漫画がキッカケとなって心酔した『ヨタハチ』と紡いでいく、深い趣の世界

  • GAZOO愛車取材会の会場である群馬県群馬大学 桐生キャンパスで取材した1965年式トヨタ・スポーツ800(PU15)

    トヨタ・スポーツ800(PU15)



子供の頃に読んだマンガや、テレビで見たアニメをきっかけに、クルマ好きの道を歩みはじめたという人は少なくない。特に劇中に登場するクルマが実際に市販されている車種であればなおのこと。物語の世界観を実体化するアイコンとして憧れてしまうというわけだ。

そんな数あるマンガやアニメの中で、身近なスポーツカーを題材として取り上げたのが、1982年に連載を開始した『よろしくメカドック』。トヨタ・セリカXXや日産・フェアレディZ、マツダ・RX-7といった実際に販売されているモデルが登場するストーリーは、子供心にもクルマの楽しさがダイレクトに伝わってくる内容だった。

そんなよろしくメカドックに登場するクルマの中で、最初期からレギュラーとして登場していたトヨタ・スポーツ800(PU15)に心惹かれ、就職した後に念願叶って手に入れたのがオーナーのyanagiさんである。

『ヨタハチ』の愛称で親しまれているトヨタ・スポーツ800は、1965年に発売開始したライトウエイトスポーツ。国民車として大ヒットしたパブリカからコンポーネンツを流用し、軽量かつ空気抵抗の少ない空力ボディを組み合わせることで走行性能を高めたエポックメイキングなクルマだ。

航空機の空力理論を応用したパブリカとは似つかないデザイン。もちろん専用のモノコック構造を採用。その独特なパッケージングは1962年の全日本自動車ショーに出展されると大反響を呼び、市販化されたという経緯がある。そう考えるとクルマに対する世の中の意識が、実用性から趣味性を求めはじめる転換点となった1台とも言えるだろう。

yanagiさんのヨタハチは、子供の頃に憧れた物語に登場するモデルと同様の前期型。なかでも初期モデルとなる1965年式だ。そんなヨタハチをyanagiさんが手に入れたのは1992年のこと。学校を卒業して、群馬トヨペットに入社したことがキッカケだったという。

「ヨタハチはずっと好きで探していたんですが、就職してからも社内で『ヨタハチを探している』と口にしていたんです。そしたら先輩の知人がヨタハチを2台持っていて、そのうち1台を譲ってくれると言ってくれたんです」

「子供の頃から憧れていたクルマが手に入るって考えたら興奮しちゃって、コンディションとか聞く間も無く、即決で譲ってもらっちゃいました。エンジンなどの機関系には手を入れなければならない状態でしたが、ちょっとした整備で動くようになったのはラッキーでしたね。ただボディは錆が多かったので、そこは徐々に直していこうと考えました」

「何よりも実際にヨタハチオーナーになれた事実が感動的で、ボディの錆などは気にならなかったというのが本音です。欲を言えば『よろしくメカドック』に登場していた車両と同じ赤いヨタハチが欲しかったんですが、今ではこのオールペンされた青いボディの方が自分のクルマらしいって感じていますよ」

特にyanagiさんの心を鷲掴みにしたのはそのスタイリングだ。丸っこいデザインに低いルーフ、さらにロングノーズ・ショートデッキのバランスはスポーツカーそのもの。幼少期にスーパーカーブームを経験したこともあり、このデザインバランスは理想の1台と言えるほど心に突き刺さったという。

搭載するエンジンはパブリカに搭載されていたU型をベースに、90㏄ほど排気量をアップさせツインキャブレターを装着。“スポーツ”の名に相応しく28psから45psまでパワーアップを果たしている。
馬力だけ見ると現代の軽自動車にも及ばない非力さだが、空力に優れたデザインと車重580kgという超軽量なボディによって最高時速は155km/hを達成。アンダー1.0リッターのライトウエイトスポーツとしては十分なパフォーマンスを発揮してくれる。

yanagiさんのヨタハチは、必要な整備をしっかりと行なってはいたものの、4年ほど前に異音が気になりはじめたためオーバーホールを検討し、ヨタハチつながりのネットワークで紹介されたスペシャリストに依頼することに。

そしてオーバーホールの期間は、代車ならぬ“代エンジン”を借り受けて愛車を走らせていたのだが、そのエンジンでの走りが実に気持ちが良い。あまりにも気に入ってしまったため、そのまま代エンジンを譲り受け、元のエンジンをコア返却という形で下取りしてもらったのだという。
というのも、前のエンジンは前オーナーによってカスタマイズを加えられていたため、代エンジンを借りたことではじめてノーマルの走りを体感。休日にヨタハチの雰囲気を味わうドライブを楽しみたいyanagiさんにとっては、ノーマルエンジンの方がフィーリングに合致していたそうだ。

長く乗り続けていることもあって、希少なオプションパーツも取り入れているのもこのヨタハチの見どころである。エンジンルーム内にセットされた燃焼ヒーターをはじめ、冬場のオーバークールを抑えるためのグリルシャッターは、存在を知りながら20年もの間探し続け、ようやく手に入れたアイテムだ。

「ネットを見ているとヨタハチのパーツがたまに出てくるんですよ。しかしその中から予算の都合がつきそうなものを狙って購入しているので、思うようなパーツを揃えるのはなかなか難しいですね。このグリルシャッターは何度も競り負けていましたが、ようやく手に入れることができたくらいですから、パーツ集めも根気が勝負って感じですね」

足元に組み合わせるのは往年の名品と呼ばれる『ハヤシストリート』。ヨタハチにはこのホイールしかないと昔から考えていたということで、ヨタハチサイズをこまめに探してレストアしながら4本揃えて装着しているのだ。ちなみにヨタハチのPCDは110というレアなサイズ。そのためヨタハチに適応するハヤシストリートを見つける作業にも長い年月がかかっていることは言うまでもない。

タイヤに関しては純正サイズとなる155/80R12の選択肢がダンロップとヨコハマにしか存在しないため、この2社だけでも末長く残してもらいたいと願っているのだとか。

「今は主に休日のドライブで走らせるのが楽しみですね。仕事で溜まったストレスの発散にもなりますし、何よりも趣味のダム巡りや道の駅巡りなんかもヨタハチで行くと気分も盛り上がります。他にも静岡県の裾野で行なわれるヨタハチのミーティングに参加しています」

「自宅から大体200kmくらいのドライブになるのですが、そこまでのドライブも楽しみのひとつですね。30年以上乗り続けているのに、飽きることなく未だに乗るのが楽しいなんて、やっぱりヨタハチは最高のクルマです」

インテリアに関しても基本的にはヨタハチの純正状態を維持しているが、ステアリングを後期用に変更している。また、ダッシュボード上の灰皿は本来蓋がないタイプなのだが、他車種からの流用によって蓋つきに変更されている。

ミーティングの参加などでロングドライブを楽しむこともあるため、ラジオなどの音響設備も装備した。このラジオはハイエースに装着されていたモノラルラジオなのだが、チューナーとスピーカーが一体型となっているので、これ1台ですべてを賄うことが可能。ごちゃごちゃと後付けするのではなく“必要最小限”を見定めながらベストなアイテムを装着しているという。

タルガトップを固定するキャッチ部分は、経年によってボロボロになってしまうのがヨタハチ定番のウィークポイント。社外品でアルミ製なども用意されているが、yanagiさんは純正品を型取りしてレジンで自作している。

本来なら黒いパーツではあるものの、自作したことを主張するため敢えて塗装していないのだとか。また、ルーフライニングも自分で張り替えを行ないリフレッシュ。ディーラーマンとしての経験値はもちろん、ヨタハチに対する深い愛情から様々な補修テクニックを習得しているのである。

DIYでリペアや整備を行なう手先の器用さによって、愛車と同じスタイリングでラジコンまで製作している。ボディカラーはもちろん、ホイールもハヤシストリートをチョイスしつつ、極めつけにナンバーも合わせて作り込んでいるほど。またグリルなどの細かい部分も愛車をじっくりと観察しながら再現したというだけに、その仕上がりにも大満足の様子だ。

「ラジコンは専門誌で行なわれたコンテストで、このボディを製造しているメーカーさんの社長賞をいただきました。なんだか自分のヨタハチが評価されているみたいですごく嬉しかったですね。ラジコンの写真に本物のヨタハチを写り込ませているのも評価ポイントになっていたんじゃないですかね」

休日のドライブからダム、道の駅巡りに加え、10数年前からハマっているのが写真。もちろん様々なロケーションで愛車を撮影し、フォトフレームに入れて飾るまでが楽しみなのだそうだ。

「はじまりは友人が一眼レフを持っていたのを見て、楽しそうだなって思ったのがキッカケです。自分も一眼レフを手に入れて、イベントでヨタハチを撮影してみたんですが、思い通りに撮れたりすると楽しいんですよね」

「それから徐々にハマっていったのですが、最近は清水の舞台から飛び降りる気持ちで“ミラーレス一眼”に買い換えちゃいました。このカメラで撮るヨタハチは、自画自賛ではないですけどかっこよくて、特にこのボディカラーに映り込んだ紅葉写真などは自分の中では最高傑作ですね。ヨタハチが写真映えするクルマだからこそ写真にも興味が湧いただけに、このクルマに乗ってなかったら人生の楽しみは今ほど広がっていなかったんじゃないかな」

休日のドライブや写真撮影に加え、各地で行なわれるイベントへの参加もyanagiさんにとってはかけがえのない時間。ヨタハチを通じて出会った仲間との交流は、普段の生活とは違った新たな視野を広げてくれるのだ。また、定期的に行なわれるミーティングだけでなく、お台場にあったメガウェブで催された『トヨタスポーツ800生誕50周年を祝う会』など、オーナーだからこそ参加できた記念すべき瞬間にも立ち会えたという。

「よろしくメカドックがヨタハチとの出会いなのですが、あの時セリカXXやフェアレディZではなく、ヨタハチに心惹かれたのは正しい選択だったのだと思います。ここまで乗り続けていても楽しさを失わず、さらに趣味の幅を広げてくれるクルマだなんて、最初は思ってもいませんでした。自分にとってヨタハチは、人生を彩ってくれる運命の1台なんだなって思っちゃいますね」

マンガの世界観から興味を持ったというヨタハチ。しかしその世界観を安易になぞるのではなく、自身の価値観によって30数年という長い年月を過ごしてきた。そう回想すると、これまで続いたヨタハチとの物語の主役は、作中の“小野麗子”ではなく、間違いなくyanagiさん自身であったということ。

ヨタハチをきかっけに広がった趣味の世界や、これから広がっていくであろう新たな世界。yanagiさんとヨタハチが紡ぐ物語の続きは、より華やかなものになっていくことだろう。

(文: 渡辺大輔 / 撮影: 中村レオ)

許可を得て取材を行っています
取材場所: 群馬大学 桐生キャンパス(群馬県桐生市天神町1-5-1)

[GAZOO編集部]

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