車好きがたどり着いたアガリの一台 日産ノート
生涯ペーパードライバーであることを貫く場合は別だ。しかしそうでない限りいつの日か、すべてのドライバーは100%の確率で「人生最後の車選び」を行うことになる。なぜならば地球上に生物が誕生してからおよそ35億年、“不老不死”を達成した生命体は1体たりとも存在しないからだ。
人生最後の車選びを、今まさに行わんとしている人。
それを行うのはまだずいぶん先の人。
GAZOO読者の年齢層はさまざまであるはずだが、誰もが100%の確率で行うことになる「最後の車選び」のご参考としていただくべく、神奈川県川崎市にお住まいの黒部純一さんが日産 ノートを購入するに至った道のりをご紹介したいと思う。
黒部純一さんは昭和17年、のちに鈴鹿サーキットが完成することになる三重県鈴鹿市で生まれた。物心ついたのは戦後間もない頃。当時は“車”というのがきわめてレアな存在ではあったが(なにせ日本における乗用車世帯保有率は、昭和39年の時点でも4.4%でしかなかった)、伯父が材木店を営んでいた関係で、幼少期からトラックやオート三輪に囲まれて育った。
昭和36年に東京の工学系大学に入学し、昭和40年、同じく東京の電気通信技術コンサルタント会社に入社。昭和42年に結婚し、その2年後には長女が誕生。そして5年後の昭和47年には長男が誕生した。
そしてそれに伴い昭和49年、32歳のときに人生初の“マイカー”を購入した。中古のホンダ ライフ。車両価格は22万円だった。
「車はずっと大好きだったんですけどね、当時の私の給料では『マイカーを持つ』なんてのは夢のまた夢でした。でも親父が鈴鹿から孫たちの顔を見るためこっち(東京)に来たとき、『……この環境じゃお前、車がないと大変だろ?』とびっくりしまして」
その頃の黒部さん一家は、東京都清瀬市の公団賃貸住宅から、東京都町田市の公団分譲住宅にちょうど転居した頃。当時のヤングファミリーに大人気だった「ニュータウン」に住み始めたのだ。
夢のニュータウン、夢の持ち家ではあった。だが丘陵地帯を切り崩して造った街だけあって、交通の便は悪い。ニュータウンから駅まではバスで20分かけて、子どもたちの手をつなぎながら移動する必要があった。
「それでも自家用車を買う余裕なんて本当になかったのですが、見かねた親父が20万円を出してくれましてね。その20万円に自分のお金を少し足して、やっと中古の軽を手に入れることができたんです」
当時の言葉でいう“マイカー”を手に入れたことで、黒部家の生活は激変した。駅までの移動に関する利便性が高まったのは当然として、山へ、川へ、遊園地などへ、家族で自由気ままに出かけられるようになったのだ。昭和49年。読売巨人軍の長嶋茂雄が引退し、フィリピンのルパング島で小野田寛郎元少尉が発見された頃である
しかし子どもの成長は早い。2年もすると軽ではさすがに手狭になってしまったため、昭和51年に初代ホンダ シビックに乗り替えた。今度は新車。車両価格は「忘れもしない85万円でした」という。ちなみに当時の黒部さんは34歳。月額給与は額面で20万円だった。
「初代シビックは本当にいい車でしたね。視界が広いし、実家がある鈴鹿市まで東名高速をぶっ飛ばしてもびくともしませんでしたし。あとは故障もしませんでしたね。シビックには都合12年間乗りましたが、どこかが壊れたという記憶はいっさいありません」
軽から普通車に、それも当時最新鋭だった普通車に乗り替えたことで、黒部家の面々が出かける先は「近隣の遊園地など」から「一泊で行く湖畔の保養所」などに変化した。また盆と暮れの恒例行事である「東京から鈴鹿市まで片道350kmの帰省旅行」も、格段にラクになったという。
初代シビックは昭和63年まで、前述のとおり12年間乗り続けた。昭和63年すなわち1988年といえば、いわゆるバブル景気のまっただ中。筆者の記憶によれば、1972年にデビューした初代ホンダ シビックを街なかで見かける機会はもはやほとんどなかったはずだが、黒部さんには「大好きで、運転しやすくて軽快で、なおかつぜんぜん壊れない車」を、わざわざ手放す理由がなかった。
だが昭和63年のインドネシアへの駐在が「長いものになる」と決まったため、仕方なく初代シビックを売却。そして帰国後、約2年のブランクを経て「トヨタの車にも乗ってみたい」という理由から、7代目トヨタ コロナの中古車を購入した。
時は平成2年。昭和の世は終わりを告げていたが、まだギリギリ「車といえばMT」という時代ではあった。そのため、当時48歳の黒部さんが購入したトヨタ コロナもMT車だった。
「これも非常にいい車でしたね。ボディの四隅が今どこにあるかが、運転中も手に取るようにわかるんですよ。初代シビックもそうでしたが、ある意味“人馬一体”な車だったと思います」
ちょうどその頃に運転免許を取得した長男の武さんも、このコロナでもって車の運転およびMT操作の実戦的な練習を重ねたという。
だが――ある意味人馬一体な車として大いに気に入っていたMTのトヨタ コロナには5年間乗ったが、48歳で購入したコロナに5年間乗れば、持ち主は自動的かつ必然的に「53歳」になる。
そして平成7年。近鉄バファローズの野茂英雄投手がMLBロサンゼルス・ドジャースに入団した年に53歳となった黒部さんは、さんざん愛好してきたはずの「マニュアルトランスミッション」という変速機を操作することに、億劫さを感じ始めていた。
「で、まぁそろそろAT車でもいいかと思いましたし、私は『いつかはクラウン』と考える世代でもありましたから、クラウンの一つ前の段階としてトヨタ マークIIの中古車を買うことにしたんです。それなりに気に入って、これにも5年間は乗ったのですが……」
ショッキングな出来事が起きた。購入から半年後、コインパーキング場で後進させていた際に、ボディの左後ろを金属製のポールにぶつけてしまったのだ。
「もちろん『たかがちょっとぶつけただけのことじゃないか』と思うかもしれませんが、私としては大ショックだったんです。それまでは車をぶつけたことなんて一度もありませんでしたから……」
「俺もついに老いたのか?」「今の自分にとってマークIIは“大きすぎる車”なのだろうか?」と、53歳の黒部さんは自問した。駐車場での出来事がトラウマになった。
それでも5年間はマークIIに乗り続けたが、「いつかはクラウン」との夢はあきらめることに決めた。「あのサイズの車を手足のように確実に扱うのは、今の自分には少々難しい可能性がある」と認めたのだ。58歳だった。
そしてクラウンの代わりに手に入れたのが、平成12年に購入したトヨタ プログレ NC300 iRバージョンだった。
「マークIIでお付き合いさせていただいたディーラーから『プログレの中古車の出物がありますよ』と紹介されましてね。わずか1年落ちのNC300 iRバージョンで、装備もフルオプションといえる状態。クラウンはあきらめたけど、やっぱり“いい車”には乗りたい世代なんですよ(笑)」
当時存命だった妻とじっくり悩んで決めた3Lエンジン搭載のプログレは「本当に素晴らしい車だった」と、黒部さんは言う。パワフルだが静かで、速いが乗り心地は良く、そして上質感は十分以上なのに、ボディサイズはきわめて扱いやすい水準だった。
あまりにも気に入って58歳から73歳までの都合15年間、トヨタ プログレNC300 iRバージョンに乗り続けた。途中平成22年、旅先で上の写真のシャッターを押してくれた妻は、残念なことに病気のため先立った。だがとにかく、それまではプログレで妻と温泉旅行に出かけた。近隣のお店へ買い物に行った。そして盆暮れの恒例である「鈴鹿市まで片道350kmの帰省旅行」も快適に執り行った。
しかし15年間も乗っていると、さすがのプログレも老朽化が目立つようになり、燃費も悪化してくる。そのため73歳のとき、初代ホンダ グレイス ハイブリッドEXに乗り替えた。燃費が良く、趣味のゴルフに使うゴルフバッグも4セット積載でき、なおかつ静粛性も高いというのが決め手だった。
グレイスにも、結果として7年半乗った。だが80歳の声を聞く頃になると徐々に――運転に関する不安も覚えるようになってきた。……ここから先は、長男である武さんに話していただくことにしよう。
「話は少しさかのぼりますが、父がプログレに乗っていた頃に、我が家は現在住んでいる町へ転居してきたんです。で、その前に住んでいたのは高齢者が多い町だったのですが、今のところはお若いご家族が多く、必然的に外を歩いているお子さんの数も非常に多い。そのため『親父の運転が少し心配だな。何もなければいいけど……』とは思っていたんです」
とはいえ幸いなことに、プログレに乗っていた70歳頃の黒部さんは事故を起こすこともなく、助手席に座る武さんから見ても、まったく不安を感じるような運転ではなかった。そして73歳のときにホンダ グレイスに買い替えて以降も、何ら問題はなさそうに見えた。
だが今から1年ほど前。つまり黒部さんが80歳になった頃、武さんは「父の運転が若干あやしくなってきた」と感じはじめた。
運転免許を返納させることも考えた。離れて暮らす姉にも相談した。姉は「できれば心配なので運転は控えてほしいけど……病院通いや、重たいモノを買うときもあるし、少しは遠出もするし……車をなくすのは無理なのかもね」と言う。
そして武さんも、直近の免許更新時の高齢者講習には何ら問題なくパスし、運転する意欲があり、能力と体力もあり、そして昔からずっと「車を転がすこと」が大好きだった父を、強権的に車というものから引き離すことはためらわれた。
そんな子どもたちの逡巡を知ってか知らずか、黒部さんは武さんに言った。
「グレイスの初期型と違って、いろいろな検知機能がバッチリ付いてる最新の小さな車に替えるよ。人生最後の一台として。そういった装置の性能が高い車なら大丈夫だと思うし、もしもそれでもダメなら――自分がケガをしたり死んだりするのはいいんだけど、人様を傷つけてしまう可能性をほんの少しでも感じたら――即座にきっぱり降りるから」
そうして今から約4カ月前に納車されたのが、現行型の日産 ノートXだった。
認知機能と身体能力にまだ大きな問題はないと自認し、直近の運転免許更新時に公にも認められた黒部さんだが、「明らかに“ヒヤリハット”の頻度は高まっている」とも思っている。
だがそのヒヤリハットの防止を、現行型ノートの360°セーフティアシスト(全方位運転支援システム)が文字どおり見事に“支援”してくれることで、現在81歳の黒部さんはさしあたり何の問題もなく、スムーズかつ安全に、日産 ノートという乗り物を操っている。
「先ほども申し上げたとおり、少しでも人様を傷つけてしまう可能性があると感じたら即座に免許を返納しますが、今のところは、ノートが適切に警告を出してくれるおかげで大丈夫なんです。まぁ先のことはわかりませんが、85歳までは運転したいと――自分では思ってるんですけどね」
もちろん黒部さんが言うとおり「先のこと」はわからない。急激に衰えがやってくることも、可能性としてはあるのだろう。
だが先日、80歳を超えてから生まれて初めてゴルフで「100」を切り、150人が参加した月例コンペで準優勝を果たした黒部さんであれば、確かにあと数年は、そして高度な運転支援システムを搭載している小型車であれば、普通に大丈夫である可能性は高いのかもしれない。
人は車という凶器にもなり得る機械を、いつまでも自分で運転し続けることはできない。だが各種のテクノロジーが発達した今、例えば「80歳になったら一律に免許を返納すべし」とするのもナンセンスな話ではある。
線引きや見極めは難しいところであり、人それぞれでもあるだろう。だが車を求める心、すなわち自由を求める人間のマインドをテクノロジーが適切にサポートできるようになったことで、人間の健康寿命ならぬ「運転寿命」が今後、いくぶんではあるが確実に延び続けることだけは間違いない。
いつまでも――とは言えないが、なるべく長く、車というものの本質を楽しみたいものだ。
(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/写真提供=黒部純一氏/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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