「いつかはクラウン」をワゴンで味わう贅沢。トヨタ・クラウン ステーションワゴン(JZS130型)
「いつかはクラウン」。
豪華な内装、肉厚のシート、重厚な造りのドア、他を圧倒する静粛性・・・。1989年にトヨタ・セルシオが発売されるまで、クラウンは、間違いなく日本車におけるひとつの頂点だったように思う。
1955年に誕生したクラウンは、現在は14代目となり、時代の変化に対応した高級車として君臨し続けている。長年、憧れの存在であった「いつかはクラウン」の夢を実現し、歴代のモデルを乗り継いでいる人も少なくないだろう。実質的なライバル車として存在していた、日産・セドリック/グロリアの名を持つクルマの血統は絶たれてしまったが、クラウンはその姿を変えても、車名だけは永久に残って欲しいと心から思う。
かつてのクラウンといえば、4ドアハードトップのイメージが強いが、セダンやバン、ステーションワゴンが存在していたことを知っている人も多いと思う。今回は、東京でも下町風情が色濃く残る地に佇んでいた、トヨタ・クラウン ステーションワゴンのオーナーに声を掛けてみた。
「このクルマは、1996年式のトヨタ・クラウン ステーションワゴン(以下、クラウン ステーションワゴン)です。実は、10数年前にこのクルマを所有していたことがありまして、そのときの印象が忘れられず、再び同型のクルマを手に入れました。この個体は、私で3オーナー目、オドメーターは現在17万キロを超えたあたりです。手に入れてから半年ほどなので、まだ1000キロも走らせていませんが、改めていいクルマだなと実感しています」。
オーナーが所有する個体は、8代目クラウンのステーションワゴンモデルだ。1987年にデビューし、ハードトップのみ1991年に9代目へと一足先にモデルチェンジを果たした。しかし、この8代目ベースのクラウン ステーションワゴンは、その後も小変更やマイナーチェンジを繰り返し、結果として1999年まで生産された。オーナーの個体は、ABSやエアバッグが標準装備された後期モデルということになる。ボディサイズは全長×全幅×全高:4860x1720x1550mm。「1JZ-GE」と呼ばれる、2491cc 直列6気筒DOHCエンジンの最大出力は200馬力を誇る。
11代目をベースとしたクラウンにもステーションワゴンモデルが設定されたが、その名を「クラウン エステート」と改めた。先代モデルでは設定されていたサードシートや、特徴的な「2段ルーフ」が廃止されたが、より現代的なスタイリングを手に入れたモデルといえるかもしれない。なお、2007年にこのクラウン エステートが生産終了となった時点で、ステーションワゴンモデルが消滅してしまった。以後、現在に至るまで、クラウンのステーションワゴンモデルは存在しない。海外ではメルセデス・ベンツやBMWなど「後輪駆動(FR)のステーションワゴン」を継続的に販売しているメーカーが存在するだけに、国産車でもこの組み合わせを望むユーザーは少なくないはずだ。ぜひとも復活を願いたいところだ。
さて、オーナーは10数年の時を経て、再び同型のクラウン ステーションワゴンを手に入れたわけだが、それほどこのモデルを気に入っている理由は何だったのだろうか?
「現在、私は48歳なのですが、実は、かつてトヨタの関連企業に勤めていたことがあり、そこでメカニックとして働いていました。かつてのトヨタ車は、最近のクルマのように、端々にコストダウンを感じさせません。しっかりとした造りに魅力を感じます。このクラウン ステーションワゴンは、至る所にコストを掛けて造られているようです。その証拠に、20年以上も前のクルマなのに、いまだにドアや内装の造りや建て付けがしっかりしているし、ヘッドライトも曇っていません。実は、この年代のヘッドライトはガラス製なんです。古いクルマなのに、大きな故障もなく、トラブルフリーなのには驚かされますね」。
この個体は、歴代オーナーの足として、17万キロという距離を刻んでいる。過保護にされてきた、コンクールコンディションを保っているような個体ではない。その証拠に、ボディには生活傷のようなものもいくつか見受けられた。しかし、不思議とヤレているという印象を受けない。クルマにそれほど詳しくない人がこのクラウン ステーションワゴンを見たら、「20年落ち、17万キロ」という年輪を刻んだ個体だとは、にわかに信じられないだろう。それほどクルマ全体がシャキッとしているのだ。
「この個体は、前オーナーが手に入れたときから『目を付けて』いまして(笑)。手放すときは譲ってもらうつもりでいました。1台目のクラウン ステーションワゴンを手に入れたとき、息子はまだ小学生で、名義変更する時期が夏休みと重なり、一緒に陸運局まで連れて行ったんです。今回、再び同型のクラウン ステーションワゴンを手に入れたので『親父、また同じクルマ買ったの?』と言われてしまいました(笑)。今では息子も運転免許を取得し、ある輸入車の正規ディーラーでメカニックとして働いています。ときにはこのクルマにも乗りますよ」。
親子でクルマのプロフェッショナルとして活躍しているようだが、そんなオーナーにトヨタ車の魅力について伺ってみた。
「さまざまな年代の日本車を乗り継ぎましたが、特にトヨタ車は『タフであること、壊れないこと、日本人の感覚に合うように造られている』ように感じました。今回、改めて気づいたことがあります。仕事を通じて衝撃を受けたクルマはポルシェ・911(930型)ですが、この年代のクラウンには、日本車としての良心が凝縮されているような気がします。そして、日本車である以上、世界のどの国でもない、日本の景色にしっくり馴染むようなクルマであり続けて欲しいです。その昔、祖父は浅草周辺に住んでいたそうです。時代が変わっても当時の面影を残しているこのあたりの景色と、クラウン ステーションワゴンのデザインがすごく馴染んでいるような気がしてなりません」。
今回は、オーナーの祖父のゆかりの地を巡りながら話を伺うことになったのだが、確かにクラウン ステーションワゴンと東京の下町の風景が馴染んでいることに気付かされる。時代の移り変わりとともに東京の街並みも変化していくものだが、変わらない風景も、実にまた魅力的だと思えてならない。最後に、このクルマと今度どう接していきたいかオーナーに伺ってみた。
「このクルマには壊れるまで乗り続けたいですね。それと、余計な手を加えず、今の状態を維持していきたいです。若い頃はクルマを改造したりして、夜な夜な走り回ったこともありましたが、リアフェンダーに深く潜り込んだ15インチホイールと、ノーマル然とした雰囲気に魅力を感じます。前オーナーが運転席のシートのアンコを注文してあったらしく、そのまま譲り受けました。いずれ、ヘタったら交換しようと思いますが、20年経ったこの個体は、今の状態でもまだまだ使えそうです。本当にタフですよね」。
大切に乗れば、クルマは長持ちする。きっと、クルマも乗り手の気持ちに応えてくれるはずだ。まだまだ乗れる、使えるクルマたちがスクラップ工場に山積みになっている光景を目にすることがあるが、開発者や生産工場の人たちがこの光景を目の当たりにしたらどう思うだろうか?きっと悲しむに違いない。今、所有している愛車も、この世界の誰かが試行錯誤を繰り返した末に創り上げた英知の結晶であり、作品なのだ。そういう視点で自身の愛車をもう1度眺めてみて欲しい。きっとこれまでにない感情が湧きあがってくるに違いない。
【撮影地:浅草、東京スカイツリー周辺(東京都台東区・墨田区)】
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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