幾多の苦難を乗り越えたマツダのスピリット、ロータリーエンジン『13B』・・・記憶に残る名エンジン
2023年6月22、マツダは欧州向けに『MAZDA MX-30 e-SKYACTIV R-EV』の量産を開始したことを発表した。
これは欧州WLTPモードで85kmのEV走行距離を備え、搭載されるロータリーエンジンによる発電で航続距離を延ばし、走行の全てをモーターで駆動するマツダ独自のプラグインハイブリッドモデルになる。
RX-8が2012年6月に生産終了となって以来、約11年ぶりに復活したロータリーエンジン。今回はマツダのロータリー史を振り返りながら、ロータリーエンジンの中でも特に伝説的な存在である『13B型』をフィーチャーしていこう。
目次
広島の技術者たちが意地で開発したロータリーエンジン
2代目サバンナRX-7で花開いた13B
13Bをベースに開発したエンジンがル・マン総合優勝
13Bが実現した美しさ。FD3S
FD3S以降も続く、ロータリーエンジンの夢
広島の技術者たちが意地で開発したロータリーエンジン
おにぎり型のローターがエンジンの中で回転することで動力を得るロータリーエンジンは、1957年に西ドイツのヴァンケル社とNSU社が試作エンジンを開発。シンプルな構造で、小型・軽量・高出力・高い静粛性をあわせ持つロータリーエンジンは “夢のエンジン”として注目された。
マツダは「会社が生き残るためには独自の技術が必要だ」と考え、他社に先駆けて、ロータリーエンジンに注目。開発技術を学ぶためにNSU社に技術者を派遣した。当時の東洋工業(マツダ)は乗用車メーカーとしての基盤を早急に固める必要に迫られていて、ロータリーエンジンという夢のエンジンに会社の未来を賭けたのだ。
だが開発にあたり大きな障害となったのが、ロータリーエンジンの特性から発生するチャターマークで、“悪魔の爪痕”と呼ばれた。
ロータリーエンジンは内部の気密性を確保するために、おにぎり型をしたローターの3つの頂点にアペックスシールを取り付ける必要がある。ところがローターが回転するとアペックスシールがローターハウジングの内側を傷つけ、数時間で内部がギザギザになってしまう。マツダは47人の技術者でチームをつくり、チャターマークの克服に挑んだ。
チャターマークの克服は困難を極めたが、1963年にアペックスシールの形状変更で克服。さらにアルミとカーボンを使った複合材のアペックスシールを開発して、ロータリーエンジン実用化への道を開いた。
この挑戦はNHKが2004年に『プロジェクトX 挑戦者たち』でも取り上げられるほど、熱きストーリーがあった。
そして1967年、2ローター・ロータリーエンジンを搭載したコスモスポーツが発表されたのだ。1968年にはコスモスポーツに搭載したエンジンのデチューン版を搭載したファミリアが発売された。
世界初のロータリーエンジンを搭載した量産車を発表したマツダだが、苦難は続く。それが環境問題だ。深刻な社会問題となっていた公害対策として、アメリカは『大気浄化法改正法』(マスキー法)を可決。
この法律をクリアするのは不可能とも言われたが、ホンダは1972年に発表したCVCCエンジンでマスキー法をクリア。そしてマツダは炭化水素に空気を加えて再燃焼させるサーマルリアクター方式で1973年にマスキー法をクリア。このエンジンを搭載したルーチェAPが発売された。
翌年には第一次オイルショックが勃発。ロータリーエンジンはレシプロエンジンに比べて燃費性能が劣るという弱点があったため、オイルショックは大打撃となった。マツダは燃費性能を40%改善するための『フェニックス計画』を打ち立て、なんと目標値を上回る50%強の燃費改善を果たした。
2代目サバンナRX-7で花開いた13B
1978年に登場した初代サバンナRX-7(SA22C)は、1983年のマイナーチェンジでルーチェ/コスモが世界初搭載した12A型ターボ搭載車を追加。最高出力165psを発揮した。
その後継であり名機と名高い13B型ロータリーエンジンは、1973年12月に登場したルーチェ グランツーリスモに初搭載された。このエンジンは12A型のローターハウジング幅を10mm拡大して総排気量を1308ccにしたもので、“13”は排気量、“B”はA型に続く2番目に開発されたエンジンであることを表している。
そんな13B型ロータリーエンジンの注目度が一気に高まったのは、1985年9月にデビューした2代目サバンナRX-7(FC3S)に搭載されたことだろう。FC3Sは単室容積654 cc×2の13B-T型ロータリーターボエンジンを搭載した。その最高出力は185ps、最大トルクは25.0kg-mに達した。
スタイリング面でもか細いイメージのあった初代から一変して、FC3Sはマッシブなデザインとなった。足回りなども初代から大きく進化し、世界で戦えるモデルへと生まれ変わった。
当時の日本はバブル景気によって活気のあった時代。クルマ好きの若者たちも長期ローンを組んで、このスーパースポーツカーを手に入れた。
FC3Sが登場したとき、筆者はまだ運転免許を取得できる年齢ではなかったが、先輩でFC3Sを手に入れた人が何人かいたのを記憶している。そしてこの時代はチューニング雑誌の全盛期。雑誌に掲載される最高速チャレンジを食い入るように見ていたのを思い出す。
FC3Sは1989年3月のマイナーチェンジでツインスクロールターボの採用や圧縮比の変更により、最高出力が205psにアップ。また、FC3Sはスポーツ性を極めた特別仕様車のアンフィニの人気が高かったが、1990年6月に登場した4thバージョンでは最高出力が215psにまで高められた。
1989年はレースに勝つために開発された日産 スカイラインGT-Rが登場した年。最強の名をほしいままにしたGT-RにマツダはRX-7アンフィニで対抗。当時のスポーツカーファンもGT-R派、RX-7派、スープラ派が口々にその性能を語り合い、ストリートでもバトルが繰り広げられた。
13Bをベースに開発したエンジンがル・マン総合優勝
1991年のル・マン24時間レース。マツダはこの舞台でロータリーエンジンの真価を世界に知らしめた。13B型と同サイズ・同形状のローターハウジングやローターを使った4ローターロータリーエンジン“R26B型”を搭載したマツダ787B。マツダはル・マンに2台の787Bと1台の787を送り込んだ。上位のチームがマシントラブルでリタイヤする中、787B 55号車は順調に周回を重ね、悲願の初優勝を果たした。
その後、55号車は何度かイベントでデモ走行。多くのファンが787Bの勇姿に熱い声援を送っていた。
13Bが実現した美しさ。FD3S
787Bがル・マンで初優勝した年の12月、サバンナRX-7は3代目(FD3S型)にフルモデルチェンジした。このモデルから“サバンナ”がなくなり、また当時のマツダは販売の多チャンネル化を進めていて、RX-7はアンフィニ店扱いに。そのため、3代目はアンフィニRX-7という名称で販売された。
その姿を見たとき、あまりの美しさに驚いた人も多かっただろう。豊かな曲線で構成されたボディライン、低く構えたフロントに配置されるリトラクタブルヘッドライト、リアウインドウをはじめ曲面を多用したボディ内に配置されるブラックアウトしたテールライト。どの角度から見ても優雅で、ため息が出るほどだった。
デビュー時のキャッチコピーは“ザ・スポーツカー”。オープンカフェでくつろぐ人たちが石畳を走るFD3Sを目で追う。当時、同じように歩道から目で追った人も多かっただろう。この美しいデザインを可能にしたのが、13Bなのは言うまでもない。
一方、インテリアは非常にタイトで、ちょっとした小物を置く場所すらない。運転することに徹した、まさにコックピットというストイックな雰囲気だった。
FD3Sに搭載されたロータリーエンジン『13B-REW』は、低速では1基、高速では2基のターボを使うシーケンシャル・ツインターボを搭載。最高出力は一気に255psにまで高められた。
しかし当時は各社がハイパワーバトルを繰り広げていて、日産 スカイラインGT-Rやトヨタ スープラは280psに達していた。それを考えると255psという数字はやや見劣りするように感じるかもしれない。
しかしFD3Sは徹底した軽量化により4.9kg/psというパワーウェイトレシオを達成。400psオーバーが珍しくなくなった現代では驚くほどではないが、当時は驚異的な数値だった。
FD3Sは1996年1月に登場した中期型でMT車の最高出力が265psに高められ、1999年1月に登場した後期型で、MT車の最高出力がついに280psに達した。
FD3S以降も続く、ロータリーエンジンの夢
2002年8月、FD3Sは平成12年排出ガス規制により生産が終了。2002年4月には最後の限定車となる『スピリットR』が発売された。マツダのロータリースピリットとそれを支える装備が盛り込まれたこの限定車は、中古車市場で今なお高値で取引されている。
RX-7の生産終了により、一時ロータリーエンジンは途絶えたが、2003年4月に『13B-MSP型』(RENESIS)を搭載したRX-8がデビューした。そのRX-8も2012年6月に生産終了となったことで、ついにロータリーエンジンを搭載した量産車はなくなった。
しかしマツダはロータリーエンジンの研究・開発を継続していくことを発表していた。2015年の東京モーターショーでは次世代ロータリーエンジン『SKYACTIV-R』を搭載するコンセプトカー『MAZDA RX-VISON』を公開している。
そして冒頭でも触れたように、『MAZDA MX-30 e-SKYACTIV R-EV』により復活したロータリーエンジン。いつかまたロータリーエンジンを搭載し、多くの人を熱狂させる美しいスポーツモデルが登場することを期待したい。
(文/高橋 満<BRIDGE MAN>)
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