ゆっくりと時間をかけて自分好みに醸成したプリンス・グロリア6ワゴン
1966年に日産と合併するまでは独立した自動車メーカーだった『プリンス自動車』。特に有名なスカイラインの名称は、現在に至るまで日産の高性能セダンとして継承されている。それ以外にもセダンやトラックなどを生産していたが、セドリックの兄弟車としてグロリアが存在していたことを覚えている方も少なくはないのではなかろうか?
グロリアは、スカイラインのシャシーやボディ、エンジンを流用し、内外装を高級化したモデルとして1959年にデビューを果たした。ここで紹介する齋藤さんの愛車はその2代目で、1962年にデビューし1967年まで生産されたモデル。クロムメッキのパーツが多用された気品漂うエクステリアが見た目の特徴と言える。
また当時としては高性能エンジンの代名詞となっていたSOHCヘッドを採用した6気筒エンジンであるG7型を搭載。ちなみに当時は、小型車規格の車両は直列4気筒エンジンが一般的であった時代であったので、グロリアは小型車規格で初めて直6エンジンを搭載したモデルでもあった。
齋藤さんの愛車は、2代目グロリアに設定されていた6ワゴン。『6』は言うまでもなく6気筒を搭載していることを表している。そして『ワゴン』については、バンボディを有する乗用タイプと思われるかもしれないが、このグロリア6ワゴンは商用車登録。つまり平たく言えばバンとなる。
内外装とも高級感を漂わせているだけに実用的なバンのイメージは感じ取れないが、よくよく見ると荷室の部分のサイドウインドウには法規的に商用車には必須の装備となるプロテクトバーも備わっている。
ちなみに乗用登録の『グロリア6エステート』というグレードも設定されていたが、齋藤さんによると「現車を見たことがないです。実際に市販されたかどうかも、今となっては分かりません。もしどこかに眠っていて、再生されるなどして世に現れたら、旧車界隈の趣味人の間でかなり大騒ぎになると思いますよ」というぐらい、幻のクルマとなっているようだ。
かく言う齋藤さんの愛車であるグロリア6ワゴンも、現存数がかなり少ない車種であることに変わりはない。どうしてこの希少車に乗っているのか?現在に至るまでのエピソードを伺った。
「昭和の時代に育った男の子であれば、オモチャと言えばミニカーでしたよね。僕もミニカーを何台か持っていたんですが、その中でお気に入りだったのはワーゲンビートルだったんです。その頃は『大人になったらワーゲンビートルに乗りたい』と思っていましたね」
そんな齋藤さんがグロリアに興味を持ったのは小学校の高学年になってからだ。
「八重洲出版の『日本のクルマ100年』を手に入れて『あれがいい、これがいい』なんて言いながら、見ていたんです。その本で日本車のことを随分勉強しましたね。そこにグロリアスーパー6は掲載されていました。ワゴンではなくセダンの方。残念ながら6ワゴンについては、文字での説明のみでしたが、セダンもデザインがカッコよくて、興味を持つようになりました」
齋藤さんが、グロリア6ワゴンの写真を初めて見たのは中学生になってからだという。
「友達が持っていた保育社の『カラーブックス』に6ワゴンの写真が載っていたんですよ。それを見てデザインが本当にカッコいいと思いました。車両全体の佇まいが当時の自分に刺さったんです。グロリア6ワゴンの写真を見るまでは、ワーゲンビートルが大人になったら乗りたいクルマのナンバー1だったんですが、この時からグロリア6ワゴンがその座を奪ったんです」
まだまだ自家用車が一般化する前のモデルであり、しかも6ワゴンはセールス的にあまり成功したモデルとは言えず、実売台数も多くはなかったので、この個体を探すのも一苦労だったはず。しかし齋藤さん「大人になったら乗りたい」という子供の頃の夢を見事に叶え、めでたく1998年に車両を入手したそうだ。
「乗り始めてからは、部品取り車のセダンや今ではなかなか入手できない部品を集めていました。そして今から20年ぐらい前に大規模な補修を行なうことにしたんです」
昨今では旧いクルマの再生作業全般をレストアと称することが多いが、レストアは本来、素の状態に再生する作業。その辺りにも、こだわりのある齋藤さんは、素の状態に戻すのではなく、自分好みに仕上げたグロリア6ワゴンに施した作業を「大規模な補修」とおっしゃる。購入後にさまざまな部品を集めていたのも、グロリア6ワゴンを自分の理想像に仕上げるためだったのだ。
グロリア6ワゴンの大掛かりな補修は、完成までのべ10年の歳月を要したそうだ。
「補修の開始から丸々10年掛かったというわけではなく、今年の予算でできるのはここまでとか、次の作業をしてもらう職人さんを見つけるまでに間が空いたと言うような感じで、作業が止まっていた期間も含めて大体10年掛かって現在の状態に仕上げてもらったんです」
こうして完成したグロリア6ワゴン(V43A-2)は、1966年式の後期型をベースに、前期型6ワゴンの部品や部品取り車だったセダンの部品を、齋藤さんの好みに合わせ組み合わせ完成形としている。
「作っている間に固まったこの6ワゴンのコンセプトがあるんです。それが『中小企業のオーナー社長のドラ息子が、社用車兼自家用車として、解体部品を使って勝手にドレスアップしたクルマ』というものなんです」
齋藤さんご自身は、恐らくオリジナルの状態を尊重せず、自分の好みの純正部品を組み合わせて組み上げた6ワゴン故に、自嘲して「ドラ息子」なんてワードを組み込んでいるのかもしれない。しかし組み上がった6ワゴンを拝見すると、メーカー純正でこの仕様が存在したのではと思わせるほど、各部の調和を崩すことのない仕上がりとなっている。
例えばインテリア。どの年式の6ワゴンにも設定されていなかった時計が備わる。
「2~3型のデラックス、つまり廉価版のセダンなんですが、それには時計が装備されていたんです。時計が欲しくて部品取り車からインパネごと移植しました」
このほか、本来は固定式ベンチシートだったフロントシートも、部品取り車に付いていたリクライニング式に加工されたシートを流用し、表皮を張り替えて装着している。
「エンジンルームも、黒塗装の後期型エアクリーナーボックスよりゴールドに塗られた前期型の方が好みだったので交換していたり、『HYPER 6』のロゴが入るカムカバーに交換したりと、自分好みの状態に仕上げました」
グロリア6ワゴンのラゲッジスペースは、商用車登録のクルマとは思わせないフルカバードの豪華さ。もちろん、大規模補修によって美しい状態に仕上げられている。そしてそのスペースには木製の大きな箱が搭載されていた。「これは戦前の日本軍の工具箱で、工具が入っていないものを譲ってもらったんです。今はこの中にもしものときのために炭酸ガス消火器を入れています」
「この大規模補修を完成させられたのは、人との繋がりがあればこそなんです。イベントで付き合いの始まった方から、腕のいい板金職人さんを紹介してもらったり、そこでまた内装職人さんを紹介してもらったり、そんな風に人の繋がりがあったからこそ、現在の状態にまで仕上げられたんです」
完成してから約10年が経過。現在、齋藤さんは、グロリア6ワゴンと共に旧車イベントなどに参加し、旧車仲間との交流を楽しんでいるという。
取材協力:横浜ヒストリックカーデイ
(⽂:坪内英樹 / 撮影:土屋勇人)
[GAZOO編集部]
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