旅立った先輩から受け継いだいすゞ・ベレットというバトン
ヴィンテージカーが文化として浸透しているイギリスでは、歴史的なクルマは「預かりもの」という概念が成立していると言われている。自分が乗り潰してしまうのではなく、手間暇をかけてコンディションを維持し、次世代のオーナーに引き継ぐ。今自分が手にしているのは、後世に残すための一時預かりという考え方だ。
日本ではまだそのような考え方は広まっていないものの、愛車を大切な家族や友人に受け継いでもらいたいと考えている人も少なくはないだろう。そんな想いを受け継ぎ、1971年式いすゞ・ベレット1600GT typeR(PR91)を、尊敬する先輩の形見として4年前に手にしたのがオーナーの小川さんだ。
いすゞといえば、現在はトラックやバスメーカーとして認知されているが、かつては乗用車もラインアップする総合自動車メーカーであった。ベレットはそんないすゞが1963年〜1974年にかけて販売したモデルで、中でもGTを名乗る2ドアクーペは1960〜1970年代に日本のモータースポーツシーンを席巻したことでも知られている。特に国産車で初めて前輪ディスクブレーキを採用するとともに、4輪独立懸架といった豪華な装備によって、他の市販車とは一線を画す走行性能を発揮し、当時クルマに憧れていた若年層からも人気を集めていた。そして、このGTの性能をさらに強化したGTR(後期はGT typeR)は、最上級グレードとしてDOHCエンジンやサスペンション、ブレーキ等のポテンシャルを向上させているのが特徴。本格的なグランツーリスモへと進化させた。
もともとクルマ好きが講じて、長年いすゞディーラーに勤務していたという小川さん。このベレットの前オーナーも、同じディーラーに勤務する職場の先輩だったという。
「前オーナーは昔からいつも一緒に行動していた先輩なんですが、このベレットをすごく愛していたのをずっと見てきたんですよ。自分はMGBが好きで今も所有していますが、このベレットとMGBでよくツーリングとかイベントとかに行っていましたね。そんな先輩が旅立ってしまい、ご家族から4年前に託されたのがオーナーになった経緯なんです。そこからメンテナンスとか色々手を加えて、今回はこのベレットをはじめて横浜ヒストリックカーデイに持ってきました」
愛車のMGBも手がかかるクルマということもあり、受け継いでから3年間はそのまま保管状態にあったというベレット。しかし2023年1月にようやく本格的な整備を開始。まずはコンディションが良好だったエンジンなどの機関系はそのままに、ヤレはじめていたというボディからリニューアルすることにした。
「ノーマルのオレンジで塗り直すのは芸がないかなと思い、4種類のラメを微妙に配合してボディやホイール、外からは見えないところまで自分でペイントしたんですよ。だからパッと見は通常のベレットっぽく見えるのですが、よ〜く見ると雰囲気がチョット違う。そんなカスタムを行なっているのも特徴ですね」
リフレッシュされたボディは、旧車でよく目にする欠品パーツもなく、エンブレムなども全て揃っている状態。また経年劣化でヒビ割れてしまいがちなテールランプもキレイに保たれているのだ。とは言っても、エンブレムやテールランプは現在も新品でリプレイスメントパーツが出てくるため、ここのリフレッシュは容易。すでに製廃になっていると思われるようなパーツでも、意外と揃ってしまうのがいすゞ車の良いところだそう。もちろん手に入らない純正パーツも存在しているが、そのあたりはいすゞ車のオーナー仲間を頼ればどうにかなるそうで、愛着を持って接していれば長く綺麗に乗り続けることが可能という。
カスタム面では旧車における三種の神器と呼ばれる『ソレ・タコ・デュアル』もしっかりとおさえている。キャブレターはソレックス40φをセットし、タコ足&マフラーはいすゞスポーツが藤壺技研とコラボしたフルエキゾーストをセットする。特にこの排気系はアイドリングの静粛性は保ちつつ、高回転での吹け上がりとサウンドに絶妙な調律が施されている。
「機関系の状態が良かっただけに、このエキマニとマフラーを装着したことで、よりスポーティな雰囲気が楽しめるようになりましたよ。やっぱり旧車は音の違いで楽しさも変わってくるんです」
前述の通り、いすゞディーラーマンだった小川さん。業務的にはサービス部門に所属していたが、趣味が講じてメンテナンスなども自身の手で行うことができるのは、ご親族が安心してベレットを託すことができた理由でもある。
「エンジンの調子は良いのですが、これから付き合っていく間に何かトラブルが起こらないとも限りません。だからというわけじゃないですが、今はエンジンとミッションのスペアも用意しています。他にもポリッシュしたソレックス44φやカムカバーもストックしています。また、それらとは別に結晶塗装したカムカバーも作ろうかなって思っていて、気づいたらどんどんパーツが増えちゃってますね」
手を付けたらハンパな状態では済ませられない。必要な部品をしっかりと集め、とことん付き合ってくれる。そんな気質を、ご親族には見抜かれていたのかもしれない。
搭載されるエンジンは117クーペに搭載されていた1600㏄のDOHC4気筒、G161W。このエンジンに40φのソレックスを装着し、カタログスペックでは当時テンロクトップクラスの120psを発揮した。現状では大きな問題を抱えているわけではないが、ボディが完了したことで、2024年のリフレッシュメニューとして、エンジンの大掛かりな整備を予定しているのだとか。
ホイールは旧車の定番「RSワタナベ・8スポーク」をセット。ボディのリフレッシュに合わせ、ディスク面をメタリックゴールドで塗り直した。
車内のコンソールトレーには、キャブレターの調整など簡易メンテナンスがすぐできるように、よく使う工具が置かれている。どんな時でも不調の原因を取り除くことで、大きなトラブルを未然に防ぐ。元ディーラーマンだからこそ、日々万全の状態を心がけている。
ステアリングは定番のナルディクラシックを使用。かすれてしまったレザーは上から補修用のレザーキットを利用することで、握りが多少太くなって扱いやすくなったという。また、ウッドのシフトノブは前オーナー時代から残される想い出のパーツ。すべてを刷新するのではなく、前オーナーの形跡を残しておくことで、このベレットの歴史は紡がれていくというわけだ。
現在搭載するミッションはノーマルの4速MT。街中などでは小気味よくシフトアップできるギヤ比で気持ち良く走れるのだが、高速道路ではもう1速足りないのがストレスになってしまう。そこで、117クーペに搭載されているオーバードライブ付きの5速MTを入手し、エンジンのリフレッシュと共にミッションの積み替えも予定されているそうだ。
「今もディーラー時代の仲間と連絡を取っているので、このベレットのコンディションを維持するには特に心配はありませんね。もちろん先輩が乗っていたベレットだってことも理解してくれているので、サポートしてくれる人も多いですし。そう考えると、クルマを通じた仲間の存在はかけがえのないものだと改めて感じるようになりましたね」
ハンドルを握ると先輩との想い出も蘇ってくる。クルマは単に移動するための機械ではなく、人それぞれの想い出が詰まったタイムカプセル。だからこそ、いつまでも走り続けるために整備を欠かすことはできない。
MGB好きではあるものの、やはりベレットを通じ、改めていすゞ愛に目覚めたという小川さん。そんな意味も込めて、ボディカラーに合わせたオレンジのTシャツには『いすゞ・Bellett』の刺繍ロゴをオーダーするほどだ。
ちなみにデザインイメージは、メーカー名のいすゞの名前の由来となった、伊勢神宮 内宮のほとりを流れる五十鈴川のせせらぎをイメージ。Bellettのロゴはエンブレムと同じ書体で描かれている。
「先輩から受け継いだこのベレットは、縁があって自分の手元にやってきたクルマなんだと思います。だから自分の手元にあるうちはシッカリと整備して、万全の状態をキープしていたいですね。そうすれば次のオーナーに渡っても大切に扱ってくれはずですし、永劫的にこのクルマが愛される存在になると思うんですよ」
いつかはわからないが、将来的にはいすゞ車オーナーの仲間の元に受け継いでもらうことも考えているという小川さん。亡き先輩の想いが詰まったこのベレットを走らせ続けることは、ある意味で先輩の生きた証を後世に残すこと。大切な先輩や仲間との想い出は、これからもベレットとともに走り続けていく。
取材協力:横浜ヒストリックカーデイ
(文:渡辺大輔/撮影:中村レオ)
[GAZOO編集部]
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