新車から22年、メーカーとの絆をつなぐ「かけがえのない宝物」2002年式日産シルビア オーテックバージョン(S15型改)

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)

販売台数の少ない、レアなモデルを所有するオーナーのなかには「メーカーの姿勢に惚れ込んでいる」という方も少なくない。クルマ自体の魅力はもちろんのこと、販売元であるメーカーに対してもシンパシーを抱いているのだ。今回、取材させていただいたオーナーもその1人だろう。そんな、新車から22年間乗り続けるオーナーと愛車とのストーリーを紹介する。

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のカタログや注文書

今回の主人公は、45歳の男性オーナー。取材時には愛車の注文書、関連カタログ、エンブレム、ステッカーなどを持参いただいた。コンテナに大切に保管された貴重な品々はオーナーの大切な宝物だ。どれも自宅の押し入れにしまいこむことなく、クルマ仲間との交流のときに説明しやすいよう、すぐに持ち出せる状態にあるという。

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)の正面

「このクルマは2002年式の日産 シルビア オーテックバージョン(S15型改)です。S15の最終型となります。24歳のときに新車で購入して22年目。現在の走行距離は14万9千キロです。購入したのは、生産終了直前の2002年の3月半ばでした。当時『廃ガス規制で8月には生産終了』という情報を得ていたので、あのとき契約していなければ、今は別のクルマに乗っていたかもしれません」

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)の運転席

1999年から2002年まで生産された、シリーズ7代目となる日産シルビア(S15型)。

生産終了から20年以上が過ぎても高い人気を誇る、日産のFRスポーツクーペだ。全日本GT選手権(現SUPER GT)やD1グランプリなど、数多くのモータースポーツで活躍してきたことは、いまさら説明する必要はないかもしれない。

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のテールランプとAUTECHロゴ

そんなS15型シルビアのコンプリートモデルが、この「オーテックバージョン」だ。

特装車や特別仕様車を手掛ける日産のグループ企業「オーテックジャパン(現 日産モータースポーツ&カスタマイズ株式会社)」によってチューニングされたモデルで、これまでスカイライン・プリメーラ・マーチなど多様な車種をベースとした「オーテックバージョン」がリリースされている。

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)の「SR20DE」エンジン

S15型シルビア(以下、シルビア)のオーテックバージョンは、NAグレード「スペックS」のエンジンをベースに企画されたモデルだ。ボディサイズは全長×全幅×全高:4445×1695×1285mm。排気量1998ccの直列4気筒DOHCエンジン「SR20DE型」がベースのチューニングエンジンには専用のハイコンプピストンが組み込まれ、圧縮比を11.7(ベースモデルは10.0)に向上。

その他、専用のコンピューターとROMデータの採用、背圧低減による高回転域の排気効率の向上、バルブタイミングおよびリフト量のチューニングなどを行った結果、最高出力は200馬力(ベースモデルは165馬力)、レッドゾーンは7500回転(ベースモデルは7200回転)と、チューニングNAモデルに相応しいスペックを誇る。さらに、専用の軽量フライホイール&クラッチの採用と聞くと、パワーだけでなく、レスポンスにもこだわったことが想像できるだろう。

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のカタログ

このチューニングエンジンに見合った高剛性のシャシーやボディは、ターボグレード「スペックR」と同様だ。エンジン性能を最大限に発揮させるため、6速MTのトランスミッションを搭載。足回りにはスポーツチューンドサスペンションが採用されている。

カタログに記された「もうひとつの高性能。シルビアオーテックバージョン」と、真紅に塗られたエンジンのヘッドカバー、そして美しく磨き上げられたFUJITSUBO製のタコ足が特別なモデルであることを主張する。まさにNAスポーツモデルを愛するユーザーのためにリリースされた、オーテック社の情熱とこだわりがビシビシ伝わってくる1台といえる。

S15シルビアの生産台数は全体で約4万台だが、オーテックバージョンに限ると約2000台といわれているそうだ。これほどレアなコンプリートカーと出会うまでのヒストリーを、まずはオーナーに振り返っていただいた。

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のスカッフプレート

「20歳からS13型・S14型と2台のシルビアを乗り継ぎました。といっても最初からクルマに興味があったというわけではありません。子どもの頃は鉄道が好きでしたし。就職したので通勤車が必要だったのと、職場の先輩にクルマ好きが多かったのでその影響だと思います。当時はリトラクタブルヘッドライトに憧れてMR2(SW20型)が欲しかったんですけど、先輩からは『じゃじゃ馬で初心者が乗るクルマじゃない』と止められましたね(笑)。

リトラクタブルヘッドライトといえば、180SXも候補になっていましたが高くて……。結局180の兄弟車のS13シルビアのNAグレード『Q’s』を中古で見つけて乗ることになったんです。とても乗りやすく、NAならではの気持ち良さを感じられました。通勤だけじゃなく、たくさん遠出もしたお気に入りの1台でした。1年半くらい乗ったと思います」

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のシルビアのエンブレム

その後、友人からS14型のシルビアを譲り受けることになり、S13シルビアから乗り替えた。

「S14シルビアは、ターボグレード『K’s』の前期型でしたね。事情があって乗れなくなった友人から引き取った個体でした。かなり手が入っていて、社外マフラーやGTウイング、エアロなどがひととおり取り付けてありましたが、かなりヤレていてあちこち壊れました……。ブレーキホースからオイルが漏れたりブーストコントローラーが壊れたりと、修理しながら1年ほど乗りました」

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のメーター

そのうちS15型のシルビアが2002年に生産終了するという情報を耳にする。これをきっかけにオーテックバージョンの購入を決意するのだが、このクルマを選んだ背景には、オーナーのこんな事情があった。

「シルビアといえばターボグレードに人気が集まりますが、私はターボよりもNAのエンジンが好みのようです。前に乗っていたS13シルビアもNAで、乗っていて高回転域が気持ちよかった。NAエンジンがベースのオーテックバージョンを購入すれば最初からチューニングしてあって、新車なのでメーカー保証もついていますし、自分にとってはメリットしかありません。

それから、S14シルビアのマフラー音がどうしても好きになれなかったこともあります。音が頭に残る感じがあって、睡眠中もその音がずっと鳴っているようになってしまいました。S14シルビアが下取りではなく買取りで売れたことと、金利の安いローン会社を見つけられたことも弾みとなり、購入に至りました」

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のヘッドライト

シルビアとともに過ごしてきた20代・30代は、年齢的にいろんなクルマに乗りたい時期でもあったはずだが、現在の愛車を所有している20数年のあいだに他のクルマが欲しいという気持ちは起こらなかったのだろうか。

「これまで『欲しい、乗り替えたい』と思えるクルマに出会えていないんです。『運転してみたい』と思うクルマはたくさんありますが、それを所有して維持したいというのとは話が別ですよね。例えば、以前R35GT-Rに試乗したことがあるのですが、試乗を終えたあとにシルビアに乗って、歩道の段差を乗り越えたときにGT-Rとのボディ剛性の差を思い知らされることはあっても、シルビアに対してガッカリするとか気持ちが冷めるようなことは一切ありません」

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のステアリング

オーナー自身、シルビアを所有したことで人生観も変わったようだ。

「このシルビアを通じて交友関係がずいぶん広がりましたね。オーテックが主催する『里帰りミーティング』というオーナーイベントがあって、そこで大勢の仲間ができました。メーカーとの距離がとても近くてアットホームなイベントで、メーカーのトップの方とも会えるんですが、本当に気さくでああいう方が職場の上司だったらいいなと思えるほどです。他のメーカーにもオーナーズミーティングはありますが、この『里帰りミーティング』は私にとってまさに“ホーム”であり、特別なイベントとなっています」

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)の助手席ダッシュボード

イベントをまるで「心のふるさと」のように感じているというオーナー。さらにオーナーが感じる「里帰りミーティング」の魅力を詳しく伺ってみた。

「社員の皆さんが丁寧に準備してくださっているのも知っています。里帰りミーティングに参加するために全国各地からオーナーさんが集まってきます。イベントに参加するというよりは“実家に帰る感覚”なのかもしれません。参加する各オーナーさんが、地元の手土産を持参して仲間たちに振る舞う光景もあちこちで見られます。

このイベントに出るためだけにオーテックバージョンの車種を持っているオーナーさんもいるくらいです。そして皆、仲が良いことも誇らしく思っています」

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)の左サイド

仮に、オーナーがシルビアから別のメーカーに乗り替えたとしても、ゼロスタートから再びこのような環境を築くことはできないのかもしれない。オーナーがその気であっても、メーカーや他のオーナーたちが受け容れてくれるかは未知数だ。おそらく、この「里帰りミーティング」のようなつながりは二度と生まれないと考えるのが自然だろう。

続いて、このシルビアでもっとも魅力を感じる点を伺った。

「このクルマに乗れているということが、やはり自分の幸せなのかなと思います。オーテックが愛着をもって乗っていることを汲みとってくれて、オーナーにひとりずつ返してくれるという、キャッチボールみたいなやりとりがある。だからこちらも恩返ししたくなりますよね。20年以上乗っているのも、オーテックに惚れているからという理由は大きいです」

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のレカロシート

購入後、モディファイした部分を教えていただいた。

「基本的に手は加えていません。現在の仕様は、シートをRECARO製のセミバケットシートに交換、サスペンションをビルシュタイン製に、アーム類をNSIMO製に。そして、Defi製の追加メーターをインストール。あとは、ディーラーオプションのエアロキットを購入時に設定したくらいです。それからニスモのリアスポイラーと、純正オプションとしても採用されているガナドール製エアロミラー。S14シルビアに乗っていた頃、社外品のエアロを割ってしまったので、やはり純正が一番だと。

余談ですが、納車日はディーラーでの引き渡しで、エアロキットを取り付けた際に交換したフロントバンパーをもらって帰りました。実家に保管しておいたところ、いつの間にか親に捨てられていましたが(笑)」

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)の純正ホイール

そんなオーナー、現在は自宅に「部品ストック部屋」を設けているという。

「古いうえに台数の少ないクルマなので、少しずつではありますが、純正部品を集めていますね。バンパー・ヘッドライト1セット等々をストックしています。ビルシュタイン製の足回りは2セットあって、オーバーホールに出したほうを現在装着しています。その他、友人から譲ってもらったスタビライザー、純正と社外品のテールランプが3セット、純正ホイールと260RS(ステージア)の純正ホイールセット、OZ Racingのホイールなども置いてあって・・・。今は足の踏み場がない状態になっています(笑)」

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のブリリアントブルー

オーナーの本気度が伝わってくる。そうなのだ。旧車・ネオクラシックカーといわれる年代のクルマを維持していくにはこれくらいの覚悟、そして身支度が必要なのだ。もはや文化財ともいえる貴重な存在だが、この先のメンテナンス予定について伺った。

「純正色であるブリリアントブルーは、色褪せた部分を、都度、塗装してしのいでいます。普段使いもしているので、ホワイトボディにして再度組み直したり、オールペンなどのリフレッシュは一度やりたいと思っています。エンジンもまだ一度も“開けたこと”がなくて、いずれはオーバーホールしたいと思っているんですが、エンジンパーツで供給のないものがあるらしいと聞きますが・・・どうなのでしょうか。少なくとも、もうハイコンプピストンは出てこないそうです。

あとは内装も綺麗にしていきたいですよね。社外品に交換するというのは、ホイールくらいになるかもしれません。しいていうなら、今の足回りのちょっと味付けを次のオーバーホールの際に変えられたらと思います。あとはリフレッシュ。しだいに動態保存に近づいていく気がします」

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のリアウイング

最後に、このシルビアと今後どう接していきたいかを伺ってみた。

「今までどおり接していくと思います。仮に好条件で売却できたとしても、失うものがあまりにも多すぎて・・・。クルマ仲間、オーテックの社員の方とのつながりはかけがえのないものですから。この先結婚するとしても、おそらくシルビアに配慮した人生設計になるんだと思います」

シルビアはオーナーの「人生の一部」となりつつあるのだろう。思い出が増えるほど愛車は人生の年表となっていく。オーナーの愛車は「オーテック」というホームがあることで、一層かけがえのない存在となった。また今回の取材では、メーカーとユーザーの心が通いあい、「循環」をつくり出すことの大切さも考えさせられた。

  • 日産モータースポーツ&カスタマイズ株式会社オーテック事業所で撮影する日産・シルビア オーテックバージョン(S15)

最後に今回の取材は、日産モータースポーツ&カスタマイズ株式会社オーテック事業所の敷地内で行った。まさに、オーナーがオーテックと築いてきた信頼関係があればこそ実現したといえる。

撮影中、社員の方がオーナーのシルビアを見つけて「懐かしいねぇ」と声を掛けてくださるなど、終始、和やかな雰囲気で取材ができた。これもひとえに、撮影の合間にシフトノブを交換してくださるなど、さまざまな場面でご協力いただいたオーナーのH氏、そしてオーテック事業所の皆さまのおかげだ。この場をお借りして心から感謝の気持ちをお伝えしたい。

  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)とのエンジンルーム
  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のシフトノブ
  • 日産・シルビア オーテックバージョン(S15)のカタログやマニュアルなどを広げていただいた

(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき / 取材協力: 日産モータースポーツ&カスタマイズ株式会社オーテック事業所)

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