73歳のオーナーの愛車は24年の付き合い。1993年式ポルシェ・911カレラ2カブリオレ ターボルック(964型)
この取材をするとき、オーナーに必ず伺っている質問がある。「今後、愛車とどう接していきたいか?」という問いだ。
すると、多くのオーナーがかなりの確率でこのように回答してくれる。「このクルマは一生乗り続けます!」と。おそらく、ほとんどのオーナーが本心からそう思っているのだろう。しかし、未来のことは誰にも分からない。やむを得ない理由で泣く泣く手放すかもしれないし、将来、今の愛車以上に欲しいと思えるクルマが現れることも充分にありうる。恋い焦がれたクルマを愛車にすることはたやすいことではないが、長年に亘り、維持し続けることはさらに難しい。今回、さまざまなハードルをクリアして、長年、1台の愛車と暮らしているオーナーに巡り会うことができた。
「このクルマは、1993年式ポルシェ・911カレラ2カブリオレ ターボルック(964型)です。当時、新車で手に入れて、今年で24年になります。現在、私は73歳なんですが、このクルマは40代最後の年に手に入れたことになるんですね」。
964型のポルシェ・911は、まず1989年に4WDモデルのカレラ4がデビュー。翌1990年には2WDのカレラ2が追加された。1989年で一時、生産を終了していたターボは1991年に復活を果たした。クーペ、タルガ、カブリオレを軸としたボディバリエーションを持ち、カレラRSの名を復活させた、通称「964RS」や、964型をベースにしたワンメイクレース「Carrera Cup」など、1993年に生産が終了するまで、わずか5年間のうちに様々なバリエーションが存在した(ターボモデルのみ1994年まで生産が継続された)。また、マニュアル操作が可能なAT「Tiptronic」が設定されたのも964型からだ。1963年にデビューを果たした911のフォルムを色濃く残した最後のモデルであり、ビギナーから「ポルシェ・パラノイア」と呼ばれるようなマニアまで、幅広いユーザーのニーズを満たした964型は、当時はもちろん、今でも人気が高いモデルだ。
そして、これは現在も、おそらくは未来永劫変わらないかもしれないが、新車のポルシェ・911を手に入れるのはたやすいことではない。果たして、オーナーはどのような経緯でこのポルシェを手に入れたのであろうか?
「私は東北の生まれで、10人兄弟の末っ子でした。両親は病気がちで、既に兄たちは仕事をしていましたから、少年時代は満足に学校も通えませんでした。その後、上京して丁稚奉公しながら仕事を覚え、22歳で独立し起業しました。稼いだお金を学費に充て、高校から大学院まで通ったんです。仕事をしながら学校に通ったので、大学院を卒業したときには30歳になっていました」。
20代前半で起業し、30歳で大学院を卒業するまで勉学に励んだというオーナー。そのバイタリティは一体どこから生まれるのだろうか?
「私は幼くして両親をなくしたから…というわけではありませんが、複雑な家庭環境で育った若者たちを立派な社会人に育てあげたかったんです。そのためには、大学院まで通って勉強する必要がありました。若くして家庭を持ったため、家族と仕事、そして学業を成り立たせるために、とてもポルシェを買うどころではありませんでした」。
では、どのようなきっかけでポルシェを手に入れたいと思ったのだろうか?
「私は、小さい頃からとにかくクルマが大好きでした。でも、ポルシェなんて夢のまた夢の存在だったんです。はっきりとポルシェという存在を意識するようになったのは大人になってからですね。あるとき、高速道路を走っていたら、背後からものすごい勢いで迫ってくるクルマがいたんです。そして、一瞬で私のクルマを抜き去って視界から消えていきました。それがポルシェ・911ターボだったんです。このときの体験が脳裏に焼き付いてしまいまして、後日ディーラーに駆け込み、このときと同じ911ターボに試乗させてもらいました。あの加速感と衝撃は今でも忘れられません」。
「ポルシェ・ショック」という言葉がある。クルマ好きにとって、ポルシェを知ることはショッキングな体験となることが多いように思う。それまでは最高だと思っていた自分の愛車が、一瞬で色褪せてしまうほど強烈な体験となりうる反面、いつか所有してみたいという抑えられない衝動に駆られる魔力をも秘めている。多くの場合、数あるポルシェのラインナップにおいて、911がその役割を担っているようだ。もし信じられないとしたら、何らかのきっかけを機に、ポルシェに、できれば911に触れてみて欲しい。ただし、生半可な気持ちで触れると、夜な夜な「ポルシェ・ショック」にうなされることになり兼ねないだけに注意が必要だ。それほど「ポルシェ・ショック」は感染力が強い。今回のオーナーも、まさに「ポルシェ・ショック」の洗礼を受けてしまった1人なのだろう。
「ディーラーでポルシェを試乗させてもらったとはいえ、ご存知のようにすぐに買えるようなクルマではありません。そこでより一層仕事に打ち込み、機会が訪れるのを待ちました。こうして、念願のポルシェ・911のオーナーになれたのは42歳のとき。手に入れたのは、911ターボではなく、ポルシェ・911カレラ カブリオレ(930型)でした」。
こうしてついにポルシェ911のオーナーとなったわけだが、そのときの記憶は今でも残っているのだろうか?
「はい。覚えていますよ。『ついに俺もポルシェのオーナーになったんだ!』と喜びを噛みしめました。同時にポルシェオーナーズクラブにも入会し、同じクルマを大切に乗っている方たちとの交流を楽しみました」。
苦労の末、手に入れることができたポルシェ・911。しかも珍しいオープンモデルであるカブリオレを手に入れたわけだが、その後、現在の愛車に乗り換えたきっかけとは何だったのだろうか?
「娘と当時のディーラーに遊びに行ったとき、ショールームのターンテーブルにこのクルマ(現在の愛車)が置かれていたんです。ターボボディでしかもカブリオレ。ボディカラーは特注でペイントされたパールホワイトという珍しい仕様に惹かれましたね。当時の911ターボよりも高価でしたが、日本に1台しか存在しない珍しい仕様ということもあり、購入を決めました」。
日本車では、オプションカラーを含めてパールホワイトを設定しているモデルが多いように思う。しかし、輸入車ではまだまだ少数派だ。1981年、フランクフルトモーターショーに出展されたポルシェ・911ターボ カブリオレ(930型)のボディカラーもパールホワイトだった。オーナーの個体もそれに近いといえる。最後に、いつも必ずオーナーに伺っている「このクルマと今後どう接していきたいか?」という質問をしてみた。
「所有している24年間のうちに傷をつけてしまった箇所もありますが、このクルマは私にとって特別な存在なんです。頑張った末に、若いときには夢のまた夢の存在であったポルシェ・911を手に入れることができました。今の私の夢は、孫娘にこのクルマを託すことなんです」。
取材中に、オーナーのポルシェ・911のオドメーターが10万キロを超えた。24年間で10万キロ。これを多いと思うか、少ないと思うかは人それぞれだろう。しかし、24年という歳月を1台のクルマとともに生きる。これは、なかなか真似できることではない。
ポルシェを表現する際、格言めいたものがいくつか存在する。もしかしたら「最新のポルシェは最良のポルシェ」というフレーズを耳にしたことがあるかもしれない。ポルシェは年々確実に進化する。新車を注文して納車された頃には、既により進化した最新モデルがディーラーのショールームに置かれているのだ。より魅力的に進化した最新モデルに後ろ髪を引かれつつ、帰宅することになる。そして、納車されたばかりのポルシェの運転席で思うのだ。「やっぱりこれを売ってでも最新型に乗りたい」と。しかし、そんなことを繰り返していたら、いつか心身ともに疲弊してしまうに違いない。贅沢と無駄は別なのだ。さらに「最新は最良」であったとしても、「最高」であるかは別問題だ。オーナーにとって、買い替えるタイミングが何度かあったはずだが、現在の個体を超える「最高のポルシェ」が現れなかったということなのだろう。
苦労の末、憧れだったクルマを手に入れて、それが一生モノとなる。そして、溺愛する孫に託す未来に想いを馳せる。クルマ好きなら、こんな素敵な人生を送ってみたいと誰もが願うはずだ。オーナーは生まれながらにして裕福な家庭で育ったわけではない。失礼ながらむしろ正反対だ。すべて自分の努力と情熱があったからこそ成し得たことなのだ。今の日本は、オーナーが若い頃とはあらゆるものが変化してしまったかもしれない。しかし「努力をすれば、いつかは報われる」。そう信じて今日から生きてみたい。そんな思いを新たにした取材となった。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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