生産から50年以上経ってもキッチンカーとして愛される存在。シトロエン・Type H

自動車業界が100年に1度の大変革期を迎えているといわれるようになって久しい。

クルマの動力源であるエンジンがバッテリーに取って代わる日もそう遠くないかもしれないし、日本でも自動運転が特別なものではなくなる日が訪れるのだろう。いずれ、ユーザーはインターネットとクルマが常時接続するコネクテッドカーを購入することになるはずだ。

その一方で、半世紀以上も前に造られたクルマが現役としていまだに街中を走っているのだから、この世界は面白い。これらのクルマには、カーナビはおろか電子制御の類いは一切装備されていない。機械としてシンプルな構造だからこそ、ここまで永く存在できたのかもしれない。

今回のクルマも、名前は知らなくとも、どこかで見掛けたことがあるのではないだろうか?
今回のオーナーの所有の理由は“このクルマでしか実現できなかったから”とのこと。

「このクルマは、シトロエン・Type H(以下、Type H)です。調べた限り、製造年は1964~67年式あたりではないかと思われます。今から7年ほど前に手に入れました。走行距離も不明ですが、私が手に入れてからは5千キロくらい乗ったと思います。実はこのクルマ、“キッチンカー”として使用するために購入したんです」

どこかで見たことはあるけれど、このクルマがシトロエン・Type Hだとは知らなかった…。そんな人が多いかもしれない。Type H、日本ではHのフランス語読みで「アッシュ」と呼ばれることもあるこのクルマは、2017年に生誕70周年を迎えた歴史あるモデルなのだ。

1947年から1981年まで、実に34年間も生産されたType Hのボディサイズは、全長×全幅×全高:4560x1990x2340mm(標準タイプ例)。この他に、ロングホイールベース仕様なども用意された。エンジンは排気量1200ccまたは1600ccのガソリン他、1600ccのディーゼルエンジンなど、年代によってさまざまなバリエーションが存在する。

さて、Type Hのオーナーは、イタリアンレストランのオーナーシェフとしての顔も持つ。以前、オーナーが所有する1966年式フォルクスワーゲン・カルマンギアを取材させていただいたとき、傍らに停まっていたType Hにもいつかスポットライトを当ててみたい…と密かに思っていたことが、今回ようやく実現した。多忙ななか、休憩時間の合間に取材と撮影の時間を捻出していただいたオーナーには改めて御礼を申しあげたい。

取材したのが9月だったこともあり、アイスクリームやソフトクリームなどのポスターがそのまま残されていた。確かに、このクルマでイベント会場に駆けつけたら、さぞかし注目を集めるだろう。普段はクルマに興味を示さないような人たちの目を引くに違いない。とはいえ、キッチンカーとして使うなら現代のクルマの方が快適だし、どう考えてもトラブルフリーのはずだ。それがなぜ、50年以上前に造られたこの「Type H」なのだろうか?

「車内に大人が立つことができて、なおかつお客様との目線が近いキッチンカーというとType Hくらいしか見当たらないんです。これがこのクルマを選んだ決め手です。そのため、他車は候補になかったですね。日本車でもバンタイプの商用車はあるんですが、シャシーのうえにボディを架装する構造上、どうしても目線が高くなってしまうんです。その点、Type Hの駆動方式はFFですし、エンジンはもちろんのこと、マフラーまでフロントにあります。結果として、それほど全高を上げずにクルマの後席スペースで、身長170cmくらいの人であれば立ったまま作業や調理ができ、お客様への商品の受け渡しもスムーズに行えるんです。かといって軽自動車のキッチンカーでは制約があるため、もともと候補からは外れていました」

今後、クルマ関連はもちろんのこと、さまざまなイベントに足を運んでみたとき、会場の一角に停められているキッチンカーに意識を向けてみると新たな発見があるかもしれない。限られたスペースを最大限に活用していることが分かるはずだ。さて、古いクルマだけに、個体探しは難航するかと思いきや、割とスムーズに事が進んだようだ。しかし…。

「このType H自体は探し出してからそれほど時間を置かずに見つけることができたんです。しかも“きちんと動く”個体でした。古いクルマだけに、不動車も多いんです。しかし、問題はそのあとでした。もともとキッチンカーの仕様になっていなかったので、内装の変更を大工さんにお願いしました。あと、ボディのサイドパネルを加工して開閉できるようにしてもらっています。ボディカラーも、いちどは自分で塗ったんですが、錆の問題があるので、ウェットブラストを取り扱っている業者さんを探して地金を出してもらい、防錆加工してから現在の塗装にオールペイントしてもらいました。そんなことをしているうちに、車両価格よりも修理・レストア代、そして維持費の方が高くついてしまいましたね(苦笑)」

維持費も相応に掛かりそうだが、古いクルマだけに、運転もそれなりに気を遣いそうだが…。

「パワーステアリングが装備されていないので、腕力が必要です。そのため、女性が運転するのはちょっと厳しいかもしれません。でも、クラシックミニを運転した経験がある人であれば乗れると思いますよ。それと3速MTなので、高速道路でようやく70km/h出るくらいだし、ヘッドライトも暗いです。運転していて疲れますね。イベントに参加するとしても、遠出はできません。実際、最長距離でも隣県まで乗っていったくらいですから」

これは意外だった。ちょっと古いクルマに心得がある人であれば、案外スムーズに運転できるかもしれない。ところで、このType Hで気になるのが「およよKitchin」のロゴと名前の由来だ。

「このロゴは私がデザインしたものをデータ化してもらったんです。“およよKitchin”の名称は、スタッフのひとことで割とあっさり決まりました。それに、Type Hは、テレビアニメ“Dr.スランプ アラレちゃん”の劇用車でもあるんです。私は42歳なので、熱狂的というわけではありませんでしたが、リアルタイムでこの番組を観ていた世代ですし」

いわゆる「アラフォー世代」以上であれば、1981年から1986年まで放映されていたこの作品のことを覚えている人も多いだろう。確かに、劇中で四角いバンが登場していたが、まさかType Hだったとは…。

では、最後に今後このクルマとどう接していきたいのか?意気込みを伺ってみた。

「古いシトロエンを専門に扱うショップですら“数年ぶりに触った”というほど数が減少しているようです。最近ではフランス本国でも見掛けないと聞きますし、ここ日本でも実用に耐えうるType Hは思っている以上に減ってきているのかもしれません。今後は故障したときの部品の調達や錆との戦いになりますが、Type H以外に良い落としどころのキッチンカー候補が見つからないんです。それだけに、これからも長く乗りたいですね」

50年以上も前にヨーロッパで造られたクルマが、遠く離れた日本でいまだに現役として活躍している。当時の開発者は夢にも思わなかったことだろう。単に古いクルマだからという理由だけで現代の道路事情に合わないかといえばそれは「ノー」だ。道具として正しく扱い、壊れそうなところは予防整備して対処し、それでもだめなら修理や交換で対処する。そして元通りになって元気よく走る。いつからこのサイクルが失われつつあるのだろうか…。

半世紀以上も前のクルマなのに、現代のクルマが束になっても適わないところがいまだにあることに驚き、感動した。このType Hにこそ、まさしく「温故知新」という表現がしっくりくるように思えてならないのだ。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]

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