映画でしか見たことがなかった無人の自動運転車をスマホで呼び出して乗れるMaaSによる近未来とは

未来の交通社会と言えば、世代によって印象は異なると思うが、映画なりアニメの中に登場する、空も飛べる自動車、ドライバーがいなくとも自動で走行していく自動運転車あたりは共通の認識ではないだろうか。そうした、未来の交通社会がまもなく現実になろうとしている。自動運転車は世界各地の自動車メーカーで走行テストが行なわれており、スマートフォンで配車をリクエストすると、街を流している空車の自動運転車が自動で乗客のところへやってくるということが実現しそうな日は決して遠い日の話ではない。

そうした社会を実現する交通サービスのことをMaaS(Mobility as a Service、マース)と呼んでおり、その実現に向けた取り組みは既に始まっているのだ。

ITを活用した新しい交通サービスを提供する取り組みの総称となるMaaS

MaaS(Mobility as a Service)は、従来は切符や現金といったアナログなものを利用して支えられていた交通サービスを、デジタルによりより便利にして、かつ統合化していく、具体的にはユーザーがスマートフォン1つあれば世界中どこへでも出かけていける、そんな夢のような社会を作ろうという取り組みだ。

スマートフォンで新幹線の席の予約をしたりチケット代わりに使ったりできる
スマートフォンで新幹線の席の予約をしたりチケット代わりに使ったりできる

既に公共交通機関にもITは活用され始めている。代表的な例で言えば、交通系ICカードに代表される電子マネーがある。従来は紙の切符を買う必要があったが、現代ではこの交通系ICカードを駅の改札にタッチするだけで、瞬時にデータセンターとやりとりが行なわれ、そこに格納されているユーザーの残高情報から料金が引き落とされる仕組みになっている。

 そうした交通系ICカードは、既に物理カードすら必要がなくなっており、ユーザーのスマートフォンにその機能が統合され始めており、スマートフォン1つあれば東京駅から新大阪駅まで、新幹線を使ってスマートフォンで予約してスマートフォンで支払い、かつ紙のチケットの代わりにスマートフォンを利用しての旅が既に可能になっている。JR東海によれば、東海道新幹線においてスマートフォンで予約するやり方を含めたチケットレスの割合は既に30%を超えているとのことで、既に物珍しいという段階から本格的な普及段階へと入りつつある。

スマートフォン1つで空いている自動車を呼べるライドシェアが世界中で大人気

そうしてスマートフォンを握りしめて新大阪駅に立ったとして、次に自動車で移動しようとすると、タクシーやバスに乗ってということになるだろう。その時に現状では現金で支払うことになるかもしれない。だが、それを打破する仕組みは既に導入されつつある。それがカーシェアリングやシェアライドだ。

 カーシェアリングはレンタカーの短時間版として捉える向きもあるが、レンタカーとの大きな違いは、スマートフォンを利用して予約し、そしてスマートフォンを利用して自動で鍵を開けて運転することができるという仕組みにある。それにより、従来は必要だったレンタカーのオフィスをなくすことができ、低コストで運用することが可能になるため、レンタカーよりも短い時間を低価格で利用することができる。

米国で使うUberは登録したドライバーと利用者をつなぐことで、タクシー代わりの送迎を可能にするサービス
米国で使うUberは登録したドライバーと利用者をつなぐことで、タクシー代わりの送迎を可能にするサービス

ライドシェアは、元々は「相乗り」を意味する英語だが、街中を走っているドライバーのスマートフォンと、乗客のスマートフォンをマッチングし、乗客がスマートフォンを利用して料金を払うことで送迎を可能にするというサービスのことだ。従来であればタクシーの会社に電話して呼び出さないといけなかったのに対して、ライドシェアではスマートフォンの位置情報を利用して近くのドライバーを向かわせるためタクシーに比べて効率が良く、低コストで送迎サービスを実現できる。米国ではUberやLyft、中国ではDiDi(滴滴)、シンガポールではGrabといったように、各国でサービスが行なわれており、タクシーよりも利便性が高く、低コストであると人気を集めている。

これらのカーシェアリングやライドシェアは、カーシェアリングはユーザー自身が運転する、ライドシェアではUberやLyftなどと契約しているドライバーが運転するという違いはあるが、人間が運転しているということは共通している。だが、近い将来にその状況は大きく変わる可能性がある。というのも、現在自動車メーカーは本格的なMaaS社会を見据えて、ロボットドライバー、すなわちAIが運転する自動運転車の開発を続けているからだ。

将来的な完全自動運転に向けてトヨタでも開発が進められている、写真は技術開発用のプロトタイプで、フロントや屋根の上に車両の周囲の状況を調べるセンサーが搭載されている
将来的な完全自動運転に向けてトヨタでも開発が進められている、写真は技術開発用のプロトタイプで、フロントや屋根の上に車両の周囲の状況を調べるセンサーが搭載されている

完全な自動運転とライドシェアが組み合わさることで、交通社会は劇的に変わる

将来的にはMaaSと自動運転車が繋がることで交通インフラが大きく変化する
将来的にはMaaSと自動運転車が繋がることで交通インフラが大きく変化する

完全な自動運転が実現すると、自動車からは運転席がなくなり、乗客のシートのみが用意されることになる。乗客はスマートフォンなどを操作して呼び出すと、街中を空車で走っている車両がその指定の場所まで自動車が自動で運転されて到着する。乗客はそれに乗ると、あとはスマートフォンを眺めていようが、車の中で仕事の電話をしていようが、ただ乗っているだけで目的地に到着することができる。自動運転車にはタクシーやライドシェアと異なり、ドライバーは乗っていないので、コストを大きく削減することが可能になり、タクシーよりもさらに低価格とされるライドシェアよりも低コストで利用できる可能性が高い。

運転手も不要の自動運転車なら車内でテレビを見たり仕事をしたりもできる
運転手も不要の自動運転車なら車内でテレビを見たり仕事をしたりもできる

このように、ITのインフラと自動運転という新しいテクノロジーに支えられたMaaS社会では、従来の公共交通機関の世界とは大きく異なる社会になる。都心であれば、従来のように時間通り運行されているバスはもう待たなくても良いし、車両を呼ぶのにタクシーを待つ必要はない。空いている車両を呼ぶには、スマートフォンに音声でどこからどこまで行きたいと呼びかけるだけでよい。すると、どこからともなく車両が現われてそのドアが開く、しかも車内では家で見ていた映画の続きを見るといった有益な時間の使い方ができる……そんな映画やアニメの中にしかない、遠い未来の話だと思っていた交通社会が近未来に実現するのだ。また、地方では高齢化社会到来に対応する新しい交通インフラとしても機能するだろう。お年寄りが専用の機器に行きたいところを言うだけで、どこからともなく自動運転のタクシーが現われて、それに乗るだけで買い物に行ける……そうした高齢化、過疎化が進む地方であってもお年寄りが行きたいところに行ける、そうした理想の交通社会が実現する。

もちろん、そうした世界が一足跳びに実現する訳ではない。そうした夢のようなMaaSによる交通社会が実現するには道路というインフラを含めた進化が必要になるし、自動運転を実現するには現在はドライバーが運転していることを前提にしている道路交通法をどのように改正していくのかなど政治による取り組みも大事になる。既に各国で取り組みが進んでおり、例えばフィンランドの首都ヘルシンキで行なわれているWhimでは定額料金ないしは都度料金を払うことで、都市の交通システム(電車、バス、タクシー、自転車シェアなど)が自由に乗り放題となるサービス。今後世界の各都市などでそうした取り組みが拡大していくとみられている。

そうしたMaaSの実現のために、UberやDiDi、GrabといったITベンチャーが話題として取り上げられることが多いが、無論自動車メーカーとて手をこまねいている訳ではなく、自動車メーカー自身がIT企業になるようなITへの投資をどのメーカーも増やし続けている。MaaS社会が実現すれば、自動車の私有という概念がなくなる可能性も高く、自動車メーカーにとってもMaaSによる新しい交通社会の到来に備えることは生き残りを賭けた取り組みになる。今後10年は、インフラや道路行政を司る各国政府、自動車メーカー、ITベンチャー、そしてGoogleやAppleといった老舗のIT企業も含めて、官民それぞれでMaaSの主導権を巡る争いが激しくなっていくのではないだろうか。

[ガズー編集部]