大切なのは「人の感じる力」。AIではなく人間が対応するトヨタ T-Connectのオペレーターサービス―モビリティを取り巻くサービスの展望①
コネクティッドや自動運転で大きな変革期を迎えている自動車産業。さらなる飛躍に向けてさまざまな業界との協業が進むなか、新しいサービスや取り組みを実現するため、信念と情熱を持ち、困難に対峙する人たちがいる。この連載では、そんな「未来を創る仕事」に携わる人たちの姿に迫っていく。
初回は、トヨタが展開するコネクティッドサービス「T-Connect」が目指す、人の温かさを感じさせるサービスについて伺った。
トヨタは2018年をコネクティッドカー元年と位置付け、「カローラスポーツ」と新型「クラウン」を初代コネクティッドカーとして発売。その後新型「カローラ」や「ヤリス」をはじめ、今後国内で発売されるほぼ全ての乗用車に、コネクテイッドサービスを利用するための車載通信機(DCM)の搭載を目指している。
ボタンひとつでつながるドライバー専属コンシェルジュ
トヨタのコネクティッドサービス「T-Connect」には、衝突事故を検知して緊急通報したり、いたずらや盗難など車両の異常をドライバーに知らせたり、駐車位置や窓の閉め忘れをスマートフォンに通知したりする機能が備わっているが、なかでも特徴的なのは、人が応える「オペレーターサービス」が用意されていること。
オペレーターサービスとは、ステアリング左下のボタンを押して「オペレーター」と発話することで回線がつながり、運転中のドライバーのさまざまなお願いに応えてくれるサービスだ。
実際に新型クラウンに乗って試してみたが、回線がつながると画面の表示が切り替わり、数秒でオペレーターが応答する声が聞こえた。
時刻は昼時で、無性にカレーが食べたい気分。そこで同じ区内の有名カレー店の名前を挙げてみたところ、実にあっさりと「ルートを設定しました」と答えが返ってくる。現在地から目的地までの経路はオペレーターが設定してクルマに送ってくれるので、ドライバーは何も操作する必要がない。
さらに、新型クラウン用に設定されている「T-Connect for CROWN」の専用サービスを利用して席の予約をお願いすると、オペレーターが店舗に直接予約を入れてくれた。実際にお店の前まで行ったのに入れないということがないのは、非常にうれしい。
ステアリング左側にあるボタンを押し、「オペレーター」と発話するとオペレーターサービスにつながる
「T-Connect for CROWN」は飲食店のほか、ホテル、レンタカー、航空券などの予約にも対応してくれる。
また別のときには、その時点で時刻は昼時をだいぶ過ぎていたが、あえて「駐車場のある美味しいパスタ店に行きたい」と聞いてみたところ、しばらく保留になった。存在するとしても昼営業は終わっていそうな時間帯で、こちらとしても難しい要求なのは分かっていたが、二度ほど保留を解除して「もうしばらくお待ちください」と熱心に探してくれたのが印象的だった。
こうした感覚はホテルのコンシェルジュデスクに近い。つまり、ボタンひとつですぐ対応してくれる専属コンシェルジュがクルマの中にいる。これはなんとも贅沢な話だ。
人が対応するサービスのため自由度が高く、曖昧な表現のリクエストにも応えてくれる。一度このサービスを使ったら、その便利さに感動するのは間違いない。
多少曖昧でも行きたいところが決まっているなら、検索を頼めばルート設定まで済ませてくれる
このような高品質なサービスをトヨタはなぜ提供するのだろうか?そして高品質なサービスを支える背景はどのようなものだろうか?
このオペレーターサービスについて、トヨタ自動車株式会社 コネクティッドカンパニー e-TOYOTA部の松枝伸彰氏と、オペレーターサービスを実際に提供するトヨタコネクティッド株式会社 コネクティッドセンターの松尾陽子氏に、内容や特徴、苦労した点などをうかがった。
- トヨタ自動車株式会社 コネクティッドカンパニー e-TOYOTA部 部長 松枝伸彰氏
- トヨタコネクティッド株式会社 コネクティッドセンター部長 松尾陽子氏
機械音声ではなく人が対応するのがオペレーターサービス
T-Connectには、VICSの最新交通情報や過去の統計データに、現在走行しているほかのクルマからの情報を加味して、カーナビにリアルタイムに反映するルート案内や、AIに話しかけて目的地情報などを探せるエージェント機能、離れていてもスマートフォンでクルマの状態を確認できる機能などさまざまなものが用意されているが、問題を解決できないときは画面の向こうにいるオペレーターに直接相談できる。
例えば、休日にドライブに出かけ、初めて訪れた場所で子供の具合がわるくなったとする。
普通なら一旦停車して病院を検索、ルートを設定するところだが、オペレーターサービス対応車なら、ボタンひとつでセンターに待機しているオペレーターと会話がつながり、休日に診察可能な病院を探した上で、ナビへのルート反映まで一括して任せることができる。
高速道路など一時停止が難しい場合でも、運転を続けながら、現在走行しているエリアの地元料理を食べたいなどといった要望から目的地を探し出してくれたりもするだろう。
T-ConnectにはAI音声の対話機能(エージェント)もあるが、AIが探せなかったものをオペレーターが引き継いで探すこともできる。
サービスは24時間365日使えるので、「人による案内のサービス」がいつでも受けられるということだ。
松尾氏は、「(T-Connectの前身である)G-BOOKが始まったころは『調べてくれるだけでありがたい』という時期でした。ですが、スマートフォンの普及などで誰もが簡単に情報を検索できるようになると、スピード感が求められるように変わってきました。その速さにどう対応するかが難しく感じるところですね」という。
- T-Connectの前身でもある「G-BOOK」。登場は2002年、ユーザーとつながりたいという発想から生まれたインターネットを使ったオンラインサービスで、「WiLL サイファ」に搭載されていた
人の問いに人が答える理由
今どきはAIに話しかけて情報を調べるのは珍しいことではない。カーナビの目的地設定にしても、音声認識で十分という意見もあるだろう。
にも関わらずT-Connectに有人オペレーターを用意したのは、会話中の声の調子や話し方、テンポから利用者の状況を読み取って、急いでいると感じたときには手短に、詳しく知りたいという雰囲気を感じたら疑問が残らないようていねいに説明したりと、人間だからこそできる柔軟な対応を実現するためだ。
目的地の例で言えば、「富士山の近くで湖畔のキャンプ場に行きたいんだけど……」といった曖昧な記憶からでも、ヒントがあれば答えまでたどり着けるという柔軟さは人の特性だ。
また、体験した人も多いだろうが、スマートフォンなどのAIに話しかけるときは一定の作法があるため、途中で言い間違えると最初からやり直しになったりする。オペレーターサービスを目的地設定で利用する人も多いそうだが、言いよどんだりしてもくみ取ってくれるのは人間ならではだろう。
一方、有人オペレーターの対応はトラブルの発生時にも有効だ。急な体調の悪化で運転を続けられなくなったときや、交通事故に遭ったとき、T-Connectを通じてオペレーターに相談したり、救助を依頼したりできる「ヘルプネット」という仕組みも用意している。
「事故に遭ったときにAIから『ダイジョウブデスカ?』と聞かれても安心できないですよね。AIでもいいときと、人に対応してほしいとき、それぞれの領域があると思うんです。特に安心・安全は人が受け持たなければ」と松枝氏。
気が動転してうまく話せなくなっているときでも、オペレーターは緊急通報時のトレーニングも受けているので、気持ちを落ち着かせるような言葉を挟むことで、不安を少しでも取り除くような会話による「寄り添い」を行なうという。これも人ならではだ。
「ただサービスを提供するのではなく、『人ならではの感じる力』が求められており、オペレーターの育成では『人間力』を重要視しています」(松尾氏)
- 24時間365日、有人による対応を行なうT-Connectのオペレーターサービスのコールセンター
- 「安心・安全は人の領域」という松枝氏
ドライバーを相手にするための応対術
T-Connectのコールセンターでは、掛かってくる問い合わせの9割を10秒以内に取ることを目標に人員を配置しているという。これはコールセンター業界では高いサービスレベルだ。また、保留時間などにもルールを設けており、問い合せの回答を迅速に提供できるようにしている。
確かに、運転中の問い合わせで何十分も待たせたらその間に目的地に着いてしまうこともあるだろうし、一旦機械音声が対応して番号を選ばせるようでは運転がおろそかになりそうだ。
なお、「安全・安心」が第一義ということから、緊急時(ヘルプネット)やクルマの異常時(eケア)に掛かる連絡は最優先に受け付ける仕組みとなっている。
応対品質の向上については、利用者から定期的にアンケートを回収し、それをもとに改善を行なっている。その中でおもしろい話を聞いた。会話の終わり方についてだ。
電話のマナーで「お客さまに切断していただく。こちらから切断しない」というものがあるが、ドライバーと対話形式になるこのサービスでは、利用者とオペレーターの間で、終話の譲り合いが発生することが多かったという。
しかし、クルマを走らせながらなので、用が済んだら運転に集中することが望ましい。そこで、オペレーターサービスでは用件が終わると「こちらから失礼します」と先に切るような作法を導入したという。
これは実際に使ってみると分かることだが、オペレーターから通話を切ってもらうことで非常に気持ちよくサービスを終えることができる。運転中の迷いもなくなるし、明らかに「安全運転に向いている応対だな」と実感できる部分だ。
ちょっとしたことだが、こんな気遣いは人でなければできないし、こうした会話のキレのよさは気持ちの切り替えにもよい影響を与える。
もう1つ、オペレーターサービスならではの対応に「間の取り方」があるという。
連絡してくる利用者は基本的にクルマの運転中だ。オペレーターとの会話以外に、クルマの操作や周辺の状況にも気を回している。そこへオペレーターから一方的に情報を伝えてしまうと、頭に入ってこないばかりか、運転に対する集中力の低下になることもある。
そこでオペレーターには、会話から状況を読み、必要な間を取りつつ話を進める技術が求められる。
- 利用者から「ありがとう」と言ってもらえることが多いのがオペレーターサービス。そのひと言がとてもうれしく励みになるという松尾氏
これからも「人」の力でよりよいサービスを提供する
最後に、お二人の描くオペレーターサービスの未来図を聞いてみた。
「新しい技術を組み合わせて『人をもっと高度化』できないかと考えています。その土地ならではの通称で道路や目的地を言われたときも答えられるようにしたいですし、一般的ではない観光地を尋ねられてもスムーズに案内できるよう、人を助ける先進技術を活用しながらオペレーターのレベルを進化させたいですね」と松尾氏。
最終的には、人の温もりや優しさを感じられるサービスであってほしいという。
松枝氏は「これから先の時代、人が行なうサービスは複雑で難しくなり、単純な検索はAIがやるようになるでしょう。我々に求められるのは『おもてなし』の要素です。クルマのハードウェアだけでは実現しないサービスや満足感を、オペレーターがお客さまに提供する。そこで差別化を図ります」と話す。
そのために、この先まだまだ新しいことに挑戦したいという。
AIに話しかけて部屋の電気を点けたり、聴きたい音楽を選んだりするのが当たり前になった今だからこそ、人が持つ温かみや心地よさを大事にしたい。T-Connectのオペレーターサービスにはそんな願いが込められている。
[ガズー編集部]
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