手を入れるたびに愛しくなる。稀少な2ドアモデル、トヨタ・スプリンタートレノGT (AE86型)と暮らすオーナーのこだわりとは?

1980年〜90年代、走っていることが当たり前だったクルマたちも、いつのまにか街中から姿を消しつつあるように思う。今回、登場するこのトヨタ・スプリンター トレノ(AE86型/以下、ハチロク)も、少しずつ数が減りつつある1台かもしれない。

そんなハチロクだが、1985年の登場から30年以上が経つ今でも、世代を超えて愛されている。また「頭文字(イニシャル)D」の主人公が操るマシンとしておなじみのクルマでもある。ボディサイズは全長×全幅×全高:4215x1625x1335mm、排気量1587cc。駆動方式はFR、エンジンは「名機」と名高い4A-GEU型を搭載している。

今回は、このハチロクと暮らす32歳の男性オーナーを紹介したい。1980〜90年代の日本車をこよなく愛し、他にもホンダ・インテグラ(DA6型)や日産・セフィーロ(A31型)など、数台を所有している。中古車販売店や解体業者で“解体寸前”の個体を見つけると、つい「救出」してしまうそうだ。モディファイは社外品を極力使わず、オリジナルの外観を保ちながら乗るのが彼のスタイルだ。

そんなオーナーの原体験は、小学5年生の頃に観たビデオ「いかす走り屋チーム天国」だ。画面の中で華麗にドリフトするハチロクに惚れ込んだオーナーは、同じ年頃の子どもたちがスーパーファミコンやミニ四駆に夢中になる中、「フジミ模型」のプラモデルを黙々と作り続ける少年だったという。

「プラモデルであれば『ガンプラ』へ流れていきますし、クルマ熱のある同級生はわずかでしたね。そして『頭文字D』を知ったのは、かなり後のことです。ある日偶然、ヤングマガジンの表紙を見て、この作品のことを知りました」。

ここに佇む1台のハチロクが彼の愛車だ。グレードは、スプリンター トレノの2ドア「GT」。AE86のベースグレードにあたるモデルで、この組み合わせを持つ個体は稀少である。最上級グレードの「GT-APEX」はよく知られるところだが、この「GT」も剛性の高い2ドアボディを生かし、ラリーをはじめレースでの活躍は知る人ぞ知る存在である。では、オーナーはなぜ、ハチロクの中でも“通好み”な「GT」を選んだのか?そこにとても興味を感じ、詳しく話を伺ってみた。

「このハチロクは1985年式で、乗り始めて5年目を迎えました。私が3オーナー目で、現在の走行距離は12万キロです。この『GT』は、4A-GEU型エンジンを搭載するグレードの中ではベースモデルになります。ボディカラーはAE85と共通の赤黒ツートン。リアのブレーキもドラムブレーキです。つまり『ベースはハチゴーでエンジンだけハチロク』みたいなクルマなんです」。

AE85(ハチゴー)はハチロクと同車種だが、1500ccのSOHCエンジンを搭載し、装備もシンプルであるため「ハチロクの廉価バージョン」と呼ばれた。ローパワーのためスポーツ走行に用いられる機会が少なく、ヤレのない程度が良いボディが手に入ることから「ハコ替え用」として、ハチロクオーナーにはおなじみの存在である。

このハチロクとの出会いは、どんな経緯だったのだろうか?

「他のクルマを探していた時期に、店側から紹介されたクルマでした。正直言うと、当初はまったく好みの仕様ではなかったんです。本当は、ハチロクの中でもレビンの3ドアが欲しかったんですが、クルマのコンディションが良好で、さらに稀少なモデルということで、とりあえず見てみようかということになったのがきっかけでした」。

乗り始めて感じたことは、とにかくあちこちで声をかけられることだという。

「コンビニの駐車場はもちろん、窓を開けて走っていると、小学生に指を差されて『あ、ハチロクだ!』っていう声まで聞こえてきます(笑)」。

事実、この取材中にも道ゆく男性がこのハチロクを眺めていた。きっと、こんなことは日常茶飯事なのだろう。改めてハチロクという名車の「引力」を実感したように思う。

オリジナルの雰囲気を残すことがこだわりのオーナーだが、このハチロクには当時の外観を壊さないよう、適度に社外品を織り交ぜつつモディファイが施されている。

「リアのブレーキはドラムからディスクに変更しています。ホイールはロンシャンからSPEED STAR MK-1に。エキマニはFUJITSUBO製のステンレスが入っていましたが、走行中に割れてしまったので、タナベ製のものに交換しました。マフラーはFUJITSUBO風の2本出しに交換しています」。

オーナーがこのハチロクで「もっともお気に入り」なのは、このリアビューの角度だという。

「購入時には純正スポイラーが装着されていましたが、実は割ってしまいまして…。今年の夏にエンジンが一度止まってしまい、男三人で押していたところ、うっかりスポイラーを破損させてしまったんです。お気に入りのステッカーも貼っていたので、破損したスポイラーを外し、取り付け用の穴をテープで塞いで応急処置をしていました。するとある日、ネットオークションに、スポイラーが装着されていない、私のハチロクと同色の部品が中古品で出品されたんです。出品先は自宅から遠方だったのですが、落札後、仕事が終わってからすぐ受け取りにいきました。目が慣れてきたのか、最近はスポイラーが装着されていない状態が好みだと思うようになってきましたね」。

そして、もっともこだわっているポイントは、意外にもリアシートの部分だという。一見すると違和感なくまとまっているように映るが、ここに至るまでには相当な苦労があったようだ。

「家族が増えたので、トランクスペースにベビーカーを積み込むこともあります。そのため、リアシートは可倒式が理想だったんですが、GTのリアシートは倒れないので、GT-APEXのトランクスルーをリアシートに移植しました。購入当初はステーや内張りもなく、背もたれは千葉県の端まで出向いて購入し、内張りは長野県まで足を運んで入手しました。このようにしっくりとまとまっていますが、ここまで仕上げるのに丸1年を要しています。いざ装着となったときにステーが足らなくなり、ネットオークションで苦労して探したこともありましたし、布まで張り替えをしたのにうまく装着できず、一時は手放してしまおうかとも考えましたが、気持ちを踏ん張って再度挑戦したら装着できました。この苦労はGTのオーナーでないと分からないと思います。ここまでやる人も、いるかどうか分からないですけど(笑)」。

最後に、今後このハチロクとどう過ごしていきたいかをオーナーに伺ってみた。

「このハチロクは、これから意地でも18年は所有したいです。実は、最近子どもが生まれまして、この子が免許を取ったらハチロクを受け継いでもらいたいんです。私は20年落ちのトヨタ・86を買おうかな(笑)。レビンに乗っていて、私と同じように子どもが生まれたばかりの後輩と、最近はそんな話をしていますね」。

手を入れるほどに愛情が深まっていく付き合い方こそ、理想的なカーライフかもしれない。誰もが目に留めるモデルではなくても、その秘めた魅力に気づいたオーナーの価値観に感じ入る。こうしたオーナーたちにより「大衆車として生を受けたクルマ」たちが1台でも多く、後世に残っていけるように願いたい。

そして「子どもの誕生」という、新しいライフステージを重ねたオーナーの、これからのカーライフに幸多からんことを祈るばかりだ。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]

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