【試乗記】トヨタGRヤリスRS(FF/CVT)
小さな横綱
驚異のぜいたく仕立て
また、RZは競技のために駆動方式が4WD化されたが、RSはFWD(前輪駆動)のままである。トランスミッションも3ペダル式の6段MTではなく、オートマ免許でも乗れるCVT。ただし、10段(!)のシーケンシャルシフトが可能で、そのためのパドルまで備わる。
ご存じのように、GRヤリスは、トヨタ(TOYOTA GAZOO Racing WRT)がWRC(世界ラリー選手権)に投入するWRカーのためのホモロゲーションモデルだ。……いや、だった。残念ながらGRヤリスの元ネタとなったWRカーは、新型コロナウイルスまん延の影響で、2021年度のファクトリーマシンとしての活躍はかなわなかった。だがスペシャルボディーのGRヤリスは、そのままトヨタのカタログモデルとしてラインナップされた。トラは死しても毛皮を残すのだ。
言うまでもなくGRヤリスの本気度は高い。ボディー用構造接着剤を多用し、スポット溶接の打点を増やして、ボディーの剛性アップを果たし、さらにボンネット、左右ドア、リアゲートはアルミ化され、ルーフはなんとカーボンファイバー製! 専用の生産施設まで用意される厚遇ぶりである。
それでいて、価格はRZが396万円(“ハイパフォーマンス”バージョンは456万円)。RSは265万円。よもや「ノーマルヤリスなら139万5000円から買えるのに」と、口をとがらす人はいまい。自動車産業に詳しい人ほど、口をあんぐりと開けるはずだ。
あのドイツ車を思い出す
いざ走り始めると、感覚が鈍いことでは人後に落ちないドライバー(←ワタシです)でも、このスペシャルヤリスのボディー剛性が異例に高いことが、すぐに理解される。225/40R18の薄いタイヤを履き、前後ともトレッドを広げられた足まわりは、RZとチューンを変えているとはいえ相応に硬く、路面への当たりは強めだ。それでいて、舗装が荒れている場所で明確なのだが、路面からの入力を頑強なフロアが苦もなくはね返すさまが頼もしい。情報はしっかり伝わるけれど、突き上げの切っ先はあえなく丸められてしまう。この感じ、「何かに似ている」と考えていて、思いついた。「ポルシェだ!」……というのは、褒め過ぎでしょうか!?
2ペダルのGRヤリスに注目している人にとって、最も気になるのがCVTのフィールだろう。条件によってはエンジン回転数と実際の加速がシンクロしないCVTは、スムーズさと高効率が得られる一方、スポーツモデルのよさをスポイルすることが多いトランスミッションだからだ。
ノーマルのヤリスからして、そんなクルマ好きの懸念を考慮してか、わざわざ新しいCVTに「ダイレクトシフトCVT」と名づけて、ダイレクトなシフトをアピールしている。具体的には、発進用のギアを設けて、プーリー間のギア比のワイド化と、低速時の違和感排除を狙う。
実際、日常使いの範囲では、「トルクコンバーター式ATですよ」と言われてもわからないほどの、ナチュラルなオートマ具合。不自然さのない加速感だ。ただし、強い加速が欲しいときにスロットルペダルを踏み込むと、さすがにエンジン音が先に高まって車速が後から追いついていく、いわゆる“ラバーフィール”が顔を出す。でもそれは、120PSという相対的に限られたアウトプットを全面的に生かすためには仕方ないことだ。
CVTとペアを組む1.5リッター「ダイナミックフォース」エンジンは、自然吸気ユニットらしく素直にパワーを発生させる嫌みのないユニットだが、このクルマの場合むしろ脇役である。GRヤリスRSは、どうしたって“シャシーのほうが速い”、ちょっと珍しいホットハッチなのだ。
峠も高速もイケる
最新のモデルらしく、積極的にレーンをキープしつつ一定の距離を保って前走車に追従する高機能のクルージングコントロールを備えるが、順調な交通状況下では、クルマ任せにするのがもったいないほどのスタビリティーの高さ。砂煙を巻き上げてラリーフィールドを疾走する姿を夢見ながら、しかしRSオーナーが最も恩恵を被るのは、ハイウェイを使った長距離ドライブかもしれない。
前述の通り、ヤリスRSのCVTは、疑似的に10段のギアが切られるマニュアルモードが設けられる。マニュアルといっても、負荷が一定の範囲を超えると自動でシフトされる設定で、試しにしかるべき道で全力加速を敢行すると、タコメーターの針が7000rpm付近に至るたび、スパーン! スパーン! と勝手にギアがチェンジされ、都度、5000rpmを超えたあたりに針が落ちて、さらに速度を増していく。見事な演出だ。普段はできるだけ目立たないようシームレスにシフトして、ご主人さまがスポーツしたいときには自在にギア比を変えられる特性を逆手に取って、あたかもギアが切られているかのように振る舞うわけだ。
ちなみに、トップギアで100km/h巡航すると、エンジン回転数はわずかに2200rpm前後。さすがにこの回転数を維持するのは厳しいらしく、すぐに9速2400rpmに落ちてしまう。「10速はいわゆる“燃費ギア”だな」とさかしらに頭の中でメモを取っていて、笑ってしまった。無意味な分析だ。RSのマニュアルモードはあくまでおもてなし装備だから、運転者が手動でのギアチェンジに興味を失えば、RSはすぐに無段階のシフトプログラムに沿った走行に回帰する。わざわざ人為的な10段に拘泥する必要はないのだ。
安定性が高過ぎて
とはいえ、やはりここでも圧倒的にシャシーが勝っている。いかにも安定感の強いハンドリングで、パタパタとパドルをイジる運転者の努力をよそに、ワイドトレッドのスペシャルヤリスは揺るぎなくカーブをこなしていく。小兵ながら横綱相撲だ。それでも「鈍」な感じがしないのは、路面をなめるようにキレイに動くサスペンションと、アスファルトに切れ込みを入れるかのごとくシャープなステアリングのおかげだろう。
GRヤリスRSは車重1140kg(予防安全パッケージ装着車)に最高出力120PS。例えば「プジョー208」などは1160kgに100PSだけれど、ハッピーなハンドリングで、はっちゃけた楽しさがある。「WRC由来のGRヤリスは、時にリアタイヤをスライドさせてはしゃぐような底の浅い楽しませ方はしない」とドヤ顔で論じたいところだが、スイマセン、底の浅いドライバーとしては、あまり面白くありませんでした。都市部、高速道路、そして山岳路と試乗して、結局、頼りがいのある腰下ばかりが記憶に残る結果となった。
ターボルックといえば、本家はもちろん「ポルシェ911」である。バブル期前後のいわゆる964型で人気を博した形態で、「ターボモデルと同等のぜいたくな足まわりを持つ“通”向けの911」と評するポルシェフリークもいたけれど、実際のところ、繁華街や目抜き通りでグラマラスなリアビューを見せびらかすのがメインな使われ方だった、ような気がする。わかりやすく派手でしたから。
トヨタGRヤリスRSも、オーバークオリティーなシャシー性能を引き出そうと力むより、例えばレストランやカフェの前に止めて、膨らんだリアフェンダーを眺めながら「WRカーの悲劇」を語り合ったりすると楽しいと思う。隠しきれない野性味があって、飾り映えしそう。なろうことなら、せっかくボディーを強化して専用の生産設備もあるのだから、ポルシェのひそみに倣って、カーボンルーフをソフトトップ化したオープンGRヤリスも出したら……というのは、さすがに無理ですね。
(文=青木禎之/写真=郡大二郎/編集=関 顕也)
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