青春時代のクルマ フェアレディと供に駆け抜ける人生の余暇
毎月第一日曜日、長野県朝日村のあさひプライムスキー場で実施されている『信州サンデーミーティング』。若者から60代以上までの幅広い参加者が来場し、オールジャンルミーティングの言葉通りに近隣エリアから新旧様々な年代のクルマが集まるのが特徴だ。なかにはクラシックカーと呼ぶにふさわしい絶品の車両の姿もあり、上條さんが乗るダットサン・フェアレディ(SR311型)もその1台だ。
上條さんのSR311は後期型と呼ばれる1969年式。以降、同年からフェアレディZへと名称が変更され、旧車として今でも根強いファンが多いS30型がデビューする。よって、このクルマは“Z”がつかない『フェアレディ』の最終モデルにあたる。
そして、SR311の魅力はなんといってもそのスポーツ性能にあるだろう。SOHC4気筒2LのU20エンジンを搭載し、カタログに掲載された「最高時速205km」は、国産初の時速200kmオーバーという記念すべきモデルだった。当時のクルマ好きの多くが憧れた存在であり、発売当時に10代前半だった上條さんもそのひとりだったという。
「中学生のとき、近所にSR311に乗っている人がいて、自分も乗りたいなぁと憧れましたねえ。最高時速もそうですし、日産車でソレックスのキャブレターを純正採用しているクルマはこのSR311と他に数えるくらいしかない点にも惹かれました。トヨタには結構多くの車種に採用されているんですが、日産では希少でした。それに、出口がメガホンのような形状になっているマフラーもSR311ならではですね」
そんな上條さんは現在66才。仕事を退職するまでは、長年、長野県内の日産自動車の整備士としてキャリアを過ごしてきた過去がある。
「小さい頃からずっと親に言われていたんですよ。お前は(産気づくも病院に間に合わず)タクシーの中で生まれた子だからクルマと縁がある。だから将来はクルマの道へ進め、と(笑)。私自身もクルマ好きに育ちましたし、親の言うとおりに仕事に就きました」
整備士として入社したのち、上條さんが手に入れた人生初の愛車は日産・ローレルだった。入社してすぐの頃、ローレルは3代目となるC230系へモデルチェンジ。ところが、上條さんは特徴的なリヤスタイルから『ブタケツローレル』という愛称で呼ばれるC130型ローレルのスタイルにゾッコンだったそう。
「実は中古車としても現行型よりブタケツの方が人気だったから、日産社員には売らないよ、と販売店から言われたんです。でも、そこをどうしても欲しいと説得して売ってもらった思い出があります」
そんな40年以上前の出来事を思い出してもらった一方で、SR311の他に今も所有を続ける、上條さんの思い出深い1台がダットサン・ブルーバードP510型、通称510ブルだ。
「こちらは石原裕次郎主演の映画『栄光への5000キロ』の影響です。そこでサファリラリーに挑戦するクルマが510ブルでしたから、とても憧れまして」
そして自身もたまらず20代の頃に510ブルを手に入れたという上條さん。だが、この話には続きがある。
「でも、最初に持っていたのは劇中に登場するのとは違う後期型の1800SSSで、しかもオートマ車だったんです。そこだけがずっと気がかりでした」
そんな中、長野県内のとある街を走っていた時に理想の510ブルを見つけたという。
「たまに通る道にあって、普段は車庫のシャッターが閉まっている家のシャッターが開いていて、とてもキレイな状態で保管されている510ブルを見つけたんです。それが石原裕次郎が乗っていたのと同じ1600ccのマニュアル車だったもので、どうにか譲ってもらえないかと相談を持ちかけました」
そこで対応してくれたのは510ブルの所有者である夫ではなく、妻の方。夫はというと体調を崩して入院中で、クルマは車庫で保管を続けているという事情だった。
「数年後ですかね。ご主人が戻っていれば購入したいという旨を伝えようと思って、そちらを訪ねたのですが、残念なことにご主人は旅立たれておりました」
そして、所有者のいなくなったクルマをそのまま置いておくよりも、熱意のある方に乗ってもらった方が喜ばれるだろうという奥様の好意によって、その510ブルは上條さんの元へ譲られることになったという。
だからこそ、その510ブルを迎え入れてからは、一層のこと手塩にかけてその当時のコンディションをキープし続けているという上條さん。以降30年以上にわたる現在でも愛着のある1台であり、自宅の車庫ではSR311の隣が定位置となっているそうだ。
それらと比べると、およそ8年前にやってきたというSR311との出会いは比較的最近と言えるかもしれない。
510ブルに乗っているとはいえ、上條さんにとって最愛の車種は中学生時代からSR311なことには変わりなく、旧車好き同士の仲間内では上條さんがずっとSR311を探していることは有名な話だったそう。そこで友人を通じて、とあるSR311のオーナーが乗り換えを検討しているという噂を聞きつけたことで、話は一気に進展する。
「そのオーナーは運転できる状態ならばよい、という方だったために、正直言ってコンディションはそれほどではなかったんです。ただ、オプションだったために流通が少ないハードトップ付きで、2シーターの2000ccという理想のモデルだったことが決め手でした。これを逃せば二度とないと思って迷わず購入を決めました」
510ブルの車両コンディションもそうだと言うが、できる限り純正パーツを揃えたうえ、完璧な状態での動態保存にこだわりがあるという上條さん。それゆえ購入後のレストアを前提に、理想の車体さえあればコンディションは問わずという想いがあったのも良かった。
「買ってからすぐに、昔から付き合いのある鈑金屋にレストアを依頼しました。『いいけど、純正から色を変えるんだったらやらねえよ』と言うようなこだわりのある方がやっているんですが、とにかく妥協のしないところが信頼できるお店なんです。私も中途半端になるのは嫌で、納期も金額もどれだけかかっても良いからと伝えて、乗れるまで2年間かかりましたが、おかげで満足いく仕上がりになりました」
ついに憧れのSR311オーナーになった上條さん。車体そのものは一旦完成を迎えたが、その後も販売当時の純正状態へ戻すための努力は続けているという。知り合いやオークションを通じて購入したパーツのなかで、鏡面仕上げの美しいメッキホイール、それに使用感から歴史を感じるステアリングがその一例だ。
そして、上條さんがSR311のコンディションを良好な状態でキープし続けるために行なっている何よりの秘訣は、定期的にクルマに乗り続けることにあるという。
「家も人が住まないようになると、すぐに傷んでくるのと一緒ですね」と、雨の日は入念に避けたうえで週に一度はSR311に乗り、奥様と一緒に各地へドライブに出かけるそう。もちろん、この信州サンデーミーティングでも二人は御一緒だった。
「このあとは県内のお寺を見に行こうと思っているんですよ」
正午を前にイベントを終わると、その言葉を残して颯爽と駆けていくフェアレディSR311の姿はとても幸せそうに見えた。
取材協力:信州サンデーミーティング
(⽂:長谷川実路 / 撮影:土屋勇人)
[GAZOO編集部]
信州サンデーミーティングで取材した愛車
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