歴代オーナーが刻んだ31万km。1994年式マツダ M2 1028(NA8C改型)
仕事を終えて体は疲れ切っているはずなのに、無性にクルマで走りに行きたい。そう思うことはないだろうか?
駐車場に停めてある愛車のエンジンを始動し、気の赴くまま高速道路や峠道を走り、気づけば明け方…そして、急いで帰宅。眠気覚ましにシャワーを浴び、ほぼ徹夜に近い状態で仕事へ…。勢いでこんなことができるのは若いときだけの特権だ。本人にそのつもりがあったとしても、年齢を重ねるごとに夜な夜な走りに出掛ける行為そのものが億劫になっていく…。まして家庭を持ったら、そんな身勝手なことは許されないだろう。
もし、この記事に目を通してくれている方が20代だったとしたら…。そしていま、クルマを買おうか迷っているとしたら…。恐れず、思い切ってその一歩を踏み出してみてほしい。クルマを買うことはゴールではない。スタートだ。その先にある出会うべく人たち、景色、音、匂い…。そこで得られた体験や記憶は、生涯にわたり脳裏に刻まれることだろう。気力と体力が充実している若いときだからこそ、乗れるクルマがある。さらにいえば、乗っておくべきクルマがあるように思う。年齢を重ね、時が過ぎ去ってからその事実に気づいても遅い。いつの時代も「若さとは勢いなり」。これは不変なのだ。
今回、ご紹介するオーナーの年齢は29歳。20代特有のエネルギッシュさを残しつつ、30代を目前に控えている。現在、所有しているオーナーの愛車も「今だからこそ乗れる、そして、乗っておくべきクルマ」といえるだろう。
「このクルマは1994年式マツダ M2 1028(NA8C改、以下M2 1028)です。現在の走行距離は約31万キロ、私が手に入れてから9ヶ月で2万5千キロくらい乗りました」
一見すると、マツダ ユーノス ロードスターとそれほど変わらない佇まいに映るオーナーの愛車。かつて東京の「環八」こと環状八号線に、マツダのグループ会社として存在していたのが「M2」だ。そのM2がユーノス ロードスターをベースに独自の解釈でチューニングを施したコンプリートカーこそM2 1028である。ちなみに、M2が発売したコンプリートカーは全部で4モデル。M2にはいくつかの試作車両が存在したものの、これ以外のモデルは発売されていない。バブル崩壊による企業再編に伴い、M2自体がその歴史に幕を下ろしてしまったからだ。
車体の軽量化と剛性アップを主眼としたM2 1028は「ストリートコンペティション」を開発テーマに掲げ、1994年2月に限定300台で販売された。生産時ですでに10点式ロールケージがコクピットを取り囲み(そのため幌は廃止)、本来であればオプション扱いのハードトップをさらに軽量化して標準装備とした。さらに、トランクパネルのアルミ化、高圧鍛造ホイール、FRP素材のフルバケットシートへの換装など、変更点は多岐におよぶ。その結果、クローズドボディ並みの剛性と、ユーノス ロードスターデビュー当時(標準モデル)に近い「1トン切り」を実現。この数値は、現代はもちろんのこと、当時でも生粋のライトウェイトモデルと解釈して相違ないだろう。
M2 1028のボディサイズは全長×全幅×全高:3955×1675×1210mm。排気量1839cc、「BP-ZE型」と呼ばれる直列4気筒DOHCエンジンは、ハイコンプピストンなどの採用によりファインチューニングが施され(指定ガソリンもハイオクとなる)、最高出力はノーマル比10馬力アップの140馬力というスペックを誇る。
驚くべきことは、これほどのチューニングを施したメーカー直系のコンプリートカーが、当時のカタログモデルから数十万円アップの280万円で購入できたという事実だ。果たして、現行のND型ロードスターをベースに、M2 1028に準じたコンプリートカーを販売したらどうなるのだろうか…。多少高額になろうとも、購入希望者が殺到することは間違いなさそうだ。
ところで、29歳のオーナーが自身の愛車にM2 1028を選ぶあたり、かなりのこだわりを感じるのは筆者だけではないはずだ。そこで、まずはこれまでの愛車遍歴から伺ってみることにした。
「最初の愛車はユーノス ロードスター Sスペシャル(NA8C型)です。実はこのクルマ、RX-7(FD3S型)の予行練習のつもりで購入したんです。その後、RX-7も手に入れて同時所有していたんですが、実はNA型ロードスターの方にハマってしまったんです(笑)。 その後、SスペシャルをベースにM2 1001レプリカ仕様へとモディファイしたんですが、完成したところで燃え尽き症候群になってしまい…限定モデルのJリミテッド(NA8C型)に乗り換えました。それからND型ロードスターを経て、現在のM2 1028へとたどり着きました」
現在の愛車を含めると、実に4台ものロードスターを乗り継いできたことになるのだ。愛車遍歴のなかには「M2 1001レプリカ仕様」も含まれており、コンプリートカーであるM2 1028を愛車に選んだことにも合点がいく。とはいえ、ユーノス ロードスターシリーズのなかでも希少価値の高いM2 1028を見初めるのは容易なことではないはずだが…。
「1台目のロードスターであるSスペシャルを手に入れ、自分なりにモディファイの方向性を模索していたとき、M2コンプリートカーの存在を知りました。このときから憧れの存在でしたね。その後、たまたま手に入った部品の経緯もあり、1001レプリカ仕様にモディファイして5~6年乗りました。 実はこのとき、SNSで参考にしていたクルマが現在の愛車そのものなんです。前オーナーさんも、私がこのクルマをベンチマークにしていたことをご存知だったようで、あるとき『このクルマ、買わない?』と直々にオファーをいただいたんです。さすがに驚きましたが、この機会を逃してはならないと、そのときに所有していたND型ロードスターを友人に譲り、乗り換えることにしたんです」
前オーナーから「ご指名」されて愛車を譲り受けた現オーナー。前オーナーとしては、存分に愛情を注ぎ込んだ愛車を手放す際「クルマの価値を分かってくれて、なおかつ大事に乗ってくれる人に…」と考えるのが自然だ。つまり、現オーナーは、希少価値の高いスペシャルモデルを引き寄せる資格を有するほど「強い引力」の持ち主だったということだ。不思議な縁でこのクルマを譲り受けたオーナーは、これまでに複数のロードスターを乗り継いできたからこそ、ノーマル車とM2 1028の違いも体感できたようだ。
「エンジンの中速域のツキの良さを実感しましたね。チューニングエンジンでありながら、街乗りも扱いやすいんです。マイナーチェンジ後の1.8リッターエンジンは賛否があったそうですが、M2 1028のそれは、当時のネガティブな声を払拭してくれるほど魅力的なフィーリングを味わえるんです」
1993年、ユーノス ロードスターはマイナーチェンジを実施した。ハイライトは1.6リッターエンジンが全車1.8リッターに置き換えられたことだろう。結果的に排気量とパワーはアップしたものの、軽快さが薄れたという声があがったことを記憶している人がいるかもしれない。このときの仕様は「シリーズ1」と呼ばれ、その後、ファイナルギアを変更した通称「シリーズ1.5」を経て、1995年にはシリーズ2へと進化。1997年まで生産された。
オーナーのM2 1028は、マニアであればオリジナルのそれとは異なり、さまざまなモディファイが施されていることがひとめで分かるはずだ。
「実は、マフラーとシフトノブ以外、手に入れたときのままなんです。前オーナーさんから『ノーマルに戻してから譲ろうか?』といわれたのですが、この個体そのものに憧れていたので、敢えてそのままの状態で譲り受けました。ポルシェ935風のフロントバンパー、ロータスエラン26Rを感じさせるスーパーラップ製のアルミホイール、往年のジャガーのレーシングカーのようなルーフのベンチレーター…。どれも私の好みと見事に合致しているんです。本来であればモディファイにつぎ込みたい費用をメンテナンス代に充てられますし、この点は助かっています」
オーナーはクラシックなモディファイがお好みのようだが、そのルーツというか、原体験も気になるところだ。
「親戚がマツダのディーラーで働いていたこともあり、小さい頃からマツダ車は身近な存在でした。ロードスターといえばユーノス、FD型RX-7といえば、マツダよりもアンフィニという感覚が幼稚園の頃には植えつけられていました(笑)。いわゆる旧車、カフェレーサーのようなクルマに興味を持ちはじめたのは中学生の頃ですね。このとき、クルマに対する考え方を変えてくれたのはロータスでした。非力でも速いクルマに太刀打ちできる点に興味を持ったんです。その頃から雑誌『Tipo』を読みあさるようになり、紙面に掲載されていたカフェレーサー仕立てのクルマに惹かれていきました。いまではクルマだけでなく、服装とか持ち物もノスタルジックなモノが好きですね。その後、大学生になってから、漫画『湾岸ミッドナイト』がきっかけとなり、ポルシェにも惹かれるようになりました。この作品はすり切れるくらい読みましたね。その影響で、ポルシェといえば911、なかでもカレラRSや、ブラックバードの愛車である911ターボ3.6には特別な思い入れがあります」
ポルシェ911におけるカレラRSといえば、ノーマルをベースに軽量化を施し、ファインチューニングが施されたスペシャルモデルである。M2 1028も、このカレラRSと成り立ちが非常に似ているとオーナーも認識しているようだ。さらに、本来であればノーマルのユーノス ロードスターとほとんど変わらない外観が、カフェレーサー風に仕立てにモディファイされている点も、オーナーにとってはお気に入りのようなのだ。
「特に気に入っているのはフロントバンパーですね。このクルマのアイデンティティといえるくらいの存在感があると思っています。自分としてはこの外観が完成形だと思っているので、今後も手を加えるつもりはないです。しいていえば、ラッピングしてボディカラーを変えてみたいかな…くらいですね」
過去のオーナーがモディファイしてきた仕様に敬意を払いつつ、このクルマに対するスタンスも実に潔く、そして誠実だ。
「限定モデルだからと貴重品扱いせず、このクルマの開発テーマである『ストリートコンペティション』に忠実でありたいと思っています。峠道や高速道路だけでなく、ショートコースのサーキットも走らせています。その結果、手に入れてから9ヶ月で2万5千キロも走ってしまったんですけれど(笑)。そういえば、最初に手に入れたロードスターも、16万キロくらい乗りました。やはりクルマは乗ってあげた方が調子を維持できると思っています」
運転免許を取得してからこれまで、多くの時間をロードスターとともに過ごしてきたオーナー。最後に、これからこの愛車とどう接していきたいか伺った。
「正直、気になるクルマはたくさんあります。アバルトの595や695はかなり気になる存在ですし、ポルシェ911もいつか手に入れたいと思っています。でもいまは、可能な限りこのM2 1028に乗り続けたいです」
20代のときにロードスター、そしてこのM2 1028の魅力を存分に味わえたことは、オーナーにとってまたとない経験となったはずだ。いまから10年後、充実した30代を過ごし、40歳を目前に控えたオーナーがどんなカーライフを送っているのだろうか?おそらく、複数台の愛車を所有しつつ、M2 1028も楽しんでいるに違いない。果たして、そのときにオドメーターは何万キロを刻んでいるのだろうか?ぜひ、この目で確認できることを願いつつ、取材を終えた。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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