人と違うものを手に入れたい。オンリーワンの所有欲を満たしてくれたカスタムハイエース

海沿いを走る道としてあまりにも有名な湘南の国道134号線。そこから少し中に入った場所に建つアーリーアメリカンテイストの真っ白な家。通りに面した駐車場には、淡いブルーとグレーの2トーンカラーのトヨタ ハイエースが置かれていた。

縦目4灯のハイエースといえば、1980年代に現役だった50系を思い出す人もいるだろう。だが、この家の主人である矢澤勝さんの愛車は正真正銘、現行型の200系ハイエースになる。

「買い物などで駐車場にクルマを停めていると、たまに年配のクルマ好きの方から声をかけられますよ。『懐かしいハイエースだね。ずいぶんきれいに乗っているね』って。『違います。今のハイエースですよ』と話すと驚かれます」

数年前から、中古車業界ではハイエースのようなワンボックスタイプやSUVをアースカラーやニュアンスカラーにオールペンして、黒く塗装したスチールホイールを履かせ、少しレトロでチープに見えるカスタムを施して販売するのが流行している。

このカスタムは、道具にこだわりオシャレなキャンプを楽しむ人や、人と違うクルマに乗りたいという人の間で火がつき、今ではカスタム済みのクルマを販売するショップも増えてきた。都市部に住む人だと、街で明らかに純正色とは違うSUVを見かけることも多いのではないだろうか。

矢澤さんのハイエースは、フロント部分をパネルごと変えて自然な形でリノベーションしている気合いの入ったカスタムモデル。インテリアに目をやると、ストライプのシートが配置され、荷室部分はベッドになった車中泊仕様になっている。もちろん納車前の車検では構造変更の届出をしている。

「私の妻はフリーマーケットに出店するのが趣味。いつものように七里ヶ浜で行われたフリマに参加していたのですが、家に帰ってくると興奮気味に『すごくかわいいクルマを見つけた!』と言うんです。どんなクルマだろうと思って一緒にお店に見に行ったらこのハイエースがありました。私も一目惚れして、その場で契約してしまいました(笑)」

奥様が自分からかわいいクルマがあると話すのは、これが二度目だそう。最初は結婚して間もない頃に「ワーゲンバス(フォルクスワーゲン タイプ2)がかわいい。乗りたい!」という話に。

「私もワーゲンバスは嫌いではなかったし、当時は私がサーフィン、妻はボディボードをやっていたので箱型のクルマは便利に使えるだろうと思いました。そして古いワーゲンの専門店に行ってワーゲンバスを手に入れました」

ファンの間ではタイプ2を年代によって、アーリー、アーリーレイト、レイトレイトと区別している。矢澤さん夫妻が選んだのは、アーリーの21ウインドウというレアなモデル。このクルマでワンボックスの便利さに開眼し、フォルクスワーゲン ユーロバン、日産 キャラバン(E25型)、日産 N350キャラバン(E26型)と、ワンボックスタイプに乗り続けた。

「クルマ選びで私がいつも考えるのは“人と同じじゃつまらない”ということ。キャラバンを買う時、最初はハイエースを考えたのですが、街に同じクルマがたくさん走っているので諦めたんです。キャラバンはまだ今ほど街に溢れていなかったので乗ってもいいかなと。その代わり色にはこだわりましたね。E25は水色のメタリックで、同じクルマはこれまで数台しか見たことがないくらい珍しい色でした」

ユーロバンに乗り始めた頃から矢澤さん夫妻は小さなお子さん2人と一緒にファミリーキャンプを楽しむように。そして2000年代初頭にはアウトドア雑誌が主催するキャンプインイベントにも参加した。以来、キャンプインフェスが矢澤さんたちの趣味になる。

クルマを見てもわかるように、自分が所有する道具には妥協がない矢澤さんだ。当然のようにキャンプ道具にもこだわっていく。NORDISK(ノルディスク)のコットンテントもブームになる前にいち早く手に入れたそう。

「キャンプは道具に凝り始めると荷物が増えて大変。でもワンボックスなら何も気にせず荷物をガンガン積めるから楽なんです。この使い勝手に慣れてしまうと他のクルマには乗れないですね。私はタイプ2からずっとワンボックスに乗っているので、座席の高さやフロントがない運転感覚が体に染み付いてしまいました。車検の代車などでたまに普通の乗用車を運転すると怖くて仕方ないです」

クラシカルなカスタムハイエースが納車されたのは2019年6月。新築した今の家に引っ越して間もない頃だった。真っ白な家の前にたたずむハイエースはとても絵になる。矢澤さんは仕事から帰ってくると家に入る前に、しばらく通りの反対側から自分の家とクルマを眺めていることも多かったという。この気持ち、クルマが好きな人ならわかるはずだ。

そんな矢澤さんが今最もやりたいことは“キャンプ”。もともとアウトドアを楽しんでいた矢澤さんだから、このクルマを手に入れたら真っ先にキャンプを楽しんでいそうなものだが……。

「クルマが納車された年は家庭の事情でキャンプに行けそうになかったので、妻や子どもたちと『来年はたくさんキャンプに行こう』と話していました。ところが2020年はコロナ禍で出かけられない……。せっかく新しいクルマを買ったのにまだ一度もキャンプをしていないんです。『密を避けてキャンプ場に人が殺到している』というニュースを見て、さすがにこれはまずいだろうと……。だから家族みんな、フラストレーションが溜まりまくっています(笑)。早くコロナが収束して、何も心配せず思い切り大自然を楽しみたいですね。このハイエースは絶対に緑の中と私のテントに似合うはずですから」

ロングドライブを楽しみづらい世の中だが、クルマと濃密な時間を楽しむことはいくらでもできる。矢澤さんにとって、それは洗車。休日に時間があると、そんなに汚れていなくてもつい庭先で洗車を楽しんでしまう。もともと凝り性なこともあり、一度クルマを洗い始めると4時間以上かかることもざら。「いつまで経っても終わらないから家族からは呆れられています」と笑う。

「うちは通りに面しているので家の中にいても外の音が聞こえます。たまに『このクルマ見て。かわいいね』と話している人の声が聞こえると、嬉しくなりますね。134号線を走っていると同じシリーズのカスタムカーとすれ違うことも。そんな時はお互い笑顔で手を振り合ったりします。クルマを通して一瞬でも人の心が繋がるのは気持ちいいものです」

自己満足。矢澤さんは自身のクルマの楽しみ方をこのように評した。自己満足という言葉はともするとネガティブに捉えられるが、この気持ちがあるかないかで、ものに対する向き合い方は大きく変わるはずだ。人がなんと言おうと自分が満足しているからこそ大切にしたいという思いが生まれるし、気持ちも豊かになる。

「いいものは、なるべくいい状態で維持していきたい」。洗車に時間をかけるのも、矢澤さんのこんな気持ちの表れ。もちろん長く使えば経年劣化もしていく。だが矢澤さんは自然なヤレも含めて一目惚れしたクルマを愛し、長く付き合っていくだろう。嵐が過ぎ去った後に家族でつくる、たくさんの思い出とともに。

(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人)

[ガズー編集部]

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