30年前のランドクルーザー70でトライアルに挑む22歳が知った、ネットに流れないディープなランクルの世界
屈強な4WD車でモーグル路や岩場などをクリアしていくトライアル競技。トヨタ ランドクルーザー70で練習に励んでいるのは、趣味人(しゅみーと)かずおさん(以下、かずおさん)だ。
かずおさんは現在22歳。トライアルを楽しんでいる人たちの中でもかなり若い。いったいどんなきっかけでトライアルの世界に飛び込んだのだろう。
「高校1年の頃からマウンテンバイクをやるようになって、免許を取得したら自転車を積むためにハイエースがほしいと考えていました。当時はAT限定で免許を取るつもりだったし、まさか自分がMTのクルマに乗るなんて思ってもいませんでした」
運転免許を取得した後は親と共用でスズキ アルトに乗るように。マウンテンバイクもバラせば小さな軽自働車でも何とか載せることができる。特に不満もなく、自宅がある群馬県渋川市から嬬恋や水上までドライブしていた。
ある日友人と遊んでいたら帰りが遅くなってしまい「家まで送っていくよ」と言われた。まさかこれが後に“底なし沼”の入口になるとは思いもしなかったという。友人の愛車はスズキ ジムニー。生まれて初めて4WD車に乗ってアルトとはまったく違う乗り味に驚き、自分も4WD車に乗りたいと思ったという。
「すぐに中古車サイトで4WDを検索しました。もちろんジムニーもたくさん出てきましたが、僕は大排気量車に乗りたいと思って2500cc以上とMTで絞り込み、予算に合うものが三菱 パジェロでした」
かずおさんはすぐにパジェロを購入。パジェロにマウンテンバイクを積んで嬬恋などに通った。そして4WDのクルマで山に通ううちに、マウンテンバイクだけでなくクルマでも山の中を走ってみたいと思うようになったそうだ。
「最初はYouTubeでトライアルの大会の動画を見ていました。次に走り方の解説動画を見るようになって、見様見真似で近所の未舗装路を走ってみたりして。僕がよく見る解説動画を作っている方が乗っているのがランクル70でした」
そして、かずおさんはトライアルを楽しんでいる人たちのXなどもフォロー。最初は見ているだけだったが徐々にコミュニケーションを取るようになり、2024年の正月にフォローしていた人が主催する年越しキャンプにパジェロ仲間と参加した。そこでランクル70に乗せてもらい、走破性の高さに驚いたという。
「僕のパジェロが苦戦するようなモーグルをランクル70は軽々と走破するんです。クルマによってここまで違うというのが衝撃でした。そして僕もランクル70に乗りたいと思ったんです」
このキャンプに参加して、かずおさんはキャンプの主催者に弟子入りを志願。すると「いろいろ教えたるわ」と弟子入りを許可された。かずおさんの申し出は、師匠も嬉しかったに違いない。師匠もまだ32歳と若いが、自分より10歳も年下の若者が同じ趣味を極めたいと言ってきたのだから。
かずおさんは師匠と同じランクル70の購入を決意。クルマを選ぶにあたり、師匠からは「可能な限りノーマルの中古車を探すように」というアドバイスを受けた。
「師匠のクルマはトライアル用にガチガチにチューニングされていましたが、『最初からこんなクルマに乗っちゃダメだ。まずはノーマルに乗ってクルマがどう動くか、どこから先はきついのかを体に叩き込め』と教わりました」
チューニングを施せばノーマルではクリアできないようなモーグルを越えていくこともできる。でもノーマルの性能を理解せずに走破性の高いクルマで走ると必ずどこかに負担をかけ、クルマを壊してしまう。かずおさんは師匠のアドバイス通り、ノーマルに近いクルマを探すことに。
しかし、早速問題が発生した。ランクル70がデビューしたのは1984年で、もう40年も経過している。かずおさんが狙いを定めた中期型でも30年以上前のクルマだ。さらにかずおさんのように競技を楽しむ人から選ばれることが多いので、ノーマルに近く予算内に収まるものがなかなか見つからない。
しかも今はランクル70やランクル80などをオールペンしてクラシックな雰囲気に仕上げるカスタムも流行している。この仕様だと中古車価格は一気に跳ね上がる。
かずおさんがようやく見つけた中古車は、そんなお洒落カスタムを得意とするショップで、まさにこれからカスタムが施されようとしているものだった。
かずおさんは急いでショップに連絡し、自分はトライアルをやりたいからカスタムしない状態で売ってほしいとお願いする。
「問い合わせの後、ショップからメールが届きました。それは事前のお客様アンケートで、ランクルとの出合いなどを質問されました。なんだか書類選考を受けている気持ちになって、僕のランクル愛を書きまくって返送しました(笑)」
かずおさんの思いはショップにも通じたのだろう。ショップとしてはカスタム販売のほうが利幅は大きくなるが、そのままの状態で販売してくれることになった。しかも融雪剤の影響でサビていた場所を板金してくれ、足回りもオーバーホールしてくれた。
「初めてお店にクルマを見に行ったときに試乗させてもらえたのですが、なぜかその時、店員さんが助手席にいるのに号泣してしまいました。考えてみたらパジェロを買うときからランクル70も気になっていたけれど、中古車相場がどんどん上がるのでクルマが自分から離れていく感じがしていたんです。
師匠と会ってからは真剣に中古車を探しました。でもなかなか条件に合うものが見つからなくて……。ようやく『これだ!』と思えるクルマに出会えた嬉しさや安堵感が一気に押し寄せてきて涙が止まらなくなっちゃって」
登録手続きなどが終わってショップにクルマを取りに行った時、店員さんから「キミならこのクルマをとことん楽しんでくれると思った。乗り潰すまで存分に走り回ってほしい」と言われました。すごく嬉しかったですね。
かずおさんのランクル70は1994年式のZX FRPトップで、4.2Lディーゼルエンジンを搭載する。購入時の走行距離は32万kmを超えていたが、エンジンは一発でかかるし、ディーゼルならではの粘りのある走りを味わえるという。製造から30年が経過し、かなりの距離を走っているのに調子よく走るランクル70に乗り、「どこへでも行き、生きて帰ってこられる」というのは本当なんだと感じるそうだ。
だが、ランクル70で初めてオフロードを走り、「このクルマ、こんなに走らないんだ」と感じたそうだ。道具の性能は高いが、それを活かすのは乗り手の実力。これまで自分が見てきたランクルの姿は乗っている人がクルマを使いこなしていたのだと痛感した。
それからかずおさんは地道に練習を重ねた。師匠からは「コースを走ってスタックしたら、とりあえずエンジンを止めてリバースに入れてクルマから降りてみろ」と口酸っぱく言われた。
運転席からでは下がどうなっているか見ることができない。クルマから降りてどのタイヤが空転しているかがわかれば、どうやって操作すれば立て直せるかがわかる。とにかくそれを繰り返せ、と。
2024年の夏には初めてトライアルの大会に出場。思うように動かせない時間が多くて成績は自慢できるものではなかったが、スタックした際に慌てずどうやれば立て直せるかを考えることができたので、少しずつだが上達していると感じられた。
ランクル70を手に入れ、トライアルの世界に飛び込んだことで、仲間も増えた。師匠はかずおさんより10歳も年上。そして古参の人たちは師匠の親世代になる。かずおさんより40歳以上年上の仲間だ。
トライアルをはじめモータースポーツを楽しんでいると、どうしても部品の消耗が激しくなる。かずおさんの愛車のように年式が経過したモデルだと部品によっては探すのが難しいものもあるだろう。そんな時はオークションサイトやフリマサイトを小まめにチェックするしかないと思っていたが、古くからトライアルを楽しんでいる諸先輩方は、これまで築き上げたネットワークを使い、個人間で部品を融通していることも知った。
SNSがきっかけで広がった輪の中に入ったことで、本当に知りたい情報はネットにはなかなか出てこないことに気づいたのも大きな収穫だった。
「トライアルは横転などのリスクもある危険と隣り合わせのスポーツ。コースに入る時は常に緊張します。だからこそ何度も練習して難しいセクションを越えられた時の達成感は格別です!」
4WDの楽しさを知り、トライアルという競技と出合ったことで、世界は大きく広がった。かずおさんの彼女は元々クルマ好きではなかったが、かずおさんのパジェロを気に入り、4WDの世界に興味を持つようになった。
「今は一緒にオフロードを走りに行ったりして、少しずつ自分がハマっている世界にきてもらおうと努力しています(笑)」
そんな彼女は最近、「スズキ ジムニーに乗ってみたいな」と話しているそうだ。山の中を夢中になって走るかずおさんと、その姿を見ている彼女。いつか彼女も一緒に走るようになったら、かずおさんのトライアルの世界はさらに広がるだろう。
【X】
趣味人(しゅみーと)かずおさん
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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