30年・25万キロをともに過ごした人生初の愛車。1993年式日産シルビアK's クラブセレクション(S13型)
この取材を通じ、これまでのべ300人を超えるオーナーとお会いしてきた。そこで気づいたことがある。「いま所有している愛車を、はじめから一生モノにする」と決めない方がいい、ということだ。
もちろんそれには理由がある。
長く所有する前提で大事にしすぎるあまり、つい完璧を求めてしまいがちだからだ。その結果、ちょっとした愛車のトラブルや傷だけでも心が折れてしまう。この繰り返しにいつしか疲弊してしまい、魔が差した勢いで手放してしまう。そして、少し時間が経った頃、猛烈に後悔することになる。
しかし、いちど手放した愛車は戻ってこない。これが現実だ。それではあまりにも悲しい結末といえる。
その反面、1台のクルマを20年、30年と所有しているオーナーは「結果的に今日まで所有してきた」という人が多かったように思う。日常の足としても使うから、ちょっとした生活傷など気にしていられない。よい意味で妥協していて、特別扱いしないのだ。
今回、取材が実現したオーナーは50歳の女性。20代の頃から現在まで、オーナーとともに歩んできたまさに「愛車」だ。しかも、愛車遍歴はこのクルマのみ。ではなぜ、このシルビアを愛車に選んだのか。そして30年ものあいだ、乗り替えることもなく今日にいたったのか。じっくりと話を伺った。
「このクルマは1993年式日産シルビアK's クラブセレクション(S13型/以下、シルビア)です。新車を購入してから今年でちょうど30年です。手に入れてからはおよそ25万キロ乗りました。最初から長く乗るつもりで購入したので、これまでの愛車遍歴はこのシルビアのみです」
1988年、流麗なフォルムをまとった1台のスペシャルティクーペが日産からデビューした。5代目となるシルビア(S13型)だ。ベーシックモデルのJ's、最量販モデルのQ's、そしてターボエンジンを搭載したK's。トランスミッションはそれぞれのグレードにMTとATが設定されたこともあり、デートカーやスポーツカーとして、当時の若者のニーズをガッチリつかんだ。
オーナーが所有する個体は1991年に実施されたマイナーチェンジ後のモデル、つまり後期型の「K's」だ。外観のデザインが変更された他、エンジンの排気量が1.8リッターから2リッターへと拡大した。
ボディサイズは、全長×全幅×全高:4470×1690×1290mm。排気量1998cc「SR20DET型」エンジンは、前期型に搭載されていた「CA18DET型」の175馬力から205馬力へとパワーアップを果たしている。
さて、オーナーが30年前に、なぜシルビアを手に入れようと思ったのか、当時のことを振り返っていただいた。
「当時、お付き合いしていた彼氏がスカイラインGTS-t typeMに乗っていたんです。“クルマを買おうと思っているけど何がいい?”と相談してみたところ、S13型のシルビアを勧められたんですね。当時の日産は車種によって販売ディーラーが異なっていて、スカイラインと同じプリンス系で扱っていたのが180SXだったんです。その後、シルビアよりも180SXの方がいいよといわれたんですが、私としてはすでに“シルビアが欲しいモード”だったので、このクルマを選びました」
S13型シルビアと180SXといえば兄弟車みたいなものだ。それほどシルビアがよかった理由とは?
「パールホワイトのボディカラー、そしてこのリアスポイラー。あと、いまとなっては暗くて不便なんですけれど、プロジェクターヘッドランプの顔つきですね」
オーナーにとってまさにシルビアが「好みのクルマ」だったということなのだろう。しかも、ターボエンジンを搭載した当時の最上級グレードである「K's」のMT車だ。
「実は“K's”には当時からそれほどこだわりがあったわけではないんです。ターボがないよりはあった方がいいかなというくらいで(笑)。その代わり、パールホワイトのボディカラーとリアスポイラー、プロジェクターヘッドランプは必須でしたね。あとは、注文時にサンルーフ付きにしました。
MTにしたのは、当時、この手のクルマでオートマはカッコ悪いといわれて選びました。ローンを組むことに抵抗があったので、アルバイトで貯めたお金を使い、一括払いで買いました」
オーナーは納車された日のことをいまでも覚えているという。
「納車当日はよく晴れた日でした。自宅に納車してもらったんですが、セールスの方がシルビアを置いて帰ったあと、クルマの周りをぐるぐるとまわりながら眺めていましたね。“ついに買っちゃったんだー”なんて思いながら(笑)」
いよいよ念願の初ドライブ!かと思いきや、そうはならなったようだ。
「無事にシルビアが納車されたまではよかったんです。でも、MT車に乗るのはまだ不慣れだし、抵抗があって。彼氏に運転を教えてもらおうと思って、しばらくは駐車場に置きっぱなしだったんです。それも半年以上も。でも、突然別れることになって……。いよいよ自力で運転に慣れる必要が出てきたので、当時のアルバイト先だったガソリンスタンドまで運転するようになりました」
シルビアが納車されたのは1993年。現在のようにカーナビが普及する前のことだ。運転しながら道も頭に覚え込ませる必要があった時代だ。
「そうなんです。カーナビなんて高くて買えなかったし、地図を脇に置いて、運転と道を一緒に覚えましたね。幸い、シルビアはクラッチミートがしやすく、あまりエンストせずに済みました。それよりもハンドル操作の方が緊張しましたね。なにしろ初めてのクルマなので“どれくらいハンドルを切ったら曲がれるんだろう”という感覚が分からないところからのスタートでしたし」
とにもかくにも、オーナーと30年という時間をともに過ごしてきたシルビア。これまでのメンテナンスやトラブルについて伺ってみた。
「10年くらい前にエアコンが壊れました。あと、ラジエーターがパンクして交換しましたね。クラッチは現在3セット目、2セット目のときは強化クラッチに交換しましたが、いまはノーマルに戻しています。エンジンは当時のままで、オーバーホールもまだやっていません。どうやら当たりのエンジンらしく、いまでもリッター10~11km/Lくらい走りますよ」
オーナーのシルビアのモディファイはわりと控えめだが、そのあたりのこだわりはあるのだろうか。
「交換した部品はMOMO製のステアリングや、NISMO製のアルミホイール、HKS製のターボタイマー、FET SPORTS製のストラットタワーバー、メーカー名は分かりませんが、GT-Rグリルくらいです。以前は強化クラッチを組み込んだり、JIC製の車高調と5ZIGEN製のマフラーに交換していましたが、こちらはノーマルに戻しました」
NISMO製のアルミホイールは別のメーカーと間違えられることも多いのだとか。
「ほぼ100%、ワタナベのアルミホイールだと間違われます(注:筆者も間違えました)。事実、私もワタナベの中古ホイールを探していたんです。でも、なかなか見つからなくて。そんなある日、たしか20年くらい前ですが、ショップで見つけたのがこのホイールなんです。NISMO製だし、デザインもワタナベに似ているし、価格も良心的……ということで購入しました。当時の価格で4本10万円くらいだったと記憶しています」
いつまでも眺めていたくなるほど麗しきシルビア、オーナーが気に入っている点を挙げていただいた。
「シルビアが好きになったときと同じ、パールホワイトのボディカラー、リヤスポイラー、そしてプロジェクターヘッドランプの顔つきです。あと、GT-Rグリルも気に入っていますね。もちろん、ノーマルのグリルも大切に保管してあります。それと、最近では2ケタナンバーのS13型シルビアもだいぶ減りましたよね。最近は“私のは2ケタナンバーのK'sのS13だぞ”っていう、密かなプライドに似た想いもあります(笑)」
これまでエンジンをオーバーホールしていないとのことだが、もしかしたらこの塗装も当時のままだろうか。
「そうです。エンジンオイルは5000キロごと、オイルフィルターは2回に1度のペースで交換するサイクルをずっと守っています。それと、塗装は当時のままです。屋根付きガレージではないんですが、自宅の車庫に駐車しているので、ある程度は直射日光が遮られているのかもしれません」
30年、25万キロをともにしてきたシルビアだが、この間、そろそろ手放そうと思ったことはなかったのだろうか?
「正直いうとありました。10年、15年と乗るうちに交換する部品も増えてきて、修理代が掛かるようになってきたあたりで乗り替えを考えたこともありました。スズキのアルトラパンがデビューしたとき、かわいくていいなと思いましたし。そこまでお金が出せないということもありますけれど(苦笑)」
では、何らかの大金が転がりこんできたら、乗り替えるおつもりだろうか。
「それはありません。ここまでくると愛着があるので手放せないんですよ。クルマを買い替えるお金があるなら、その分の費用をシルビアの修理代に充てますね」
予想どおりのお答えだった。では最後に、このシルビアと今後どのように接していきたいと思っているのだろうか。率直なお気持ちを伺った。
「このシルビアの代わりになるクルマがないんですね。では、まったく同じ仕様の程度極上のシルビアが見つかったとして、そちらに乗り換えるかといえばそんな選択肢も考えられないんです。このシルビアが走れる限り、私が乗れる限り、ずっと所有していたいです」
取材中、オーナーはいちども「一生モノ」というキーワードを発しなかった。その代わりの表現が「長く乗るつもり」であったのかもしれない。その決意を初志貫徹し、本当に30年・25万キロという時間をともに過ごしてきたことは紛れもない事実だ。
……と、コトを大げさにしているのは筆者の方で、オーナーはいたって自然体だ。「長く乗るつもりで買ったけれど、実際にここまで乗っちゃった」くらいの、ちょっと脱力しているほどよい緩さがある。
あくまでも自然体に、結果として長く乗れたら嬉しいし、そのための努力や出費は惜しまない。長く乗れば汚れもするし、傷もつく。いざというときに何かあったらそれはそれで受け容れる。
そのときどきの流れに抗うことなく、自然体で愛車と接する。
これこそが1台のクルマと長く付き合える秘訣なのかもしれない。
取材中、にっこりと微笑むオーナーの表情を見ていて、ふとそんなことを思ったのだ。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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