間近で飛行機の爆音を浴びるために欠かせない、小型車の機動力
日々の暮らしでストレスを感じ、リラックスしたいなと思った時、どんな場所に出かけたくなるだろうか。もちろん出かける場所は人それぞれだが、海や山などの静かな自然の中でマイナスイオンを浴びながらのんびりしたいという人が多いはずだ。
ところが、今回お会いした建築業を営む“クロスケ”こと大北浩士さんは、まったく違う場所に出向いている。クロスケさんのライフワークは“爆音浴”。爆音浴とは文字通り大きな音を楽しむという趣味で、航空機マニアなどがSNSで「今、どこにいるの?」「●●空港で爆音を浴びているよ」と会話する中から生まれた言葉だという。
「僕は自衛隊の駐屯地がある千葉県習志野市生まれ。子どもの頃から飛行機が低空で飛び、隊員が落下傘で降下しているのを日常の光景として見ていました。それもあって大きな音の中にいると落ち着くんですよ」
クロスケさんをインタビューした日は、着陸する航空機が頭のすぐ上を飛ぶ、マニアの間で有名な飛行機撮影のメッカに案内してもらった。そこでクロスケさんはカメラを構えながら気持ちよさそうに爆音を浴びている。
「爆音浴というと音を聞くイメージがありますが、飛行機を間近で見たり、匂いや風圧を感じるなど、シャワーのように五感で浴びるものだと思っています。成田空港以外にも茨城空港や羽田空港、厚木基地や入間基地など、その日の気分でいろんな場所に出かけています。ほかにも電車の高架下や工場脇もおすすめの浴場ですよ。ただ最近は環境への配慮から大きな音を浴びられる場所が減っています。近隣住民には喜ばしいことでしょうが、マニア的には由々しき事態です(笑)」
クロスケさんは他にも“大仏ハンター”という肩書でさまざまな大仏を見て回ったり、全国で行われる自衛隊のイベントを訪れたり、戦時中に軍隊が使っていた鉄道の廃線や超芸術トマソン(説明すると長くなるので、よくわからない人は検索を!)を探したりしている。活動エリアは日本列島全域。そのほとんどをクルマで移動し、移動中はハイウェイラジオを録音して、ユニークな交通案内をストックして楽しんでいるそうだ。
そんなクロスケさんの愛車は、5ナンバーサイズのハッチバックながら広大な居住スペースを持つ2代目ホンダ フィット。以前乗っていたトヨタ ラウムが廃車になり、今年2月に中古車で購入した。
「爆音浴では農道などを通ってベストな場所を目指すし、大仏ハンティングでは何度も切り返さないと曲がれないような道を通ってお寺に向かうこともあります。廃線跡を探す時は住宅街の小さなパーキングにクルマを止めて歩き回る。そうなるとクルマは5ナンバーのハッチバックがベスト。大型のSUVやミニバンだと目的地までたどり着けない可能性があるんですよ」
少しでも時間があれば“獲物”を求めてあちこち走り回る。「歳を取ったから最近は長距離がきつくて」と笑うが、千葉県から大阪や仙台くらいの距離なら「ちょっと出かけてくる」とクルマを走らせる。
フィットを手に入れた直後から自粛モードになり、自衛隊のイベントや航空ショーなどが軒並み中止に。そのため全然クルマに乗れていないと嘆く。
「本当ならフィットのここがいいという話をしたいところですが、一緒に過ごしている時間が少ないからまだフィットのことをよくわかっていなくて……」
クロスケさんは申し訳なさそうに話すが、お会いした9月中旬にはすでに購入してから1万km以上走っていた。いったい普段はどれくらいのペースでクルマを走らせているのか……。
「年間何万kmくらい乗っているかはわからないけれど、あっという間に25万kmくらいに達して販売店から『もう車検に通らない』と言われてしまいます。だから新車なんてとても買えない。いつも安い中古車を選んでいます」
どれだけ長距離を走ってもまったく苦にならないクロスケさんは、独身時代にクルマで日本一周旅行も楽しんでいる。
「こう見えても僕は学校を卒業した後に大手の建設会社で設計士をやっていたんですよ。10年ほど勤務して会社を辞めた時、彼女(現在の奥さま)に『日本中の景色を見に行こう!』と話して2人で旅に出たんです」
旅に出るにあたり、クロスケさんは軽の1BOXを購入。そして車内にベッドを作り冷蔵庫などを設置。手作りキャンピングカーで奥さまと旅に出た。無類のロバ好きである奥さまのために日本でロバが見られる場所を訪れ(日本ではロバは希少な存在で、見られる場所は限られているのだ)、クロスケさんのマニア心を刺激する風景を探しながらクルマを走らせたという。
しかし、クロスケさんの話を聞いているとあることが心配になる。小さなクルマでの長距離移動は体に負担がかかるのではないだろうか。するとクロスケさんは笑いながら大きく頷いた。
「はっきり言って、めちゃめちゃ疲れますよ。とくに腰は痛くなりますね。でもそこは考え方次第です。排気量が大きくて快適なクルマだと一気に数百km走れるのでしょうが、僕が選ぶクルマだと道の駅などでこまめに休憩しなければならない。そこで僕は地元の観光案内などに目を通します。するとネットで検索してもまずヒットしないような大仏の情報が手に入ったりする。僕くらいのマニアになるとネットの世界の情報では物足りなくて、ネットに出ていないものを自分で見つけたくて仕方ない。僕にとって休憩は情報収集。だからこまめに休みたくなる小型車のほうが性に合っています」
奥さまと日本一周を楽しんだ時は旅先で情報収集するうちに訪れたい場所が膨れ上がり、2カ月半の旅を終えて自宅に戻った後、すぐに別ルートで日本一周の旅に出たという。
クロスケさんが追いかけているものは、おそらく普段私たちの目や耳に入ってきているものばかり。私たちは気にせずやり過ごしているが、クロスケさんは持ち前の好奇心で「あれはなんだろう」と考え、自分で見て、体感して楽しんでいる。
「常にいろんなことに興味を持っているから、これまでの人生で退屈を感じたことが皆無です。楽しいこと、面白いものって、実はそこら中に転がっているんですよ。僕は高速道路を走っていて気になる建造物が目に入ったら、高速を下りて見に行っちゃいますから。おかげでなかなか目的地にたどり着けない(笑)。だから、自分の思いどおりに好きな場所に行くことができるクルマは最高の遊び道具です。実は2年ほど前にSuica に1万円チャージしたのですが、まだ6000円以上残っています。それくらい公共交通機関は使わずクルマで遊んでいます」
クロスケさんはマニアックな趣味に対する守備範囲の広さと圧倒的な知識量がディレクターの目に留まり、紅白にも出場した超人気アイドルグループのメンバーを助手席に乗せて面白スポットを案内するという番組に出演したこともあるそう。「マニアも究めればスーパーアイドルとドライブできる。すごい国だよ、日本は」と大笑いするクロスケさんのストレスフリーな生き方が羨ましくなる。
そんなクロスケさんに今後やりたいことを聞いてみると、マニアでなくても思わず唸ってしまうような答えが返ってきた。
「2021年に航空自衛隊のF-4ファントムがすべて退役するので、その音は可能な限り浴びに行くつもり。もう一つ、爆音浴の究極の目標として、いつかロケットの音を浴びたいと思っています。種子島はさすがに遠いけれど、秋田にある能代ロケット実験場なら行けるかな」
ロケット!確かにそれは究極の夢だろう。取材が終わって事務所に戻り、筆者は能代ロケット実験場と種子島宇宙センターまでの距離を調べてみた。能代はノンストップで約8時間、種子島は約23時間で到着と出てくる。鹿児島からフェリーに乗れば、種子島までクルマを運ぶことも可能だ。
能代の試験場で爆音を浴びたクロスケさんは、たまらなくなり、日本一周したときのように自分でキャンピングカーを作って種子島に向かうに違いない。そして次は海を渡り、ロケットの爆音を求めてアメリカを旅するかもしれない。人の夢ながら、考えるだけで私もワクワクしてきた。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/山内潤也)
[ガズー編集部]
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