どこから見ても可愛くてしょうがない! 「いすゞ・117クーペは私の元気の源」
1970年代から1980年代に国内を席巻したスーパーカーブームを小学生の頃に体験して以来、クルマ好きになったという『あんこ』さん。ブームが過ぎ去った後もその熱は冷めることなく、街で見かけたセリカLB(リフトバック)やフェアレディZを追いかけまわすような、そんなチョッピリ変わった女のコだったという。
「親や兄弟はクルマには特に興味ないし、人形のオモチャとか普通の女のコらしい物も持っていたけど、男のコに混じってクルマの話ばかりしていましたね。117クーペが好きになったのは大学生の頃。そのキレイなカタチに魅了されて、いつか自分も乗りたいなと思っていました」
周囲の空気も和ませてくれるような明るさと、素敵な笑顔でクルマ愛を語るあんこさんだが、数年前には人生の低迷期を経験。2度の交通事故による後遺症、シングルマザーとしての不安など、心労が続く日々を過ごしていたという。そんな辛い時期を支えてくれたのが、旧車イベントで知り合った仲間達であった。
「当時、広島県三原市の駅前広場で旧車のイベントが行われていました。私は旧車を持っていなかったけどクルマが大好きだったので、雑用スタッフの一員として参加していたんです。」
「その仲間から、私が事故の後遺症で苦しんでいた時に『近くのお店に117クーペの販売物件があるよ』という話が入ってきました。その頃は、このままでいたら117に乗れずに人生が終わっちゃうかも、というくらい落ち込んでいたんです。けれど、実車を見れば少しは元気が出るかもと思って、すぐにお店に行ってみたんです」
店頭に置かれていたアイボリーホワイトの車体は正直、キレイとは言い難い状態だったが、このタイミングで出会えたことに不思議な縁を感じたあんこさんは購入を決断。そして、長年憧れ続けていたクルマだけに、せっかく乗れるならば少しでもキレイな姿でと、納車となったその足で知り合いの鈑金工場にレストアの依頼に向かったという。
ちなみに、このクルマと対面した時に彼女が感じた“縁”はただの気のせいでは無かった。グローブボックス内に、車両の取り扱い説明書と共に残されていた整備手帳を見ると、新車登録時の所有者の欄に心当たりのある苗字が。
「私の同級生の親御さんでした。本人に連絡したら『昔、お母さんが乗っていたクルマに間違いない!』と、驚いていました。金銭的に余裕があった訳でもないけど、あの時、購入を決めて良かったと思いましたね。実は私の前のオーナーさんにもお会いしているんですよ。」
「今は個人情報とかプライバシーに厳しい世の中なので、なぜそんなことを? と思われるかも知れませんが、117を買ったお店の方から、前のオーナーさんがクルマを置いて行く時、別れを惜しむように何度も何度も振り返りながら帰られたという話を聞いていたので。」
「これからレストアして私が大事に乗り続けますよ、地元だからきっとまたどこかで会えますよ、という事をどうしても伝えたかったんです」
ここから2年間のレストア作業に。手元にクルマは無いものの、これで晴れて旧車オーナーの1人としてイベントの手伝いができると思った矢先、会場として使用していた場所が図書館建設のため封鎖されることに…。
突然の中止となった悲しさを紛らわせるべく、他の地域での旧車イベントの手伝いに出向いたあんこさんだったが、そこで出会ったのは長年、三原のイベントに参加してくれていた面々だった。
「みなさんから『もう三原ではやらないの?』とか『もし復活したら絶対に行くよ!』と、あちこちから声をかけられました。最初は戸惑いましたが、それほどまでに楽しみにしてくれていたのであれば、今度はお手伝いではなく、私が主催の立場としてイベントをやってみようと思い立ったんです」
元々の芯の強さに加え、これまで自身に起きた様々な困難を乗り越えていくうちに“諦めない気持ち”と“前向きな行動力”という大きな武器を身につけていたあんこさん。まずは、その会場となる場所探しに奔走した。世羅郡のとある山間に位置する農園の駐車場を見つけ、管理者と交渉の末、許可を得ることに成功。
チラシ制作だけでなく、誘導用メガホンなどの小道具も自前で準備を整えて、3人のメンバーで『旧車・愛車交流会』というイベントを立ち上げ、現在まで4回に渡ってイベントを開催している。
「三原からは少し距離があるけど、なんとか復活させることができて、たくさんの方が喜んで下さいました。イベントのタイトルにもありますが、このイベントはクルマの展示だけでなく、オーナーさん同士の交流の場を目的としています。」
「年齢的な理由やいろんな事情で愛車を手放さなければならない方が、その気持ちを引き継いでくれる乗り手を探したり、新しいオーナーさんのもとで可愛がられている愛車の様子を元のオーナーさんが見に来たりと、人とクルマの同窓会みたいな盛り上がりを見せているんですヨ」
溢れんばかりの旧車愛からイベントの話が先行してしまったが、ここで改めて話題をあんこさんの愛車に戻そう。
2年がかりのレストア後、現在まで5年が経過した1979年式117クーペXE“スターシリーズ”(PA96)。アイボリー系のホワイトだったボディカラーは、純正のカラーコードに準じて混じり気の無いホワイトへと全塗装。劣化が進んでいたウエザーストリップやクロームパーツ類はいすゞディーラーから入手した部品リストを頼りに、各方面から苦労してかき集めた新品部品に交換。
『フードレスト』というボンネットを受け止めるゴムブッシュがメーカーで廃盤となっているのが悩みのタネだが、スターシリーズの象徴であるG200型ツインカムエンジンは、福山市でスカイラインGT-R用S20ユニットのオーバーホールやファインチューンを得意とするメカニックの匠によって調整が行なわれるなど、良好なコンディションが保たれている。
「最近は仕事が忙しくてゆっくり乗る暇が無いけど、そんな時でも117クーペの写真やカタログを眺めているだけでも幸せな気持ちになれます。実は、息子にはこのクルマのことはずっと黙っていたんですが、昨年息子が無事に社会人になったのを機にカミングアウトしたんです。
今まで息子からは『そんなに117が好きなら、買っちゃえば?』と言われ続けていたので、シレっと持っていたことが分かったら怒られるかな? と思ったけど、とても喜んでくれたので嬉しかったですね。朝から晩まで働き詰めだったので、何か息抜きになるものがあればいいのにと、彼なりに気にかけてくれていたようです。本当に息子には感謝ですね」
スーパーカーブームをきっかけにクルマ好きとなった後、憧れ続けた117クーペのオーナーになるという夢を叶え、地元の旧車ファンたちが心待ちにするイベントを自ら手がけるなど、文字通りクルマに囲まれた日々を謳歌しているあんこさん。ちなみに、将来の愛車候補として海外のスーパーカーに興味を持ったことは無いのだろうか?
「私はよくクルマに話かけるんです。コンビニに寄った時には『ちょっと待っててね』とか、エンジンが掛からない時には『あ〜、ほったらかしにしてからスネてるな!』という調子で。これが輸入車だとお互い、言葉が通じ合えないような気がして(笑)。だからこれからも117を大切に乗り続けます。今日も出発前に『今から撮影だね、カッコ良く撮ってもらおうネ』って声をかけて来たんですヨ」
何事にも『縁』を重んじるあんこさん。心身ともに辛かった時期に御縁があって現れた117クーペは、今や単なるクルマという存在を超越した、かけがえのない元気の源となっている。
(文: 高橋陽介 / 撮影: 西野キヨシ)
許可を得て取材を行っています
取材場所:呉ポートピアパーク(広島県呉市天応大浜3丁目2-3)
[GAZOO編集部]
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