50年前に放映された「帰ってきたウルトラマン」の劇用車とは33年の付き合い。マツダ コスモスポーツ(L10B型)
劇用車としてスクリーンやテレビの向こうで活躍していたクルマを自らの愛車にする。
オーナーにとってはコレクションの一部であり、個人で、あるいは共通の趣味を持つ仲間たちと作品の世界に浸ることができるぜいたくなオモチャ…かもしれない。
栄光のル・マンや007シリーズなど、国内外の映画はもちろんのこと、西部警察やあぶない刑事などの刑事モノ、ウルトラマンや仮面ライダーなどの特撮系、国内外のアニメ作品…などなど。劇用車の存在がオーナーの人生を変えてしまったケースを、これまで何度か取材させていただいた。
今回、取材させていただいたオーナーはそのなかでも極めつけといってもいいかもしれない。コスモスポーツのオーナーはもう1台の愛車を所有しており、3年前に取材させていただいたことがある。それがこちらのクルマだ。
ウルトラセブン放送開始から51年!ポインター号(TDF PO-1型)はいつの時代も未来を感じさせるメカだ。
オーナーが所有するコスモスポーツとポインター号には共通のキーワードがある。40代以上の方であればピンとくるかもしれない。
そう「ウルトラマン」だ。
さらに今年はコスモスポーツが劇用車として活躍した「帰ってきたウルトラマン」の放映からちょうど50年目にあたる。
オーナー曰く、実はポインター号よりも先にこのコスモスポーツを手に入れたのだという。今から33年前。昭和から平成に変わった年に購入して以来、ずっとオーナーの手元にあるクルマであり、2台目のコスモスポーツなのだという。
ポインター号に引き続き、今回はコスモスポーツやウルトラマンシリーズへの想い入れをじっくりと語っていただいた。
「このクルマは1970年式マツダ コスモスポーツ(L10B型/以下、コスモスポーツ)です。手に入れたのは33年前です。今、58歳なので、その当時は25歳だったわけですね(笑)。この個体は2台目のコスモスポーツなのですが、現在の走行距離はメーターが一回りしているので、10万キロを超えていると思います。私が所有してから乗った距離は3万キロくらいです」
「走るというより、飛ぶ感じ」。
このクルマが発売された当時に添えられていたキャッチコピーである。
コスモスポーツは、世界初の「ロータリーエンジン」を搭載した量産車として登場。内壁に傷が発生するロータリー特有の欠陥「チャターマーク」を、高強度カーボンにアルミを浸透させてより強度を持たせた「アペックスシール」で克服、量産化を実現させた。
先日、NHK BSにて、プロジェクトX 4Kリストア版「ロータリー47士の闘い 夢のエンジン開発」がオンエアされ、多くのクルマ好きが胸を熱くしたに違いない。
オーナーの個体は1968年にマイナーチェンジされた後期型だ。ボディサイズは全長×全幅×全高:4140x1595x1165mm。総排気量491cc(×2)の「L10B型ロータリーエンジン」は最高出力128馬力を誇る。帰ってきたウルトラマンの劇用車として活躍した「マットビハイクル号」のベース車両でもある。
平成元年に手に入れたというコスモスポーツ。その動機にもウルトラマンが大きく関係しているようだ。
「学生時代からポインター号を造ってみたいという想いはありました。1度だけ、イベント会場近くのホテルの駐車場にレプリカのポインター号が停まっていたのを発見したときは感激しましたね。当時はインターネットがない時代。簡単にオーナーの情報が入手できません」
「そんなある日、書店で“ウルトラマン大全集”という雑誌を見つけ、マットビハイクル号が紹介されていました。これで俄然マットビハイクル号(コスモスポーツ)に興味が湧いてきたんです。その後、立ち寄った模型店でマットビハイクル号のプラモデルを発見。立体的に劇用車が再現されている貴重な資料でもあり、これが決め手となって1台目のコスモスポーツ探しをはじめることとなります」
「こうして手に入れたコスモスポーツをマットビハイクル号仕様にカスタマイズしてイベントに参加したんです。そこで声を掛けてくださった方こそ、以前、お見掛けして以来詳細不明だったポインター号のオーナーさんだったんですね。このときの出会いがクライスラー インペリアルをベースにしたポインター号を製作するきっかけになるのですから、人生何が起こるか分かりません」
オーナーにとって、人生の転機となったといえる1台目のコスモスポーツ。しかしこの個体とはほどなくして別れることとなってしまった。
「最初に手に入れたコスモスポーツはコンディションが今ひとつで、車検を通過するにはかなりの費用が掛かることが判明しました。ちょうど転職の時期と重なり、さらに資金難だったこともあり、このコスモスポーツは泣く泣く手放しました」
「その後、もういちどコスモスポーツに乗りたいという想いが再燃し、中古車雑誌でワンオーナー車の個体を発見。実車を確認することなく、頭金ゼロ・60回ローンで購入してしまったのが現在の愛車です」
「さらに、2台目のコスモスポーツのローンを支払っている最中にポインター号の製作に取り掛かることになるのですが…。当時は独身でひとり暮らしだったのですが、毎日が“カツカツ”でした。500g入り⼀⼝チョコレート袋からチョコを数粒と、コーンスープの粉が晩ご飯なんてこともありました。あとは仕事関係の方に夕飯をご馳走になったこともありましたね(苦笑)」
愛車を維持するために安アパートに住んだり、食事を切り詰めたり…。オーナーと同世代の方であれば、そんな経験を懐かしむ人がいるかもしれない。
「いくらワンオーナー車とはいえ、コスモスポーツを手に入れた時点で20年落ちの旧車を所有したことを意味します。当然、あちこち壊れるわけですね。出先で立ち往生するたびにJAFにお世話になり、隊員の方が修理する様子を隣で見てトラブル発生時の対処方法を少しずつ身につけていきました」
「私自身、クルマ好きというよりは特撮マニアに属するタイプ。予備知識もなければ壊れることが当たり前という環境からスタートしているので、そもそも維持していくことが大変だという自覚がなかったことがかえって良かったのかもしれません(笑)」
オーナーにとって、クルマの性能云々や快適性は二の次。好きな作品の世界に入り込めて、自身を投影できることに価値を見いだしているのだろう。つまりオーナーにとって「コスモスポーツ=マットビハイクル号」なのだ。
何しろ、多くのコスモスポーツのオーナーとは手に入れた動機が異なるだけに、このクルマで出掛ける動機付けもオーナーならではのエピソードを伺うことができた。
「例えばコスモスポーツに乗って箱根まで走りに行こうとか、ちょっと気分転換に近所をドライブしようという感覚はないんですね。乗ればそれなりに楽しい反面、運転していると疲れるクルマだし、出掛けるためのさらなる動機づけが欲しいんです。それが私の場合、イベントに参加したり、帰ってきたウルトラマンのロケ地巡りだったんです」
そして、この件についてもそろそろ触れておかねばなるまい。既にお気づきの方も多いと思うが、オーナーのコスモスポーツには1本の赤いラインがある。マットビハイクル号のカラーリングとは異なることを不思議に感じた方も多いだろう。
「そうなんです。このラインはエヴァンゲリオンの劇中仕様でして。庵野秀明監督は1983年に『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』という自主制作映画を手掛けているほどの特撮マニアなんです」
「ポインター号がきっかけで繋がった友⼈が作品に参加していたことがご縁となり、庵野監督が直々に取材に来られまして、ありとあらゆる角度からコスモスポーツのディテールをチェックされていました。気になる箇所をすべてご自身の眼で確認しないと気が済まない方のようですね。その探究心やこだわりが庵野監督の作品づくりや世界観に反映されているのかもしれません」
コスモスポーツ(マットビハイクル号)は1970年式、クライスラー インペリアル(ポインター号)も1957年式。両車ともにまぎれもない「クラシックカー」であり、どちらも実用的とは言いがたい。正直「もういいや」と思ったことはなかったのだろうか。
「このコスモスポーツに関していうと、エンジンを掛けるときは宇宙戦艦ヤマトの波動砲を撃つときみたいな感じで、全エネルギーをスタートすることに集中させないとダメなんです。それだけに、路上でエンストすると大変です(笑)」
「世間のイメージって、ロータリーエンジンって燃費が悪いと思っている方が多いと思うんです。私の乗り方だと街乗りでリッター8〜9km/L走りますよ。あと、高回転までエンジンを回してナンボだと思われがちですが、私はそこまで回転数をあげて走りません」
「それと、まわりの人からはハイオクを勧められるのですが、常々レギュラーガソリンを入れています。以前、主治医のところでエンジンをオーバーホールした際にチェックしてみたらカーボンが溜まっていなかったんです。またエンジンまわりだけでなく、補機類や吸排気系も問題なしとのお墨付きをもらいました。カーマニアの方からは怒られそうですが…」
確かに、ロータリーエンジンというと高回転まで回してナンボというイメージがある。しかし、ファミリーカーのように街中でも淡々とシフトアップする乗り方も、コスモスポーツにとっては許容範囲なのかもしれない。あとは、オーナー自身がていねいに扱っているからこそコンディションを維持できているという側面もありそうだ。
かつてはマットビハイクル号として、現在はエヴァンゲリオンの劇用車仕様になっているコスモスポーツ。それぞれの作品が強烈なインパクトを残してきたからこそ、熱狂的なファンによって語り継がれ、次世代へと受け継がれていく。いち熱狂的なファン(マニアというべきか?)の枠を超え、ウルトラマンシリーズに出演していた俳優陣とも交流があるというオーナー。それだけに、強い思い入れがあるようだ。
「コスモスポーツが劇用車として採用された、帰ってきたウルトラマンが放映されて今年で50年。これまであらゆる当時のロケ地を訪ねてみましたが、その多くが様変わりしてしまいました。出演者やスタッフの方たちが当時の話を語る機会が減りつつあるので、リアルに体験した生の声を後世に伝えていく最後の機会かなと考えています」
ここまで愛されるウルトラマンシリーズ、その魅力とは?
「あのリアルな世界観そのものに憧れたんでしょうね。ウルトラマンというヒーローがいて、それぞれの隊員にもドラマがあって。当時は怪獣と戦うシーンもCGは一切なし。ジオラマだってすべて手作りでしょう。怪獣の攻撃でウルトラマンが倒れてビルが破壊されたり、そこにリアルさを感じていました。当時放映されたシーンを見ると今でもドキドキするほどですから」
毎回緻密なジオラマで街を再現しても、ウルトラマンと怪獣が戦えばあっという間に破壊されてしまう。製作サイドからすれば、掛かる手間と時間、そしてコストを考えれば周辺に何もない開けた場所で戦わせた方がはるかに楽だし安上がりだ。
しかし、ファンとしては物足りなさを感じてしまうのだろう。どこまでこだわるのか、そしてこのギャップをどう埋めるのかが作品の評価を決定づける要因のひとつなのかもしれない。
最後に、今後愛車とどう接していきたいかを伺ってみた。
「何しろ代わりになるクルマがありませんから、乗り換えることはないでしょうね。今の子どもたちって『うぉおおおお!すげー!』といった言葉を発することがないような気がするんです。自分たちが子どもの頃よりあきらかに選択肢は広がっているし、ありとあらゆる分野でものすごく技術が進歩しているのに…です。いろいろなことが便利になりすぎた分、当たり前になってしまい、強烈な体験をする機会が減っているのかもしれません。イベントに参加することで、大人はもちろんのこと、子どもたちにも強烈なインパクトを与えることができたら…と思いますね」
スマートフォンとインターネットが使える環境さえあれば、居ながらにしてありとあらゆる情報が得られるだけでなく、バーチャルな世界で疑似体験が可能となった。オーナーをはじめとする今の大人たちが小さい頃に絵本で見た21世紀がいつの間にか現実となっていたのだ。
その一方で、ウルトラマンシリーズのように時代を超えて当時の少年少女から愛されている作品も存在する。
今の子どもたちが50年後、懐かしいと感じてくれるものをどれだけ残せるのだろうか…。取材を終えてオーナーとコスモスポーツの美しいフォルムを眺めながら談笑しつつ、ふとそんなことを思ったのだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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