【試乗記】トヨタ・ヤリス クロス ハイブリッドZ(FF/CVT)

  • トヨタ・ヤリス クロス ハイブリッドZ(FF/CVT)

    トヨタ・ヤリス クロス ハイブリッドZ(FF/CVT)

大変革への試金石

激戦のコンパクトSUV市場にあって、圧倒的な売れ行きを見せている「トヨタ・ヤリス クロス」。ライバルに対する、この新型車のアドバンテージとは何か? 装備充実のハイブリッドモデルに試乗して選ばれる理由を探った。

売れる要素の集合体

やたらと評判がいい。ヤリス クロスのことだ。ほぼ絶賛するような試乗記が多く、一部に批判的な記述があっても全体としては褒めている。そうなるとアラ探しをしようというへそ曲がり根性が生まれるのだが、悔しいことに弱点が見つからなかった。売れる要素だらけなのである。市場からも好意的に受け止められているようだ。車名別販売台数を見ると「ヤリス」は2020年2月の発売以来コンスタントに月間1万台以上を売り上げていたが、同年9月にはいきなり2万台超え。8月31日に発売されたヤリス クロスの販売台数が加算されるようになったからだろう。

待望のモデルだったことは間違いない。コンパクトカーとSUVという売れ筋の合体なのだ。2019年に発売された「ダイハツ・ロッキー」「トヨタ・ライズ」も好調を維持している。両モデルは、ダイハツの新世代クルマづくりコンセプトDNGAに基づいて開発され、5ナンバーサイズを守りつつ十分な室内と荷室を確保しながら都会的なSUVに仕上がっていた。小さいサイズで流行のスタイルを持つ実用的なクルマが求められていたのである。

ヤリス クロスはロッキー/ライズよりひと回り大きい。5ナンバーのヤリスと同じプラットフォームを使っているが、全長で240mm、全幅で70mm上回る3ナンバー車なのだ。SUVらしい堂々とした体格で、数字以上に大きく感じられる。「C-HR」より少し小さいが、立派さでは引けを取らない。フォルクスワーゲンの「Tロック」と「Tクロス」、「日産キックス」あたりが同等のサイズで、ライバルとなるはずだ。

コンパクトSUVは激戦区なのだが、ヤリス クロスにははっきりとした優位点がある。価格だ。ガソリン車の最廉価モデルは180万円を切っていて、ロッキー/ライズとあまり変わらない。今回の試乗車はハイブリッドの最上級グレードだが、それでも258万4000円。競合車は厳しい戦いを強いられる。

万人向けなカタチがポイント

撮影しながら、カメラマンK氏がつぶやいた。

「ヤリス クロスって、お笑い芸人みたいな名前ですね」

確かに、吉本の養成所にそんな若手漫才コンビがいそうな気がする。しかし、名前の響きとは裏腹に、ルックスは至って端正だ。そもそも、ヤリスという名はギリシャ神話の女神が元になっている。

フロントグリルのデザインは、コンパクトカーのヤリスとは別物である。愛嬌(あいきょう)や親しみやすさは追求していない。ファニーな印象を排したシンプルな造形だ。高い位置にあるリアコンビネーションランプは水平基調でクールさを醸し出している。むやみに要素を増やしてインパクトを狙うような振る舞いがないので、万人に受け入れられるはずだ。トヨタデザインはディテールに富んだ複雑で華やかな造形を目指していた時期があったが、方針転換したのではないか。歓迎すべきだと思う。

全体的にミニマルで雑みのないデザインだが、ちょっとしたSUV的な演出もある。角張ったホイールアーチで力感を表現して野性味をプラス。フェンダーを張り出させているが、過剰感がなくナチュラルだ。ポップな雰囲気もミックスされている。リアハッチを寝かせてトレンドのクーペ的なフォルムも取り入れた。それでいて390リッターの荷室容量を確保しており、実用性に支障はない。

インテリアは少し印象が異なる。エクステリアほどの洗練は感じられなかった。特にドアトリムの素材は好悪が分かれてもおかしくない。フェルトのような感触は温かみを感じさせるともいえるが、エクステリアとは方向性が違うような気がする。ダッシュボードのデザインはいかにも乗用車然としていて、SUVの特別感が見えないのはちょっともったいない。

あまりのおもてなしにビックリ

運転席に座ってシートを調整しようとして戸惑った。前方にレバーがないのだ。まさかと思って側面を探ったら、電動スイッチが備わっていた。このクラスだとシート調整は手動が普通なので驚いたのだ。少し前に逆の経験をした。試乗車より200万円ほど高価なコンパクトSUVのシートが手動調整だったのだ。電動でも手動でも機能は同じだが、ドライバーの気分は変わる。

ただ、動かすときにビックリするほど大きな音がする。コストダウンのためにモーターを1個にして、複雑な機構で動作させているそうだ。お金をかけずに知恵を使う。涙ぐましい努力である。試乗車のグレードにはシートヒーターが標準で、ステアリングヒーターがオプションで装備されていた。さらに、ジェスチャーコントロールの電動リアハッチも。トヨタ伝統のおもてなしが充実していて、厚遇されていると感じるのは気持ちのいいものだ。

着座位置が高く、前方視界は良好だ。SUVが支持されている理由のひとつである。この感覚を覚えてしまうと、コンパクトカーやセダンに戻れないのだろう。ボディーが大きいのだから車重が増えるわけだが、ヤリスからの増加はそれほど大きくない。試乗車は1.2tほどで、鈍重な感じはなかった。ヤリス クロスに与えられるエンジンは3気筒1.5リッターの1種類のみ。ハイブリッドモデルにはモーターも加わるが、システム出力はガソリン車よりわずかに劣る。しかし、動力性能に不満は感じなかった。元気に走っても、燃費はなかなか20km/リッターを下回らない。

コンパクトで視界がいいから、街乗りで実用性の高さを見せる。日常で使いやすいのに加え、遠出するのも得意分野だ。先進安全機能の「Toyota Safety Sense」はほぼ全グレードで標準装備となっている。ACC(アダプティブクルーズコントロール)はたまに車線を見失うが、出来は悪くなかった。山道でも軽やかな身のこなしを見せる。特にスポーティーな走りではないけれど、家族と一緒のドライブには向いているだろう。

オートパーキングも秀逸

試乗車にはオプションで「トヨタチームメイト アドバンストパーク」が装備されていた。いわゆるオートパーキングである。何度も痛い目に遭ってきたのであまり期待せずに試してみたが、実に秀逸な出来だった。駐車スペースを見つけるのが素早いのがありがたい。いつまでも探し続けてシステムが始動しないクルマが多いのだ。

シフト操作は手動だが、直感的な操作で確実に枠の中に駐車することができる。ダイハツの「スマートパノラマパーキングアシスト」に似ているが、より簡単だった。すべてが自動の「日産リーフ」にはかなわないが、実用になるレベルである。自動駐車をうたいながら何度も切り替えしたあげく“極道止め”になってしまうクルマは猛省してほしい。

SUVが主流になりつつある中で、トヨタはバリエーションを拡大している。「ハリアー」と「RAV4」でミドルサイズをカバーした上で、コンパクトでも万全の態勢を整えた。ヤリス クロスはボリュームゾーンに向けて投じられたモデルで、コンパクトカーのヤリスより存在感を強めていく可能性が高い。2020年7月にはタイで「カローラ クロス」が発売されており、トヨタはSUVのフルラインナップ化を進めているように見える。

2020年11月11日には中日新聞が衝撃的な記事を掲載した。「クラウン」がセダンからSUVに移行するというのである。真相は不明だが、2年前に兆しがあった。15代目クラウンの開発者インタビューで、チーフエンジニア秋山 晃氏は「本当はクラウンというブランドの中にいろいろな車体形状があってもいいんですよ。クラウンのSUVとかミニバンとかね」と話していた。デザイナーの國重 健氏に可能かと尋ねると「できると思います。今、頭の中でモーフィングができました」と答えたのだ。ヤリス クロスは試金石である。快進撃を続ければ、トヨタのSUV路線が加速するのを止めることができなくなるかもしれない。

(文=鈴木真人/写真=郡大二郎/編集=関 顕也)

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