サラリーマンフェラーリオーナーのシンデレラストーリー
1963年生まれの阿部さんは、まごうことなきスーパーカーブーム世代。自ら『クルマ好き歴47年』とアンケートに書いてくれるほど、筋金入りのクルマ好き少年だったようだ。
「あの時代の男の子達はみんなそうだと思うんですが、私も『サーキットの狼』には影響を受けましたねえ。中学生の頃は外車やアメ車に憧れるクルマ好きの小僧という感じで、市内にあった数少ない輸入車販売店を目指して自転車で出かけて、展示してある車両をカメラで撮って喜んでいました(笑)」
なるほど、それでは運転免許を取得して手に入れた初めての愛車はと尋ねてみると、スズキ・セルボCX-Gという答えが返ってきた。
「フェラーリに憧れていて、なかでも特にスタイリングが好きで気に入っていたのがV12気筒のベルリネッタ・ボクサー(512BB)だったんですが、初代セルボのスタイルは横から見るとそれに似た雰囲気があったんです」
そう言われてみれば、ジウジアーロデザインによって生まれたスズキ・フロンテクーペを発展させるカタチで生まれたファストバッククーペ&RRレイアウトの初代セルボの姿は、365GT4BBや512BBを前後にギュッと圧縮したデザインに見えなくもないような…?
もちろん、免許を取りたてだった10代の阿部さんにとっては、デザインだけでなく価格も重要なファクターだったに違いない。
そこからは段階的に本格的なスポーツカーへとステップアップして、このフェラーリへと繋がっていく…そんなストーリーを想像したのだが、なんと阿部さんのカーライフはスポーツカーではなくキャンピングカーの道へと大きく方向転換したという。
「自分でセルボに乗るようになってから気付いたんですが、私は運転するときの気性が非常に荒い性格だったんです(笑)。このままスポーツカーに乗り続けていると、いつか事故を起こしてしまうのではないかと、自制心が先に働きました」
現在でも阿部さんが元気でいらっしゃるのは、その時に自制心が働いてくれたお陰かもしれない。それでも、さまざまなジャンルがある“趣味”の中で、キャンピングカーという道を選んだのは、クルマという乗り物が大好きだったからに他ならなかったからだ。
クルマでキャンプをするのは、クルマが遠くへ行く手段として便利だからという人もいれば、キャンプのための宿の代わりになるからという人もいる。だが、阿部さんの場合は何よりも『大好きなクルマの中で寝泊まりできる』という理由が大きかったという。
「日本国内をあっちこっちに遠くまで行きましたけど、それも基本的には『車中泊』をしたいからであって、遠くに出かけるのは車中泊をする理由を作るためでした。当時はディーゼルエンジンのキャラバンやハイエースを乗り継ぎましたが、燃料の軽油が安かったのも助けになりましたね」
しかし、そんなキャンピングカーライフを楽しんでいる間も、スーパーカーへの憧れの気持ちは阿部さんの心の奥底で脈々と燃え続けていた。そして今から20年ほど前、ふとしたタイミングでじわりと加速を始める。
「その時に務めていた職場の同僚女性が結婚されたのですが、そのお相手がロータス・ヨーロッパに乗っていると話題になったんです」
阿部さんは長野県内に住むごくごく一般的なサラリーマンで、中学生時代から憧れていたフェラーリは指をくわえて眺めるどころか、拝むことすら稀という状況だったという。しかし、ひょんなことから知り合ったロータス・ヨーロッパオーナー清水さんの姿を見て、自分もいずれはスーパーカーに…というモチベーションに繋がり『フェラーリは無理でもせめて何かしらスポーツカーに乗りたい』とホンダ・ビートを購入したそうだ。
そして、ビートに乗り始めたことで旧車やスポーツカーの集まりに参加するようになり、そこで知り合ったオーナーさんたちに触発されるカタチで『フェラーリオーナーになるにはどうすればいいか?』ということを本格的に模索するようになっていったのだという。
「どのフェラーリが好きかと改めて考えてみると、ベルリネッタ・ボクサーも好きだったんですが、スタイルだけで言うならV8の308や328が大好きで、特に328の方が小さい頃から好みでした」
実際に購入することを前提に市場価格を調べて比較しても、V12エンジンを積んだBBシリーズより、V8エンジン搭載の328の方がまだ手に入れやすい価格であることから、狙いはフェラーリ・328一点に絞られた。
「328を買いたいと思って、本格的に探し始めたのは今から20年前になりますね。だけど10年くらいは自分の給料じゃ金額的にまったく手が出せる状態じゃなくて。リーマンショックがなかったら、今でも難しかったと思います」
そう、阿部さんにキッカケが訪れたのは2008年。世界的な金融危機の影響を受けて高級車を中心とした中古車市場の値崩れが進み、ドル不安による円高の追い打ちとなってフェラーリの価格も史上最安値というほどまでに落ち込んだのだという。
「今みなさんに言っても信じてもらえないくらい安い金額でした。それに職場のほうも希望退職者を募るような状況で、それを利用すれば退職金という纏まったお金も入る。だったらこの機会を逃すわけにはいかないと思って決断しました」
インターネットオークションで出品されるフェラーリ・328をくまなくチェックしていたところ2009年12月に破格値の出品を発見し、オーナーの元を訪れて念入りに現車をチェックした阿部さんは入札を決意したという。ちなみに、そのオークションは例を見ないほどの安値だったにも関わらず、阿部さん以外に1件の入札もなく落札したというから、当時の不況ぶりが伺える。
とにもかくにも、こうしてリーマンショックというピンチをチャンスに変えることによって、阿部さんは中学生の頃から念願だったフェラーリオーナーになるという夢を果たしたのだった。
購入した1987年式のフェラーリ・328GTSがやってきてから、乗り始める前にまず行なったのは電装系の修理。というのも、手に入れた個体はライト関係に不具合があることがわかっていたので、海外オークションで整備書を取り寄せ、自ら配線をひとつずつ辿って位置関係を理解していったのだという。ちなみにこの修理作業は、このフェラーリが自分の愛車なのだという実感も高めてくれたそうだ。
こうしてスタートした阿部さんと328の幸せな愛車生活は、大きなトラブルもないまま7年ほどが経過し、そのタイミングでオイル漏れの気になってきたエンジンに加えて、ミッションも含めたオーバーホールを実施することに。
購入した当初からいずれ大掛かりな修理費用が掛かるだろうということは織り込み済みだったし、そのための資金を準備する期間もあったので、この決断にも特に迷いはなかったという。夢だったフェラーリオーナーとなったからには、ずっと乗り続けていくのだという強い決意と覚悟が感じられるエピソードである。
そして、フェラーリに乗ることで参加できるようになったオーナー同士のコミュニティでは、ただのサラリーマンとして生活してきた環境ではまったく縁のなかった人々との関わりあいが生まれたのも新鮮だったそう。そういった意味でも、328を手に入れてからは『まるで世界が一変した』と心持ちを話してくれた。
「それまでスーパーカーなんて夢のまた夢という立場でしたから、今度は逆に夢を与えられる立場になれたら良いなと思っています。クルマのそばで328が気になっている子供がいれば、どうぞどうぞとシートに乗ってもらったりして。自分だけじゃなく、少しでも周りが幸せになってくれればいいな、という思いですね」
人生を通じて憧れ続けた究極の1台を手に入れたことで、自身のクルマ好き遍歴の中でやり残したことはないと自信を持って伝えてくれた阿部さん。
愛車のフェラーリ・328GTSと一緒に、末永く幸せなカーライフが続いてゆくことを期待するばかりだ。
取材協力:信州サンデーミーティング
(⽂:長谷川実路 / 撮影:土屋勇人)
[GAZOO編集部]
信州サンデーミーティングで取材した愛車
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