フェラーリオーナーを無我夢中にさせる、トヨタ GR86とモータースポーツ

9月24日の富士スピードウェイは台風12号が接近した影響であいにくの天気だったが、『2022富士チャンピオンレースシリーズ』が予定通り開催。『スーパーカート』『ロードスターパーティレースIII』『マツダファンエンデュランス』が行われ、コースから快音が響いていた。そして翌日には『富士86BRZチャレンジカップ』や『N-ONE OWNER’S CUP』など5つの決勝レースが行われることになっていて、そこにエントリーするマシンもパドックに集まっていた。

今回お会いした村上 進さんは『富士86BRZチャレンジカップ』に初参戦。その合間にお話を伺った。

村上さんは2021年に初代トヨタ 86を手に入れ、5月に富士で開催された『86/BRZ Race』でレースデビューするつもりだった。しかしこの時は練習走行中にクラッシュしてしまい、エントリーすることができなかった。クルマを直し、あらためて11月に富士で開催された86/BRZ Raceにエントリー。だがこの時は予選落ちしてしまう。残念ながら初年度は満足な結果を残すことができなかったが、これもレースだ。

86/BRZ Raceは2022年シーズンから『GR86/BRZ Cup』に名称が変わり、2代目となるGR86/BRZのワンメイクレースになった。村上さんは前年の悔しさを晴らすために初代86を売却してGR86のカップカーを購入。第2戦のスポーツランドSUGOにエントリーして、無事に完走を果たした。

「今日(取材当日)は十勝で開催されている『GR86/BRZ Cup』にエントリーすることも考えたのですが、仕事の都合で十勝までクルマを持っていってレースに参戦して帰ってくるだけの時間がとれなくて。でもレースは楽しみたい。そこで今回は『富士86BRZチャレンジカップ』にエントリーしたのです」

このことから村上さんはマイペースでレースに参戦しているのがわかるだろう。自分の都合に合わせて参加するレースを選べるのも、草レースならではの楽しみ方だ。

子どもの頃からスポーツカーが好きで、メカニカルなことにも興味があった。運転免許を取得し初めて手に入れたのは日産 シルビア(S13型)。その後、S13型シルビアの後期型K’sに乗り換えたが、サーキットを走るだけの金銭的な余裕はなく、峠を走って楽しんでいた。

シルビアの次に選んだのはローバー ミニクーパー。なぜガラリとクルマが変わったのかを訪ねたら、「シルビアに乗り続けていたら免許取り消しになってしまうと思ったから」と笑う。ミニは決して速いクルマではないものの、日常領域で走っていても楽しめるところが気に入っていたそうだ。

ミニに乗っていた時に村上さんは結婚。そしてお子さんが誕生した。これをきっかけにMT車からは距離を置き、子育てに便利なスライドドアのミニバンを乗り継ぐようになった。この時期、村上さんはスポーツカーに対する未練を持っていたわけではなさそうだが、心の奥底にはくすぶりがあったのだろう。お子さんが大きくなり手がかからなくなった時、経営する会社が順調だったこともあり、憧れ続けたクルマを手に入れる決意をした。フェラーリだ。

「最初は中古車で360モデナを手に入れ、フェラーリの強烈な走りに取り憑かれてしまいました。すぐに360モデナではもの足りなくなって、458スペチアーレに乗り換えました」

その後も何台かのフェラーリを乗り継いだ村上さんは、フェラーリのオーナーズクラブにも入会。オーナー同士でツーリングにも出かけたりしている。V8フェラーリのエンジン音を背中越しに聞きながら走るのは気持ちいいが、どこか満足できずにいた。

「当たり前ですが、アクセルを踏めば強烈な加速を味わえます。でもそれはあくまでクルマの性能。もっと運転が上手くなりたい、自分の力でクルマを速く走らせたいと思うようになり、友人の勧めでレーシングドライバーの織戸学選手が講師を務めている富士スピードウェイPARKトレーニングに参加しました」

この時、村上さんはフェラーリで富士スピードウェイを走っている。その後もフェラーリオーナーが集まる走行会にも何度か参加したというが、いくらサーキットとはいえ600馬力を超えるマシンをコントロールするのは相当な緊張感があったはずだ。しかも走行会に参加し、マシンのコンディションを保つためにはかなりの費用が必要だったに違いない。

村上さんをサーキットに誘った友人は初代86でレースに参戦していた。その姿を見て、村上さんもサーキット走行用に86を手に入れることにした。それが冒頭で書いた2021年の話だ。

マシンを手に入れると、もっときれいに走りたい、タイムを縮めたいという気持ちが芽生えてくる。村上さんは忙しい合間を縫ってPARKトレーニングなどに参加し、マシンを操る練習をしている。

幼少時代からクルマ、そして走りに興味があり、どういう操作をするとクルマがどう動くかは理論として理解していた。でも自分で実際にステアリングを握るようになった時、頭の中にあるイメージ通りにクルマを動かせないことにもどかしさを感じていた。

「ライン取り、ブレーキング、荷重移動……。プロに教わることでこれらの感覚を体が掴んできていることを実感しています。一人で闇雲に走っていた時と比べて、徐々にタイムが縮まってきていますから」

サーキットを走るようになってから自身の中で変わったことを尋ねると、しばらく考え、仲間との付き合い方が大きく変わったと話してくれた。

「私をサーキットに誘ってくれた友人と、今年の1月に7時間耐久レースに出場しました。同じ目標に向かって仲間と本気で取り組み、喜びも悔しい思いも共有するという経験はなかなかできるものではありません。たとえ私がクルマ好きでも実際にサーキットを走っていなければ声をかけてもらうことはなかったでしょうから」

このレースには、友人の86と村上さんの86、2台体制で挑んだ。それぞれドライバーは4人。結果は7時間を走りきり、友人のチームがクラス3位、村上さんのチームはクラス4位入賞を果たした。

「現在参戦している『GR86/BRZ Cup』もフェラーリオーナーズクラブの仲間が協力してくれています。おもしろいのは自分も走りたいというのではなく自然にチームができて、それぞれの役割を楽しむようになったことです。チーム監督もオーナーズクラブのメンバーです」

8月にスポーツランドSUGOのレースに参戦した時は、仕事が終わってから仲間と積載車をレンタルして村上さんのGR86を積み、夜中の高速道路を走った。サーキットに着いたらテントを設営して簡易ピットを作り、レースの作戦を練る。レースではタイヤ交換をはじめ、すべての作業を仲間と分担して行う。仕事を忘れ、仲間と無我夢中になるのは本当に楽しそうだ。

人は大人になると、新しく何か打ち込めるものを見つけるのは難しいものだ。興味が湧きそうなものが目の前に現れてもどこか億劫で、仕事の忙しさなどを言い訳にして一歩を踏み出すのを躊躇したりする。おそらくみなさんの中にもそんな経験が一度や二度はあるはずだ。

仲間から声をかけられた時に「そうだな、やってみようか」と迷わず一歩を踏み出せたこと。そして村上さんが一歩を踏み出したことで仲間が集う場所が新たに生まれたことを羨ましく感じた。村上さんの言葉からは支えてくれる仲間がいることへの感謝の思いを感じたが、きっと友人たちも日常を忘れて楽しめる場所を作ってくれた村上さんに感謝しているに違いない。

「ただ……この2年はすべて自分たちでやってみましたが、私も仲間も忙しいのと、いろいろ無理が利かない年齢でもあるので、サポートに任せられる部分はお願いしてもいいのかなと話しています。これは経験を積んだからこそ見えてきた部分ですね」

新旧2台の86でレースに参戦したことで、村上さんは86のポテンシャルの高さも感じている。

「ライトウェイトのFR車の魅力は軽くヒラヒラと走れることと、絶対的なパワーがあるわけではないから最低限手を加えるだけで十分に楽しめることです。でも今は選択肢が86/BRZとマツダ ロードスターくらいしかありません。PARKレッスンに参加して感じたのは、86はクルマの挙動を覚えるのにすごくいい教材だということです。こういうクルマを作り続けてくれていることはありがたいですね」

レースに参戦するようになって2年。『GR86/BRZ Cup』はレベルが高いことで知られるカテゴリーだけに、今はまだ完走することが精一杯だ。でもいつか、表彰台に上がってみたい。その夢をかなえるには、もっともっと練習しなければならない。でもいつかきっと、GR86はその気持ちに応えてくれるだろう。村上さんが夢を持ち続けている限り。

(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)