“衣食住”ではなく“衣食車”といいきる20代の若者の到達点、1999年式ロータス・エリーゼ スポーツ190(111型)

「クルマ関連の仕事に就いてみたい」。

もしかしたら、クルマ好きであれば一度は考えたことがあるかもしれない。好きなことを仕事にできる喜びがある反面、かなりの確率で理想と現実の狭間で揺れ動くことになるはずだ。好きだからこそ、その道を極めたプロフェッショナルでありたい。好きだからこそ、趣味の領域=聖域として残しておきたい。きっと、どちらが正解かなんて誰にも分からないだろう。

今回のオーナーは20代後半の若者だ。職業はとある輸入車ディーラーのセールスマンだという。しかも、“衣食住”ではなく“衣食車”といいきるほど筋金入りのクルマ好きだ。現在の愛車を選んだのは「仕事の延長線」なのだろうか。それとも…?

「このクルマは、1999年式ロータス・エリーゼ スポーツ190(111型・以下、ロータス・エリーゼ)です。現在の走行距離は8万3千800マイル(約13万5千キロ)です。手に入れたのは最近ですが、いまの私にとって理想的な愛車といえるほど気に入っています」

ロータス・エリーゼといえば、1996年に販売開始以来、日本でも多くのファンを獲得したイギリス製のライトウェイトスポーツカーだ。何しろ、デビュー当時のスタンダードモデルの車重が690kgしかなかったとされていたから驚きだ。オーナーが所有する「スポーツ190」は、ロータス・エリーゼの限定生産モデルである。ワンメイクレース用車両である「ロータスモータースポーツ エリーゼ」の公道仕様ともいえる成り立ちで、オーナー曰く、日本に生息する個体は数台レベルではないかということだ。

「スポーツ 190」の車重はスタンダードモデルよりもさらに軽量化された車体に、最高出力190馬力を誇るエンジン(スタンダードモデルは約120馬力だった)が搭載され、より過激な仕立てとなっている。ボディサイズは全長×全幅×全高:3730x1690x1080mm。余談だが、ユーノス・ロードスターのベースモデルのボディサイズは全長×全幅×全高:3970x1675x1235mmである。2台のボディサイズを比較してみると、いかにこのクルマがコンパクトであることがイメージしていただけると思う。

ところで、輸入車ディーラーのセールスマンをしているというオーナーが、どのようにしてこのロータス・エリーゼを手に入れたのか?その経緯から伺ってみることにした。

「クルマつながりの年上の方から“誰かこの種のクルマが好きそうな人いない?”と声を掛けていただいたのがきっかけです。誰か“好きそうな人”をご紹介するとしても“(私自身も)このクルマを分かっている方が説明もしやすいだろうし…”ということで、その方のもう1台の愛車であるポルシェ・911GT3(996型)と併せて試乗させていただいたんです。ロータス・エリーゼを試乗したとき、最初の交差点を曲がった瞬間にしびれましたね…。それは、同時に試乗させていただいたポルシェ・911GT3(996型)が色褪せてしまうほどのインパクトでした」

ポルシェ・911、しかも「ラインナップのなかでも過激なモデル」であるGT3ですら色褪せてしまうとは…相当なクルマだということが容易に想像できる。

「10代後半から20代前半に掛けて、日産・スカイラインGT-R(R32型)や、かなりチューニングされたマツダ・RX-7(FD3S型)、草レース仕様のトヨタ・MR-2(SW20型)などを乗り継ぎました。その後、クルマ好きが高じ、仕事としてセールスマンになってからは、ドイツ車を中心にさまざまなヨーロッパ車を運転する機会に恵まれました。その点このロータス・エリーゼは、これまで経験してきたクルマでは得られない世界が味わえるのではないかと思ったんです」

かなり「濃い」10代〜20代を過ごしてきた感のあるオーナー。こうなると、クルマ好きになった原体験が気になってくる。

「父は自営でクルマ関連の仕事をしていました。BMW・2002ターボや、トヨタ・マークIIGTツインターボ(GX81型)、AE111型用の純正多連スロットルエンジンに換装されたスプリンター トレノ2ドア改(AE86型)に乗っていたことを覚えています。私が小さい頃から、峠道やサーキット、御殿場(静岡県)にあったフェラーリミュージアムにも連れて行ってもらい、スーパーカーを間近で見せてもらったこともありました。私が小学生のころ、父親は亡くなってしまったんですが、いまだにかなりの影響を受けていることは間違いないですね」

改めて、原体験の大切さ、そして重要さを思い知った。人の人生を変えるほどの力や影響力があるといってもいいかもしれない。

「いまからちょうど20年前、1999年に開催された東京モーターショーも、私にとって強烈なインパクトを残しましたね。当時小学生でしたが、日産・スカイラインGT-R(R34型)のレーシングカーや、フェラーリ・360モデナ、ポルシェ・911GT3(996型)など、今でも憧れているクルマに出会えたのもこのときでしたから」

こうして運転免許を取得し、かつての若者たちのように、国産スポーツカーのチューニングと走りの世界にのめり込んでいったという。

「昼夜を問わず走りまわったので、アルバイト代だけでガソリン代と維持費を捻出するのが大変でした。そんなある日、フォルクスワーゲン・ゴルフ7を運転する機会があり、目から鱗が落ちましたね。GTIではなく、1.4Lエンジンを搭載したハイラインでしたが、ドイツ車の造りの良さ、走りの質感の高さに驚きました。このときの体験が輸入車ディーラーのセールスマンになるきっかけになったといってもいいかもしれません」

こうして、公私ともにクルマの世界にどっぷり浸かった20代を過ごしてきたオーナー。その経験があったからこそ、ロータス・エリーゼの世界観に惹かれたのかもしれない。

「そうなんです。かつては国産スポーツカーのチューニングに没頭して、今では仕事を通じて最新の輸入車に触れることができるようなりました。ただ、最新モデルを売っている反動から、一昔前のアナログなクルマに惹かれていったのかもしれません。とはいえ、ロータス・エリーゼは中古車であっても安いクルマではありません。1週間くらい悩みました。決断を後押ししてくれたのは、結婚を考えている彼女がロータス・エリーゼの購入を許してくれたんです。さらに、前オーナーさんが破格値で譲ってくださったことが大きいです。彼女はこの種のクルマにも理解がある人なので、ロータス・エリーゼに乗って出掛けることもあります。今どきのクルマではありえないエアコン・オーディオレス。しかも、雨が降れば雨漏りの心配までしなければならないんですが…。彼女にはとても感謝しています」

確かに、結婚してからロータス・エリーゼを手に入れるとなるとかなりハードルが高くなる。もう1台、実用的なクルマが必須になるだろう。そんなウィークポイントを含め、購入を許してくれた彼女にはとても感謝しているという。パートナーの理解が得られたオーナー、近代のクルマとは思えない不便さをもかき消すほど、ロータス・エリーゼに魅せられているようだ。

「私で3オーナー目なんですが、最初のオーナーさんがノーマルのエリーゼよりもさらに過激なスポーツ190のエンジンをとあるチューナーに託してポート研磨や多連スロットル加工を施し、吸排気系をチューニングしたり…。もともとレアなクルマを、さらに世界に1台しかないスペシャルな存在へと進化させている点にも惹かれましたね。実は、私を含めて歴代のオーナーはすべて自動車関連業に従事しているんです。そんなこのクルマのヒストリーにもグッと来ました」

過去のオーナーによって見事なまでに「調律」されたロータス・エリーゼ。撮影場所までの移動中も、抜けの良い、澄んだ音色の排気音を奏でながら走って行く。

「実は私、多連スロットルフェチなんです。その証拠に、憧れのクルマといえば、マクラーレン・F1やBMW・M3(E36/E46型)など、設計段階から多連スロットルを採用しているエンジンを積んだクルマばかりです」

エンジンの多連スロットル化といえば、NAエンジンのチューニングとして興味を抱いている人もいるだろう。各気筒に均等に空気を送り込むことで、よりパワフルかつハイレスポンスなエンジンに生まれ変わることも可能だ。その一方で、チューニングの方向性の見極め、チューナーの腕、コンピューターのセッティング等々、相応の時間と出費を覚悟しなければならない。そういった要素を踏まえ、さらにオーナーの嗜好とマッチするなら、このエンジンを搭載しているだけでも手に入れる価値があるといえるだろう。

最後に、このクルマと今後どう接していきたいかオーナーに伺ってみた。

「長く乗り続けたいクルマを探していたところに出会ったのがロータス・エリーゼでした。ちょっと気が早いですが“老後の楽しみ”として楽しめるよう、現状のコンディションを維持していけるようにしたいです。これほど装備が極力省かれ、それでいて実用性を兼ね備えつつ、限りなくレーシングカーに近いライトウェイトスポーツカーは今後造られることがないかもしれませんから」

オーナーはまだ20代後半。現時点で“老後の楽しみ”とは、いくらなんでも気が早すぎるようにも思えるが、それほど長く所有していたいと思わせてくれる愛車なのだろう。多連スロットルエンジンを搭載したロータス・エリーゼは、オーナーにとってひとつの到達点、求めていた答えであることは間違いなさそうだ。

電気自動車が普及していくにつれ、この種のクルマを堪能できる機会は減る一方かもしれない。そう考えると、この若きオーナーがロータス・エリーゼを“老後の楽しみ”と解釈するのも理解できるような気がしてくる。いずれ、電気自動車ならではの楽しみ方が生まれてくるに違いないが、いつの時代も、内燃機関の世界が魅力的であり続けて欲しい…。これはいちクルマ好きとして密かな願いであり、共感していただけると信じている。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]

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