20代の頃、飯倉交差点のショールーム越しに観た憧れの存在。2015年式ポルシェ・911ターボ(991型)
ショールームのガラス越しに、憧れのクルマを眺める。そんな経験はないだろうか?
すぐ目の前に憧れのクルマがあるのに、乗ることはおろか、触れることさえできない。もはや、ガラスではなく「壁」だ。勇気を出してショールームに足を踏み入れれば、クルマに触れることくらいは許されるはずだ。しかし、そんな淡い期待すら拒絶される気配がある。そんなもどかしくも悔しい気持ちをグッと堪えつつ、その場を立ち去るしかない。そして「今は無理だけれど、いつか必ず俺のクルマにするんだ!」そう自分に言い聞かせて家路につくのだ。
現在61歳になるというオーナーも、そんな一人だ。
「昔、六本木の飯倉という交差点にポルシェのディーラーがありましてね。まだ学生だった20代の頃、近くのライブハウスに行くときに、ガラス越しに憧れのポルシェを眺めるために立ち寄ったものです。確か、1980年頃、当時の911はSCというモデルでした。『いつか俺も憧れのポルシェを、それも新車の911を手に入れるんだ!』と、眺めるたびに思っていましたね」
オーナーが、ついにその夢を現実にしたのは52歳のときだった。
「997型のポルシェ・911カレラ4Sというモデルを手に入れました。911というと、ドライビングがシビアなイメージがあったので、4駆のモデルを選んだんです。その後、最後のNAエンジンを搭載したポルシェ・911カレラS(991型)を経て、現在のポルシェ・911ターボに至ります」
1974年にデビューを果たしたポルシェ・911ターボ(以下、911ターボ)は、豪華さと圧倒的なパワーを兼ね備えた特別なモデルとして、ポルシェのラインナップだけでなくロードカーの王者として長年君臨してきた。ポルシェ自身もそれを認めているのか、オーナーが所有するポルシェ・911ターボ(以下、911ターボ)のカタログの表紙には"The benchmark"と記述されている。これまで、世界中のハイ・パフォーマンスカーが「打倒911ターボ」を掲げ、勝負を挑んできた。それは現代においても変わらない。その一方で、911ターボはドライバーにとっても手強いクルマだった。かつては、「クルマと格闘する」とまで表現されたほどだ。日本で発売当時に911ターボを注文したオーナーは、日々、体を鍛えて納車を待ちわびたという逸話があるほどだ。そして、最新モデルである991型の911ターボは第7世代にあたり(初期のターボのインタークーラーの有無を世代別に区分している)、ハイ・パフォーマンスと快適性を高次元で融合したクルマとなった。まさに「最新のポルシェは最良のポルシェ」を体現しているといえよう。
オーナーが所有する911ターボのボディサイズは、全長×全幅×全高:4505×1880×1295mm。駆動方式は4WDとなる。排気量3799cc、水平対向6気筒ツインターボエンジンが搭載され、最高出力は520馬力を誇る。余談だが、デビュー当時から圧倒的な加速を誇った911ターボの0-100km/h加速は5.5秒だった。それがオーナーの911ターボでは3.4秒(スポーツ・プラスモード作動時は3.2秒)まで短縮している。
さて、52歳から10年ほどの間に、かなりのハイペースでポルシェ・911を乗り継いできたオーナーだが、今回の愛車を選んだ理由について伺ってみた。
「あるとき、同業である5歳年上の医師と食事をする機会があり、その方もクルマがお好きということで会話が弾みました。聞くところによれば、911ターボ、それもカブリオレを手に入れたと仰るんです。そのとき、私は911カレラS(991型)に乗っていたんですが、『よし、自分も911ターボを買おう!』と決心した瞬間でしたね。911ターボは、私にとって決して楽な買い物ではありませんでしたが、思い切って手に入れて良かったと思っています」
同業ということは、オーナーの職業も医師ということなのだろうか?
「そうです。24歳で医師になり、現在も内科医として勤務しています。もともとクルマが好きで、最初の愛車は「ケンメリ」と呼ばれている日産・スカイライン2000GTでした。その後、日々の仕事に没頭し、クルマも家族のことを優先しているうち、気づけば50歳になっていました。このときの愛車はメルセデス・ベンツ Eクラス(W211型)でした。あるとき、友人から『先生、メルセデス・ベンツであがりですね』と言われたんです。人生は一度きり。このままではだめだと、一念発起してV10エンジンが搭載されたBMW・M5(E60)に乗り替えました。その後、憧れの存在だったBMWアルピナ・B5(F10型)やBMW・M6クーペ(F12型)にも乗りましたが、やはり心のどこかで911が気になって仕方なかったんです」
こうして、何度も学生時代に通った、飯倉交差点にあったショールームのガラス越しに眺めていた憧れのポルシェ・911、そしてついに最高峰の911ターボを手に入れたオーナー、実際に所有してみての印象を伺ってみた。
「ひと言でいえば『エブリディ・スポーツカー』です。通勤から買い物、旅行、ドライブ、そして悪天候のとき、さらに車高を気にすることもなく乗れる点も素晴らしいです。あらゆるシーンで万能型のクルマだと思いました。これがフェラーリだとさまざまな制約があるでしょう。911には「GT3」というレーシーなモデルが存在しますが、私はサーキット走行をしないので、GT3よりも911ターボの方がライフスタイルに合うんです。あとは、憧れの存在だったということも大きいですね。漫画『サーキットの狼』に登場したマシンも930ターボでしたし…。エンブレムやメーター、サイドシルなどに刻まれた『turbo』の文字や、350km/hまで目盛られたスピードメーター(カレラは330km/h)など、ポルシェはオーナーの心をくすぐる演出に長けているなあと感じますね」
いわゆる「911乗り」というと飛ばし屋のイメージがある。オーナーもそうなのだろうか?
「空いている道で加速を楽しむことはありますが、仕事柄、あくまでもジェントルな走りを心掛けています。それと、横断歩道を渡ろうとしている人がいると、必ず停まるように心掛けています。このクルマが信号のない横断歩道で停車すると、対向車も必ずといっていいほど停まってくれるんです(笑)」
911といえば、空冷エンジンを搭載したモデルや、次期モデルの噂など、常に話題に事欠かない。オーナーの関心事はどのあたりにあるのだろうか?
「空冷エンジンを搭載した911はもちろん気になりますが、高くなりすぎてしまいましたよね。それならば、次期モデルや電気自動車など『未来のポルシェ』に興味があります。『最新のポルシェは最良のポルシェ』を体感してみたいですね」
最後に、このクルマと今後どう接していきたいかオーナーに伺ってみた。
「次期911が気にならないといえば嘘になります。やがてEVになった911が発売されるのかもしれません。それでも、この911ターボは長く乗っていたいですね。本当に気に入っていますから」
20代の頃から現在に至るまで、オーナーは医師として40年近く、数え切れない患者と向き合ってきた。医師がポルシェを所有すると知るだけでもの申したくなる人がいるかもしれないが、それは断じて違う。現在61歳になるオーナーは、人生の大半の時間を仕事に費やしてきた。たいていの仕事は、謝罪することで何とかなるケースも少なくない。しかし、オーナーの仕事はそうではない。医師の発言ひとつで、患者の今後の人生を左右しかねないのだ。非常に責任が重いというだけでなく、常に最新の医療技術と知識を身につけていなければならない。オーナーは決して多くは語らないが、会話の端々に日々の勉強と努力を重ねていることが垣間見えた。
そういえば、ひとつ聞き忘れたことがある。診察中、患者とクルマ談義を交わすことはあるのだろうか…。取材の合間に医療に関するエピソードも伺ったが、さまざまな不安を抱えた患者にとって、本当に心強い存在=主治医だと感じる場面が幾度もあった。この911ターボのオーナーのような柔和な主治医であれば、リラックスしてついつい診察以外の雑談をしても許されそうな雰囲気に溢れているのだ。
通勤の足として911ターボを使うこともあるというオーナー。かつて憧れていたポルシェ・911ターボは、今では医師として多忙な日々を送るオーナーに刺激と癒しを与えてくれる理想的な存在なのかもしれない。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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