「セラ以外のクルマはもう目に入らない」目に入れても痛くないほど心酔するセラとの25年
25年間トヨタ・セラ(EXY10)に乗っているという『Mansyo』さんは、このクルマに乗ることは“服を着る感覚”に近いという。運転席に座ると優しく包み込んでくれるかのような感覚はとても心地よく、もう他のクルマを愛車にすることは考えられないのだそうだ。
見た目が気に入って購入した1台目(写真左)。サーキット走行に明け暮れた2台目(写真右)。そして現在乗っている3台目のセラはまもなく走行距離31万Kmを迎え『もう手放せなくなっている』と言うほど、セラを溺愛している。
オーナー曰く「セラというクルマが、これほどまでに自分の人生に影響を与えてくれるとは思ってもみなかった」と話してくれた。
「セラを通じて心を許せる仲間と出会い、こうして今も繋がっている。だから、私はこのクルマに乗っていて本当に良かったと思います」
そう語るオーナーとセラの出会いは大学時代。先輩が乗っていたセラを見て、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー】に出てくる自動車型のタイムマシンみたいだと、一目惚れしたのがすべての始まりだ。自分も乗ってみたいと中古車雑誌を見てみると、あまり人気が無かった車種のせいか、後期型でハイマウントストップランプなどの装備が充実していた仕様がお手頃価格で見つかって購入したのだという。
そうして初めての愛車を手に入れると居ても立っても居られず、クルマ好きが集まると有名だった『大黒パーキング』へとドライブに行った時の感動が、25年間もセラに乗り続けるキッカケとなった。
「私が中高生の頃はF1ブームの真っ只中だったんですけど、クルマにはそれほど興味がなかったんです。しかしマイカーを手に入れて大黒パーキングに行ってみると、カスタムを楽しんでいる人、そして“頭文字D”が大流行していたこともあってか走りにこだわる人など、色々なクルマの楽しみ方があることに驚きました。そして、それがすごく魅力的に感じたんです」
ちょうどその当時、まわりのセラオーナー仲間たちのあいだでは雑誌“ホリデーオート”主催の初心者向け走行会が流行りはじめたのだという。
Mansyoさんもその走行会に頻繁に参加するようになり、経費削減のために週末は誰かしらの家に集まってクルマいじりに精を出すようになっていったのだとか。
それまでは『タイヤ交換はカー用品店かディーラー』が常識だったオーナーにとって、これはかなり刺激的な週末の過ごし方だったと笑っていた。最初、仲間にショックアブソーバーを替えてもらった時は『自分には到底無理だ…』と感じていたのに、1年もするとエンジンオイルは当然、カーナビの取り付けやタイヤ交換もえきるようになったと、少々自慢気に教えてくれた。
そうして時は過ぎ、良い音を奏でるマフラーを装着し、サーキット走行にもある程度慣れてきたと同時にオートマチック車のコーナーの立ち上がりの遅さにストレスを感じていた頃。エンジンの具合が悪くなったのを機に、2台目のセラへと乗り換えることとなる。
オーナーズクラブ仲間に譲ってもらった2台目セラは、サーキット仕様のマニュアル車で、ボディカラーは紫ラメ、内装色は黄色というド派手な見た目であった。
サーキットへは毎月のように足繁く通っていたが、不幸ながら貰い事故によって僅か1年半で廃車となってしまう。
「そんな時、同じオーナーズクラブの方がセラを降りることになって、声をかけて頂きました。今日取材に乗ってきたのが、3代目となったこのセラです。この時くらいから“俺はジムよりもガンダムに乗りたい”と思うようになっていたんです」
ガンダム好きの筆者だからギリギリ分かったが、この意味が通じるのは恐らくほんの一部の人に過ぎないだろう。ざっくり訳すと『マシンというものは不特定多数向けよりも、自分に合わせたオーダーメイドの方が良い』ということだ。
「オートマチック車、マニュアル車、街乗り、サーキット走行、同一車で沖縄を除く46都道府県の来訪を達成してみて、どういうセラが自分に合っているのかが、ようやく分かった気がしましてね。結果的には、遅すぎず速すぎず、適度な範囲内で気持ちよく回ってくれるエンジンが良い。ジョギング感覚で走れるノーマルに近い乗り味が1番私好みだったというわけです。ということで、まずはエンジンのオーバーホールから着手しました」
初年度登録1990年 4月15日。譲り受けた時の総走行距離23万4011kmのエンジンだったが、遠出だと燃費もエコカーに匹敵するほど。しかし、純正部品が入手しにくくなってきたということと、20年先までのカーライフを見据えてオーバーホールを決意したと目をキラリとさせた。
ちなみに、せっかくの記念だからとオーバーホール前にエンジンの状態を測定すると『最高馬力110ps、最大トルク13.5kgm』というカタログ値に対し、『112.6ps、14.4kgm』という立派な成績! この結果に大満足したそうで、大きく手は入れないことを決めたという。
エンジンのオーバーホールは、基本作業以外にもシリンダーヘッドのポート段付き修正、クランクシャフトとコンロッドのメタル合わせ、クランクシャフトにWPC+DLC加工、そしてこれら回転系の重量合わせとバランス取りを行なった。さらに、バルブリフターは初代ヴィッツ用の軽量タイプを流用するなどの工夫も盛り込んだのだという。ちなみに、クランクシャフトに施工した表面処理や軽量リフターの導入は、パワーを上げるためではなく、あくまでもレスポンス重視でいきたいというこだわりの現れだ。
チューニングポイントとしては、ブレーキパッドをIDI製のD500 Standardに、マフラーはフジツボのワンオフ品、足まわりはブリッツ製のZZ-Rをベースに自分好みにセッティングしているそうだ。
そして、何よりも気に入っているのは、友人のセラから移植したAE111後期用の6速ミッションを流用していることだという。純正だと5速ミッションとなるが、自分のセラは6速もあると思うと少しだけ優越感に浸れるのだとか。ファイナルのギヤ比がセラよりも低いため、高回転域が多用されることになるが、4A-Gの高回転を活かすギヤ比は5Eとのマッチングも良く、交差点を3速でスルッと曲がれるようになったのはオーナーにとって大きな変化だったという。
「なにより、大切な友人の形見分けをしてもらった箇所ですから。友人の分まで走らなくちゃ」
オーナーが言う“形見分け”というのは、セラを降りてしまった友人から思い入れのあるパーツを自分のセラに移植することである。この他にも、手作りのフロントウィンカーやリヤウイング、エンジンのヘッドカバー、内装の赤く塗ってある部分は全て元セラオーナーから譲り受けた物だという。何故そういったパーツを装着しているのかを問うと『セラを降りる人は、何かしらの事情があり手放す人がほとんどだから』だという。
「クルマの縁が切れたからといって、人との縁は切れないんですよ。私もそうですが、きっとセラを選ぶ人というのは、マイノリティな人が多いのではないかと思います。だからこそ人とは違うものを選ぶけど、同じ価値観の人間同士の繋がりは強いんでしょうね」
降りる人の気持ちが分かるこそ、まだ乗りたかったであろう人の分まで自分が走ると決めたのだ。大学生の頃に加入したセラオーナーズクラブは、時と共に同士がセラから卒業していったそうだが、自分が“意地でも卒業しない”という理由はそこにもあると笑っていた。
「このボディのカラーリングは、25年前にオーナーズクラブで知り合った方が書いたイラストを見て、これだ! と思い、全塗装とカッティングシートで仕上げました。そして記念にと、セラのミニカーを同じようにペイントしてくれたのが、今日取材会場についてきてくれたこの方です」
自己紹介され、ニコッと頭を下げてくれたご友人のあだ名は“第二夫人”だ。なんでも、オフ会などで全国をセラで一緒に周っているため、奥様よりも一緒にいる時間が長いからだそうだ。奥様公認とのことで、オーナーのセラライフを応援してくれる心強い味方のうちの1人だそうだ。
色々な人の影響を受けて、この最終形態に辿り着いて10年。今後は、いつの日か訪れてしまうセラを降りるその時までは、基本的に今の状態を維持していきたいと思っているそうだ。
「完璧にメンテナンスしていたつもりだったんですけど、左側の窓ガラスが出先で動かなくなってしまったことがありましてね。結果的に修理は可能だったんですけど、このような事がないようにメンテナンスをしてきたつもりだったので、結構ショックを受けまして…」
「この故障の一件で、ついにロスタイムに入ってしまったのか、と覚悟を決めました。あれから9年。地球から月までの距離38万kmを走るために、今を楽しむことにしたんです。きっと大丈夫。私には心強い仲間がいますから」
第二夫人が後ろでニッコリ微笑んでいる。筆者もつられて微笑み、オーナーもつられて微笑む。夏の陽射しがセラをガンガンと照りつけ、ボディから蜃気楼のように熱が蒸発している。その姿をみていると、セラがまだまだいけるぞ! と言っているように思えた。
(文:矢田部明子 / 撮影: 中村レオ)
許可を得て取材を行っています
取材場所:未来学舎 KIBOTCHA(宮城県東松島市野蒜字亀岡80番)
[GAZOO編集部]
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