自らエンジン載せ換えを5回、不慮の事故でも見捨てず28年目。1985年式トヨタMR2 Gリミテッド(AW11型)
日々、取材をしていると、1台のクルマを通じてさまざまなドラマがあると痛感する。
なかでも興味深いのは、クルマのオーナーが特に意識してきたわけではないのに、結果としてドラマティックなストーリーとして成り立っているケースだ。
そこには背伸びや計算めいたものが一切感じられない。実際、これはものすごく強い。いたって自然体であり、まったくブレがないからだ。
今回、取材させていただいたオーナーがまさにそんな方だった。20代前半で今回の愛車を手に入れ、子育てママとして奮闘しつつも手放すことなく、むしろ惜しみない愛情を注いできたことを感じさせてくれた。
1台のクルマと長く付き合いたい、またはそう願っているクルマ好きにとって、うってつけともいえるエピソードをご紹介したい。
「このクルマは1985年式トヨタMR2 Gリミテッド(AW11型/以下、MR2)、所有年数は28年目です。現在の走行距離は約27万キロだと思われます。メーター交換をしているので、合算の走行距離なんです。
現在、50歳の私が22歳のときに手に入れた初めての愛車です。MR2の方が、25歳の息子よりも付き合いが長いんですね」
初代MR2といえばAW11型。通称「エーダブ」だ。1984年に日本初のミッドシップ2シーター車としてデビューを果たした。途中、マイナーチェンジを経て1989年まで生産された。当時のモデルサイクルは4年が多かっただけに、割と珍しいケースかもしれない。
ボディサイズは全長×全幅×全高:3925x1665x1250mm。エンジンは、前期型に1.6リッター直列4気筒DOHCと1.5リッター直列4気筒SOHCがラインナップされた。さらにマイナーチェンジ後のモデルには、AE86型のレビン&トレノにも搭載された4A-G型にスーパーチャージャーを組み合わせた最高出力145馬力を誇る4A-GZE型エンジンを搭載したモデルなども追加された。
さて、気づけば30年近くもともに暮らしているというMR2。出会いのきっかけはホンの些細なできごとだったようだ。
「MR2って2シーターだし“不便そうなクルマ”というイメージでした。当時はハイラックスなどのオフロードカーに魅力を感じていましたね。
そろそろ自分のクルマを買おうとなったとき、当時のトヨタオート店に行ってみたんです。そうしたら2代目MR2(SW20型)が欲しくなってしまって・・・。とはいえ新車は高額で、当時OLだった私の給与では、ローンを組んだとしても維持できるクルマではありませんでした」
SW20型の2代目MR2の新車価格は、エントリーモデルでも200万円超えだった。売れ筋のグレードを選べばコミコミで300万円前後になる。当時の20代のOLの方が買うには大変だったのかもしれない。
「SW20型のMR2を諦めてディーラーから自宅に帰る際、近所の中古車店にAW11型のMR2が置いてあったんです。店員さんから『試乗してみます?』と声を掛けられ、ついうっかり運転してしまったんですね。背後から聞こえる排気音や加速感にビビッときて、その場で契約してしまったんです」
あれよあれよという間にMR2オーナーとなってしまったオーナー。そこから30年近い付き合いになろうとは・・・。人生何が転機になるか分からない。
「それからというもの、買い物やそれ以外の外出時だけでなく、いまでは毎日の通勤でも使っています。このMR2でキャンプにも行きますし、車中泊だってできるんですよ!」
なんとMR2で車中泊とは・・・。2シーターモデルだし、シートはそれほどリクライニングしないはずでは?
「車体に対して斜めに寝るんですけど、私の身長だとギリギリで足を伸ばしても寝られるんですね(笑)。横になって寝られるように、パイプと木の板ですのこ状に組み、車中泊キットを自作しました」
世界広しといえども、AW11型MR2に自作の車中泊キットを積み込み、横になって寝るのはオーナーくらいではないだろうか(笑)。さらにオーナーのDIYはこれだけに留まらなかった。もはや素人の域ではない本格的なものだ。
「MR2のメンテナンスは自分で行っています。自宅のガレージにはリフト(!)もありますよ。これまで、エンジンブローを2回、エンジンの載せ換えを5回経験しました。自力でハイコンプピストンを組み込みたくてエンジンを降ろしたのがそもそものきっかけです。
これまでにミッションやクラッチ・燃料系・足まわり・メーター・ハーネス類などなど・・・ヘッドライトの部品以外、自分で直しました。特にハードだったのは、もう1台のAW11のミッション載せ換えを半日で行ったことですね。現在のエンジンを載せてから7万キロくらい走っているので、そろそろ次のエンジンを考えなきゃ・・・と思っているところです」
オーナー自らここまでメンテナンスできるとなると、モディファイも当然ご自身で・・・?
「オリジナルっぽいということでマフラーはフジツボ製に交換してあります。カナダ仕様のメーターは照明類をLED化しました。本来であれば日本仕様のみの"キンコン音"も、メーターを加工して鳴るようにしてあるんですよ。
ステアリングも純正加工して小径化。ボロボロだったレカロシートを購入して、台所用のスポンジを詰め込んで加工してあります。エンブレムとレカロのロゴは刺繍ミシンで縫いましたし。
あと、北米仕様のリアスポイラーに交換してあるんですが、ハイマウントストップランプを後付けしています。最近は車高が高いクルマも多いですし、追突防止策ですね。ステッカー類もいくつか自作しました。CARBOY誌をもじった“CARGAL”とか(笑)」
いやはや。器用というか筋がいいというか・・・。聞くところによると、子どもの頃から家電の分解や修理を楽しんでいたというから、これはもう天性のものとしか考えられない。
そんなMR2との付き合いも、とにもかくにもそろそろ30年。先述のエンジンブローもそうだが、さまざまな紆余曲折があったようだ。
「実は手に入れてわりとすぐに事故を起こしてしまったんですね。フロント右側をガードレールにヒットさせてしまい・・・当時は中古車もたくさんあったし、そのまま廃車にしてもおかしくないレベルだと思います。
でも、私の責任でMR2を壊してしまったわけだし、このクルマに対して責任を取らなくては・・・という想いから、購入金額と変わらないくらいの費用を投じて修理しました。それこそ、フレーム修正やフロントガラスの交換など、大掛かりな修理でしたね」
極論をいえばオーナー自身、怪我さえなければ別のクルマに乗り替えれば済む話だ。しかし、残されたクルマはどうなる?事故によって壊れたクルマは部品取り車か、そのままスクラップにされる可能性が高い。
「このボディーカラーは、当時のメーカーオプションである"スパークルウェーブトーニング"というんです。NAエンジンでムーンルーフ付き、そしてこのボディーカラー。当時はTバールーフとスーパーチャージャー仕様が人気でしたから、この個体の組み合わせは不人気仕様なんです。このまま私が見捨てたら最後には廃車にされていたと思います」
嫁ぎ先次第ではとうの昔にスクラップになっていたかもしれないオーナーのMR2。しかし、事故から見事な復活を遂げ、現在まで生き延びることができた。さらにはオーナー自らメンテナンスを行うなど、惜しみない愛情が注ぎこまれている。当然ながら、オーナーのクルマに対する思い入れは相当に深く、そして強い。
「もはや自分の体の一部のような感覚なんです。それだけに、自分以外の人がこのMR2に触れるのはかなり抵抗がありますね」
たとえば、カメラマンや楽器の奏者など、自分にとっての大切な商売道具であり、分身のような存在であるカメラや楽器に触れられるのを嫌がる感覚に近いかもしれない。それほど想い入れのあるMR2の気に入っているポイントについて伺ってみた。
「このスタイルですね。MR2のデザイナーさんによると『日本刀の切っ先をイメージした横のスタイル』とのことですが、確かに真横から見てかっこいいなって思ったんですよ。現代ではこんなノーズが低いクルマは作れないですよね」
オーナー・カメラマン・取材チームが取材の合間にMR2をじっくりと眺めた。エッジの効いたデザイン、直線基調のライン、このクルマを新車で買えた世代の方たちが羨ましくなる。そして、幼少期の頃からこのクルマと接してきた息子さんも多大な影響を受けて大人になったようだ。
「息子が幼稚園に通っていた頃、送迎する際に使っていたんですね。幼稚園にいるお子さんたちも、リトラクタブルヘッドライトをパカパカすると喜んでくれましたね(笑)。
息子にとっては生まれたときから家にMR2があるので、クルマのヘッドライトはリトラクタブル式があたりまえだと思っているみたいなんです。18歳で運転免許を取得して、ハチロクのトレノを買おうとしたら当時でも高くて・・・。結局、AE92型のトレノを買っていました」
そうなのだ。このMR2はクルマという解釈でありながら、家族の一員という気がしてならないのだ。まさに唯一無二の存在であるMR2。最後に今後愛車とどう接していきたいと思うか伺ってみた。
「自分の体が限界を感じるときまで乗れたらいいなと思っています。いつかは息子が欲しがるかもしれないですけど、私が乗っている間は譲るつもりはないですね(苦笑)」
1人の子どもの母親でもあるオーナー。しかし、たとえ最愛の息子さんであっても譲れないモノがある。それがこのMR2だ。試乗して出会った頃から、息子さんの幼稚園の送迎、車中泊、エンジンブロー。およそ30年という時の流れのなかにこのMR2が在ったのだ。他のクルマで代わりが務まるはずがない。
オーナーのMR2は普段はガレージにしまい込み、天気が良いときに乗るといった「趣味車」ではない。通勤を含めた普段使いもしているので、雨の日も運転するし、ちょっとした生活傷もあちこちにある。
壊れたらオーナー自ら修理して、直して、また日常の足として乗る。その過程が約30年に渡って繰り返されてきた結果、「イイ感じで使い込まれた雰囲気」がMR2全体から発せられている。この適度なヤレ具合こそ、1台のクルマと長く付き合う秘訣かもしれない。それはまるで、何年、何十年も使い込まれたコートや革靴のようだ。
誰が何といおうと、これだけ1台のクルマに対して深く、そして強い絆で結ばれたオーナーはなかなかいないだろう。しかも飽きることなく、その想いはより強さを増している。「惜しみない愛情を注ぎ続ければ、クルマは必ず応えてくれる」。これは幻想や思い込みではなく、真実に違いない。そう確信した取材となった。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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