高校の時から憧れていた限定車のクラウンと走り続ける
「いつかはクラウン」。たぶん日本で最も有名なキャッチコピーを冠した7代目クラウンは、名実ともに当時のフラッグシップセダンとして多くの人が憧れる存在であった。というのも、当時クラウンの販売網は富裕層や法人の多くを顧客としていたトヨタ店(一部の地域では他チャネルでも販売)に限られていたため、「社長のクルマ」として捉える人が多かったというのも理由のひとつだろう。
また、バブル景気前夜の盛り上がりで、さらなる豊かな暮らしを求めた日本人にとって、クラウンを所有することは成功の証とまで言われていたのだ。そんな憧れのクラウンを愛し続け、なかでもレア中のレアと呼ばれる、1986年式トヨタ・クラウンロイヤルサルーン トヨタ店全国設立40周年記念車(GS121)にこだわって乗り続けているのが田下さんだ。
1983年に登場した120系クラウンは、前述の通り景気安定期からバブル期に向かう真っ只中に誕生したモデル。当時はまだ、レクサスやクラウンマジェスタといった上位モデルが登場する前で、クラウンよりもハイグレードなモデルはセンチュリーのみしか展開されていなかった。そのためクラウンには最先端のデザインと装備が与えられ、フラッグシップとしての存在感を高めていた。
特にこの『ロイヤルサルーン トヨタ店全国設立40周年記念車』は、専用のボディカラーや専用シートを組み合わせ、エンジンは前年に変更となったスーパーチャージャー仕様となる1G-GZEUを搭載。全国で1500台限定の特別仕様車として、1986年の8月から10月までの僅か3ヶ月間のみ販売されていたという希少モデルなのだ。
そんな希少車を高校生の頃に目にして、以来38年間GS121クラウンを愛し続けている田下さん。もちろんGS121の中でも、トヨタ店全国設立40周年記念車への想いは強く、もはや“偏愛”と表現するに相応しいほどの熱狂ぶりなのである。
「40周年記念車は自分が高校1年生の時にデビューたんですが、当時父は標準車のパールツートンを購入していたんです。しかし近所の友人宅がこの限定車を購入して、見るとツートンの色味が違うことに気づいて。調べてみたら標準車は042というカラーコードのホワイトパールマイカなんですが、限定車はちょっと黄色が強い044というクリスタルパールマイカで、まったく違った色だったんです。このカラーに惚れちゃって、高校を卒業したら絶対この限定車に乗るって心に誓ったんですよ」
とは言っても、全国のディーラーで僅か1500台しか販売されなかったモデルだったので、易々と見つけられるわけではない。そのため卒業と同時に購入した白のGS121から、現在まで長く続く田下さんのクラウンライフがスタートすることとなった。
田下さんが語るGS121クラウンの魅力は、何と言っても直線基調のデザインを強調するシャープなプレスライン。高級車としての品位を高めつつ、さらにフロントグリルも今のクルマにはない主張が見られるところも、80年代のハイソカーならではの特徴だと言う。ちなみに、1985年のマイナーチェンジではフォグランプがフロントグリル内に埋め込まれる意匠変更が行なわれている。このフォグランプの配置もまた、クラウンらしい顔つきを作り上げるワンポイントと言えるだろう。
さらにGS121クラウンではクリスタルピラーと呼ばれるCピラーのデザインも特徴。外板パネルに樹脂カバーを採用したこのデザインは、通常の塗装パネルよりも深みのある独特の発色によってスタイリングのアクセントとして効果的に役立っている。もちろん何より、田下さんが魅力を感じている044クリスタルパールマイカとの相性もよく「当時のデザイナー氏に敬意を払いたいほどのデザイン性だ」と語る。
40周年記念車の専用装備はボディカラーだけでなく、アルミホイールにゴールドの差し色を加えているのも特徴。オリジナルの状態を保持する田下さんのクラウンは、ホイールもしっかりとノーマルで維持されている。また、タイヤも純正サイズに従った195/70R14のみを使い続けることで、乗り心地も当時の雰囲気を損なわない。これらもクラウン愛の現れと言えるだろう。
「はじめに購入した白のGS121から、一旦130クラウンに乗り換えたんですが、その後に40周年記念車が見つかって、ようやく憧れのクラウンに手が届いた時は感激しましたね。最初の40周年記念車では、7年間で25万キロほど走行して色々なところに行きました。さすがに各部にガタが出てきてしまったことで乗り換えを余儀なくされたのですが、その後にメルセデスベンツ等も経験しましたが、やっぱりGS121の良さを思い出しちゃって。そうこうしているうちに2台目の40周年記念車に出会ったんです。しかし2台目は貰い事故の修理があまり上手くなく、塗装面もすぐにボコボコになっちゃって…。この時から塗装に対しても厳しく見るようになりました。結局は走行距離13万キロほどでしたが手放してしまい、標準車の白いGS121を購入し直しました。ちなみにこの白いGS121は限定車のツートンカラーに塗り替えて、雰囲気だけでも40周年記念車に近づけようとしていました。現在所有している40周年記念車は10年前にネットで見つけ、即購入した3台目です。考えてみると、これまでGS121は6台、その中で40周年記念車は3台も乗り継げているのは奇跡かもしれませんね」
手に入れた段階では8万6000kmだったという走行距離は、現在17万6000kmまで伸びている。この10年間の所有で、インベントなどで各地を巡り、全国の120系クラウンオーナーとのコミュニケーションも取っていた。もちろんそこで培ったネットワークは、パーツの融通や情報共有など、ノーマルでコンディションを維持するためにも大いに役立っているという。
フロアマットは、クラウン仲間から譲ってもらったという東京トヨペットのディーラーオプションを装着する。ちなみに当時のクラウンはトヨタ店のみで展開されていたが、一部都道府県ではトヨペット店でも販売されていたという。その例外のひとつでもある『東京トヨペット』のフロアマットは、マニア視点ではかなりのレアものというわけだ。
限定車にオプションとして用意されていたエレクトロニック・ディスプレイ・メーターが装備されているのも、田下さんの40周年記念車の特徴。80年代から90年代にかけてブームとなったデジタルメーターは、その後形を変えて液晶メーターとして現在も普及している。そんな未来をイメージさせる先進機能を取り入れた装備品も「いつかはクラウン」という憧れを抱かせてくれた要素のひとつだろう。
また、1980年代のハイソカーには欠かせない装備品がレースのシートカバーだ。当然クラウンの純正品を装着しつつ、その下には40周年記念車専用装備のモケットシートが美しい状態で残されている。ちなみにバックレストに刺繍される『Royal Saloon』の文字は、40周年記念車だけに与えられた専用装備の証。標準車では同様のモケット表皮を使用していても、この刺繍は施されていないのだ。
GS120系クラウンマニアと呼んでも過言ではない田下さんだけに、もちろん40周年記念車のカタログも保存している。田下さんのクラウンはフルノーマルをキープしているので、このカタログと寸分の違いもないところも自慢できる部分だ。しかも、各部のコンディションも37年が経過しているようには思えないほど。やはり塗装に惚れた大切な愛車だからこそ、屋根の下で保管して、風雨や紫外線対策まで万全に行なっていることが功を奏している。
お気に入りという斜め後ろからのスタイリングは、ボディのラインとカラーが映えるポイント。特に時代考証を合わせたガラスティントは、当時風のブラウンフィルムで仕上げている。このフィルムは現在取り扱っているところが少なく、探しに探してようやく見つけたという。今どきの濃いスモークフィルムでは雰囲気を壊してしまうと考え、意識的にトータルバランスを優先しているとのことだ。
「1台目の40周年記念車は25万キロで手放してしまいましたが、この40周年記念車は生涯乗り続けるつもりです。そんな思いでキッチリとメンテナンスも行なっていますし、補修パーツもネットワークを駆使して集めています。何よりも搭載されている1Gエンジンの耐久性は信頼できますから、以前の25万キロは余裕で超えて走ってくれるはずです。もし自分が乗れなくなったとしても、120クラウン仲間に受け継いでもらうことは話していますので、このクラウンはいつまでも走り続けてくれると思いますよ」
GS121クラウンを愛し、中でも40周年記念車を愛しすぎてしまった田下さん。もはや120系に関しては、ひと目でグレードなども判別できるクラウン博士と呼べる知識量。これも38年も続く好きが嵩じた結果だろう。そんなGS121クラウンマニアだからこそ、このスペシャルな40周年記念車を後世に残したいと考えるのは必然なのかもしれない。
取材協力:石川県政記念 しいのき迎賓館(石川県金沢市広坂2丁目1-1)
(⽂: 渡辺大輔 撮影: 土屋勇人)
[GAZOO編集部]
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