【素敵なカーライフレシピ #9】クルマとカメラ。昭和世代の工業製品に魅了された私

まるで我が子を愛でるかのように、大事そうにカメラを抱え、被写体を見つけては一押し一押し、魂を込めるかのようにシャッターを切っていく。

フイルムを充填する必要があり、かつ撮影枚数に限りがあるのがアナログカメラです。「撮り放題」なデジタルカメラ体験を経た後にアナログカメラに戻ると、物理的な重み以上にシャッターを押すのにこうも緊張感が走るのかと驚きます。

「失敗したらデータを消せばいい」「あとで画像処理すればいい」が通用しない世界。ひと昔前までは、こちらのほうが一般的だったのが信じられません。

今回、登場いただく長谷川悦朗さんの趣味はアナログカメラです。といっても撮るだけではなく、思い入れのある世代のモデルを収集しながら、故障した箇所を修繕するまですべて自分で手掛けています。

さらに長谷川さんにとって、アナログカメラ以上に大好きなのが、愛車であるトヨタ・クレスタとともに過ごす時間です。
その名前が新車ラインナップから消えてかなりの年月が経ちました。長谷川さんの乗るGX71は昭和61年式。GTツインターボのマニュアル車。連れ添って22年になるパートナーです。

「もちろん、他にいいクルマはたくさんあることはわかっています。でもこれだけ同じ時を過ごしてくると、もはや旧友という感覚。長く乗るほどに、自分の手足のように馴染んでいるのがまさに今なんです」

新車当時、社会現象となったハイソカーブームの頃は、マークⅡ三兄弟といえばまばゆいスーパーホワイトのボディカラーが主役でした。長谷川さんのボディカラーは2トーン。でも、過ぎ去りし時は人の価値観を変えてくれるようです。

ガソリンスタンドに立ち寄ったり、パーキングエリアで休憩していると「いい色だね~」と声を掛けられることが最近とみに増えてきました。クレスタを媒介として、まったく知らない人とコミュニケーションができる不思議さを感じている毎日です。

年号が昭和から平成へと変わったあの頃。セダンでありながら高回転まで回したい、もっともっとパワーを出したいという欲望が産み落とした直6ツインターボ+マニュアルミッションというコンビネーションでした。

「パワートレーンはスポーツカーのスープラと同じです。クレスタの車重は1300kg。おかげでパワー不足を感じることはないですね」

現代車と比べての動力性能差は、旧車を乗る続けることに大きなストレスとなります。街中を軽快に駆け抜けるクレスタ。これもまた、長谷川さんが長く乗り続けられる理由のひとつです。

日常をともにしていると、購入時は約6万㎞だったオドメーターは、現在では36万㎞を超えています。地元のアクアライン開通時にはいの一番に駆けつけ、遠くは四国までグランドツーリングしたこともあります。思い出とともにマイレージを刻んできました。

このところ途絶えてしまっていますが、同じくGX71を愛する全国の仲間との集いで各地に出掛けたのは最高の思い出です。まだネットコミュニケーションがおぼつかない時代から絆を深めてきたかけがえのない仲間たちと繋がれるのも、クレスタがなければあり得なかったことです。

車両についてはもちろん無傷ではなく、相応のトラブルにも見舞われました。これまでタイミングベルトは3回、クラッチは2回、オルタネーターは2回交換しています。

でもそこは心配ご無用。実は長谷川さんは、自動車整備工場に勤務する現役メカニックです。
「クルマにかぎらず何でも、壊れたとしてもコツコツ直しながら使ってあげるのが私の性分です。これも仕事柄ですかね」

整備士というスキルがあるゆえ、トラブルを未然に防ぐ整備テクニックが身についています。
「タイミングベルトを換えるのであれば、ついでにウォーターポンプを診たり、同時にオイルポンプのガスケットやエアコンのコンプレッサーのOリングに気を配ったり。どこか悪いところが発見されるとその周辺の臓器も徹底してチェックするといったように、予防医療を徹底しています(笑)」

年式を考えるとパーツ供給に関しての心配事もあるにはあるようですが、たくさん売れたモデルだったことが功奏し中古パーツの流通量は豊富。これが延命の鍵を握っています。最低限、クルマを走らせるための機構部品については供給はあるようで、まだ安心して乗ることができます。

というわけで、純正パーツの供給状況や他車種からの流用情報がどんどん詳しくなっていった長谷川さん。仲間たちからは「部品共販に問い合わせるより長谷川さんに直接、聞いたほうが正確で頼りになる」と評判で、「長谷川ヘルプデスク」と呼ばれているとかいないとか。

家でも、職場でもない「サードプレイス」で自分を頼ってくれる人が多く存在することの使命感を噛み締めています。これも、クレスタを愛し続けた見返りに旧車の神様が与えてくれた喜びです。

「ヒーターバルブは110系のカローラと共通だったり、ラジエターは一世代後のGX81系のものが使えます。パーツの豊富な量販車と共通なのがうれしいですね」

テールランプやウェザーストリップ、ロアアーム、タイロッドなどパーツのジャンル問わず、新品が手に入るうちにできるだけ揃えたデッドストックが自宅で出番を待っています。

「ドアやトランクなどの蓋モノの外装部品はもう新品を手に入れることはできません。私も昔はボディパネルが錆びてしまうと大いに悔やんだものですが、年を経るごとに寛容になってきている自分がいます」

今では「錆は友達」と言えるほどに、受け入れることを学んだ長谷川さんです。

また最近では、長谷川さんのアナログカメラ好きが伝播していき、仲間うちで「カメラ部」的な活動も始まりました。若い子が旧車にはまり、同時にアナログカメラにもはまっていく。ふたつの趣味をたしなむ長谷川さんは、立派なインフルエンサーでもあるのです。

「これも腹をくくって、長く乗ることを決めたからでしょうか。世代を超えて人を虜にする。それがクルマの持つチカラ、カメラの持つチカラですよね。自分が実体験したことのない時代の製品に触れることで、その時代を知ることができる。旧車もカメラも、タイムマシンのような役割を果たしていると思います」

シートに座ってながめる視界。ブラスチック部品や使い込んだファブリックから漂う香り。車内に流れる時代に合わせた懐メロ。そのクルマが新車で生きていた時代に、心を瞬時に持って行ってくれるのが旧車の魅力です。

また、アナログカメラが若い人の間でプチブームになっているのは、そのメカニカルな操作感が若い世代には逆に新鮮というのも理由のひとつなのでしょう。

そんな長谷川さんが収集しているアナログカメラの年代は偶然か必然か、クレスタと同年代の個体ばかりです。

「和製カメラがガジェットとして輝いていた時代ですね。それは私の乗っている世代のクルマとも共通していると思います。その時代のクルマやカメラに対してよく掛けられのが“もっと古ければ価値が出るんだけどね”という声です。時代の狭間に生まれた製品ゆえの苦悩といいますか、スポットライトの当たりにくい事実にときどき凹んでしまうこともありますが、だからといってこの世代の製品を愛したことに後悔は微塵もないです」

来る日も来る日も中古カメラ店を巡っては、ワゴンにぎっしりと並べられているジャンク品の中から使えそうな個体をサルベージし、コツコツと修理を続ける長谷川さん。ただ、カメラにおける補修部品の供給はクルマの比ではないほど惨憺たる状況ですが、そこは知恵と工夫で乗り切っています。

「内部のゴムが劣化して、光が漏れ使い物にならないカメラがあったのですが、当然、同じ新品パーツは手に入りません。悩んだ末に手近にあった釣り用の浮きを刻んで付けてみたらサイズがぴったり。こんなカタルシスを積み重ねています」

そして蘇生したカメラで、同年代のクルマを撮りまくる。長谷川さんの中で時代がシンクロしていきます。

時間を忘れて取り組む趣味があるのかないのかで、人生の輝き方が変わってきます。カメラとクルマは、それを教えてくれています。

あらためてクレスタのエンジンルームを見れば、日産アベニールのパーツを流用し、あくまで自然に前置き化されたインタークーラーが目に入りました。できるだけいい状態を保ちながら残していきたい、という長谷川さんの試行錯誤が伝わってきます。

オトコの趣味の両巨頭といえるふたつの沼に嵌まるかに見えて、飄々と泳ぎきっている長谷川さん。贅沢な趣味には、終わりがなさそうです。

(文=畑澤清志/写真=井上 誠)

[ガズー編集部]

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