私も購入前は、多少古いクルマなので数ヶ月に1度は調子が悪くなるものだと思っていたのですが、専門店のスタッフに『路上で止まった人なんて、過去に1人しかいないよ』と言われてしまいました。それほどしっかりとした造りなんでしょうね。壊れたところといえば、マスターキーのゴム部分が割れたことくらいでしょうか(笑)」

所有していくうえで、こだわっていることは?

「外観をキレイにしておくことです。なぜかというと、古いクルマは汚れていると、ただのみすぼらしいクルマに見えてしまうからです。ヤレ感は魅力的ですが、中途半端に古いと単にくたびれているようにしか見えません。だから、全体的なコンディションをキープできるようにしたいですね。購入したときにコーティングもしてもらいましたし、洗車は2~3週間に1度が基本です」

最後に、今後愛車とどう接していきたいかを伺った。

「今後、乗ってみたいクルマが現れたとしても、W123を手放してまで欲しいとは思っていません。もしあれば増車、ですね。いつまでも『相思相愛』でいたいので、他の魅力的なクルマに現れて欲しくありません(笑)。ただ、熱中しすぎて『こいつしか見えない』という感じではなく、接するたびにしみじみと良さを感じられる、いい意味で力を抜いて、これからも付き合えていけたらいいですね」

締めくくりのコメントにも舌を巻いた。冷静で落ち着いた口調だが、クルマへの想いは熱い。W123との関係は、例えるならば「恋は3年で冷めるけれど、愛は冷めない」だろうか。W123とオーナーはまさに今「適温の心地いい関係」なのかもしれない。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]

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