世界一コンパクトなスーパーカー AZ-1をこよなく愛し、走り続けた30有余年
日本独自の規格として『ガラパゴス』とも揶揄されることが多い軽自動車。もっとも、手頃な価格にも関わらず十分な動力能力を発揮する労働力として高度成長期の日本経済を支え、のちの日本を自動車大国として成長させる一端を担っていた。
と言うのも、軽自動車だからこそ、限られた車枠や排気量の中で走行性能や快適性を担保し、さらにコストも節減。これら多方面にわたる制限をクリアするために、多くの技術者が試行錯誤を繰り返していたはずである。そして、それらの経験値がその後の自動車開発力を高めていくことに繋がってきたというわけだ。
そんな軽自動車も時代とともに発展し、実用車としてだけでなくスポーツカーやスペシャリティカーという、従来では想定していなかったパッケージも誕生している。その例に挙げられるのが『平成ABCトリオ』と呼ばれたオートザム・AZ-1、ホンダ・ビート、スズキ・カプチーノ。中でも軽自動車としては世界初となるガルウイングドアを採用するAZ-1は、それまでの軽自動車とは違った価値観を生み出すエポックメイキングなのである。
そんな1993年式オートザム・AZ-1(PG6SA)を、30年に渡って乗り続けているのがオーナーのクロニャンコさん。幼少の頃から兄の影響を受け、スーパーカーブームに浸っていたこともあり、AZ-1のスタイルを見た時には衝撃を覚えたという。
「免許を取ってすぐの頃は初代のスズキ・アルト(SS40V)に乗っていました。比較的、軽自動車とか小さいクルマが好みだったので、AZ-1が発表された時は、軽自動車枠でこんなクルマがデビューするのか! って驚きと興奮を覚えましたね。ただ、当時の軽自動車としてはかなりの高級車だったので、新車での購入は諦めていたんですよ。だから手が届くようになるのを待って、発売開始から2年くらい過ぎた95年に、2年落ちの中古としてこのAZ-1を購入しました」
ちなみに、1990年代前半あたりでは軽自動車の新車価格は100万円前後。さらに車格が上がりボーイズレーサーの雄として知られるスターレットGTでも130万円だったことから、150万円のプライスが掲げられていたAZ-1は、軽自動車の常識を超えた高級車と言える存在だった。
搭載されるエンジンは、スズキから供給を受けたF6A。アルトワークスにも搭載されるDOHC 3気筒ターボエンジンは、自主規制ギリギリとなる最高出力64psに設定されている。
低く構えたフロントフードのデザインに対し、エンジン搭載位置はリヤミッドシップ。バブル期に再び人気を集めたイタリアンスーパースポーツのムードを、そのままスケールダウンしたようなパッケージングは、日本独自の軽自動車枠に収まるスーパースポーツを再現しているというわけだ。
「エンジン本体はノーマルなのですが、タービンはスズキスポーツ製のF90キットを装着して90psまでパワーをアップしています。この辺りは2000年くらいにオーバーホールしながらステップアップしましたので、現在もトラブルなく楽しめていますよ。新車から2年の中古車だったんですが、当時、AZ-1の多くは程度が悪いモノが多かったですね。その中でも程度が良かった車体を選びました」
ミッドシップレイアウトだけでなく、2シーターのクーペフォルムなど、それまでの軽自動車では考えられないスポーツカーとして“割り切った設計”は大きな見どころ。
その極みとも言える『ガルウイングドア』の類は、日本の市販車ではトヨタ・セラ(バタフライウイングドア)と、このAZ-1の2車種しか存在しないだけに、いかに奇抜な装備であったかを示している。
低いアイポイントに加えて独特な窓形状のため、純正ミラーはお世辞にも見やすいとは言えないのだとか。そのためミラーはブラケット部分を加工しながら、ビタローニ製のベビーターボを組み合わせる。ベビーターボはフェラーリなどにも採用されていた製品のため、極小のスーパースポーツを標榜するAZ-1と合わせても違和感はなし。実際に純正ミラーよりも見やすくなったというのはクロニャンコさんの感想だ。
一般的に赤のボディカラーは紫外線の影響で焼けてしまい、経年劣化でカスカスの肌と、赤の深みを失った朱色になってしまうことが多い。クロニャンコさんのAZ-1も例に漏れず、気づいたら艶がひけてしまい残念な状態に陥ってしまった。
「さすがに経年でボディがボロボロになってきてしまったので、2013年に一念発起で補修ペイントをお願いしました。ボディカラーは純正色と同じ赤×ガンメタのツートンですが、ミラーマウントを作り替えてもらうと同時に、カタログと同じツヤのあるブラックに塗ってもらいました。というのも、カタログではツヤがあるのですが、実車はツヤ消しの黒で、この部分がずっと気になっていたんです。ボディを塗り直すなら、ここもカタログと同じように仕上げてもらうのは、兼ねてからの希望でもありましたね」
ボディをリフレッシュしてすでに10年以上が経過しているが、現在もボディカバーをかけて保管。時間の経過を感じさせないツヤ感をキープしている。その秘訣を伺ってみたところ、その答えは意外なものであった。
「普段はできるだけ洗わないようにしています。というのも、洗ったり磨いたりすることで、塗装の被膜が痩せてしまうのではないかと思いまして。もちろん、普段はボディカバーをかけているので紫外線に当たる時間も可能な限り減らしています。それ以外は特別なことは行なっていないので、この考え方もある意味正解なんじゃないですかね」
ボディのリフレッシュ時にもうひとつこだわったのが、ボディパネルのチリを完璧に合わせてもらうこと。外装を簡単に取り外すことができるスケルトンモノコック構造を採用するAZ-1は、使用による歪みはもちろんボディパネルの取り付け方によってもパネル同士の隙間が生まれてしまう。この隙間をしっかりと合わせることで、シャキッとしたフォルムに仕上がる。そのため塗装はもちろんパネルの取り付けに至るまで、新車時と同様のクオリティを目指したリペアが行なわれているのだ。
そもそも、AZ-1のスタイリングに惚れ込んだのが購入するきっかけだったため、社外品のエアロパーツなどは一切使用しないのはこだわり。とは言っても、ホイールやマフラーといった機能に関するパーツは交換し、より自分好みのクルマへと仕上げている。特にマフラーは子供の頃に憧れたスーパーカーをイメージし、大洋モータースというメーカーにオーダー。出口の長さや角度を細かく設定することで、理想のスタイリングへとアップデートされているのだ。
「購入して1年間は、毎日のように使い倒していましたね。でも、やっぱりラゲッジスペースがない2シーターは、日常で使用していると辛い部分もありました。そこで翌年には普段使い用として、新たにクルマを追加してしまいました…。そのおかげで、AZ-1の劣化スピードを遅らせることができたのですが、やはり2台持ちともなると支出が大きくなって、週6で働くようになっちゃいましたね。それでもAZ-1を所有している充実感が勝っていたので、仕事漬けの毎日でも楽しく過ごせていましたよ」
AZ-1の特徴はガルウイングドアと共に、ガラスルーフを採用していること。このガラスルーフのおかげで解放感は高まるのだが、夏場の炎天下では車内が蒸し暑くなってしまうのは難点。
そのためガラスルーフにはオプション設定されていたサンシェードをセット。アンテナはマツダ・デミオ純正のショートタイプを流用しているが、どうやらココから雨漏りがはじまっているのが悩みの種なのだとか。
インテリアも大きく手を加えることなく、純正のスタイルをできるだけキープしている。とはいっても、ドライビングマシンとして堪能するため、純正よりも小径かつオフセット量の違う社外ステアリングを使用することで、体型に合わせたドライビングポジションの適正化を行なっている。またスポーツカーらしい装備として、センターコンソール部分に搭載される3連メーターはお気に入り。カスタムレイアウトかと思わせながらも、これが純正装備だというから、AZ-1がスポーツカーとして設計された証拠とも言えるだろう。
ステアリング交換と共に、ドライビングポジションの適正化はシート高も調整も行なわれている。特にサイドサポートがしっかりとした純正シートは、社外のスポーツシートに交換する必要も感じなかったとか。もちろんローポジションによるレーシングカートのようなフィーリングが楽しめるようになったのも、純正シートを使い続ける理由というわけだ。
子供の頃に憧れたスーパーカーは、サイドシルが高くドアが薄く、いわゆる日本の乗用車とは全く違った特別なデザインであった。その雰囲気を投影したAZ-1は、クロニャンコさんにとって憧れを実現させてくれた理想の1台でもあるのだ。
「これまでAZ-1の他も軽自動車やコンパクトカーばかりだったので、最近は大排気量車というのにも興味を持っています。というのも、クルマとは違いバイクに関しては50ccのホンダ・スーパーカブから徐々に排気量を上げ、最終的にはスズキ・GSX-R1300隼まで乗り継いでいますので、クルマに関しても大小いろんな排気量のクルマにも乗ってみたいなと思うようになってきました。中でもシボレー・コルベットZ06(C6)は最も気になっている1台ですね。もちろんAZ-1は今後も手放すつもりはありませんけどね」
クルマに乗る楽しさはもちろん、所有する喜びや充実感までも教えてくれたAZ-1。そのため、これまで並行して所有してきたクルマは、AZ-1が基軸となっているという。実際に現在所有するのは、AZ-1に加えスズキ・ジムニー(SJ30)とスズキ・アルト(HA36V)というラインアップ。それ以前にも、ダイハツ・ミラ(L70V)にはじまり、トヨタ・スターレット(KP61)を所有してきた経歴があり、キャラクターや使い勝手こそ違えど、軽量コンパクトな車体で操作感が楽しめるシンプルな設計思想という点は共通している。
そして、そのいっぽうで、そんなカーライフから脱却し、新たに視野を広げることも考えているのだという。
その理由のひとつが『全く別のジャンルを知れば、これまでとは違った側面でAZ-1の良さを再認識できるはず』というもの。
クロニャンコさんにとって新たなジャンルの新規開拓もまた、AZ-1を楽しみ尽くすためのスパイスといったところであろう。
(文: 渡辺大輔 / 撮影: 中村レオ)
※許可を得て取材を行っています
取材場所:山梨県庁 噴水広場(山梨県甲府市丸の内1丁目6-1)
[GAZOO編集部]
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