東京湾アクアライン その数奇かつ特異な運命・・・歴史で紐解く高速道路
2023年7月22日より、東京湾アクアラインで、時間帯別の変動料金制が試験導入された。
土日祝日の午後1時から午後8時までは、料金を400円上げて1200円に(ETC普通車)。それ以前の午前0時から午後1時までは800円に据え置き、午後8時から午前0時までは200円引き下げて600円にするという内容である。
アクアラインの先にある房総半島は、首都圏の日帰りレジャーの目的地として最適なため、毎週末午後、上り線が激しく渋滞する。時間帯としては、午後2時台から渋滞が始まり、午後5時前後にピークを迎え、午後8時を過ぎると収束するというパターンだ。それを緩和するため、全国初の時間帯別料金制が試験的に導入されたのである。
これに関しては、試験開始前、反対意見も散見された。「抜本的な渋滞対策をせずに、値上げでなんとかしようというのはいかがなものか」といった内容だ。
抜本的な渋滞対策とは、千葉県が具体案の検討を始めた「アクアラインの拡幅」等を指す。
アクアラインは、建設当初から拡幅が可能な設計になっている。橋梁部は橋桁の幅を広げ、トンネル部はもう1本掘るスペースが用意されている。それを活用して拡幅すれば、値上げせずに渋滞を緩和できるのでは、ということだ。
それらの議論を目にして、私は隔世の感を抱かずにはいられなかった。あのアクアラインは、まさかこんなことになるとは。
東京湾アクアラインは、神奈川県川崎市と千葉県木更津市を結ぶ自動車専用道路。1997年に完成した。
構想が持ち上がったのは1960年代。私は小学校低学年の頃、(1970年前後)、学校で視聴した教育テレビ番組で、海底調査が始まっていることを知った。もちろん当時はまだ夢のまた夢物語だった。
着工されたのは、構想から約30年後、バブル経済真っただ中の1989年だった。しかし開通はその8年後となり、日本経済は不況のどん底にあえいでいた。建設費は、当初予定より大きく膨らんで1兆4400億円に達した。
アクアラインは、「東京湾横断道路の建設に関する特別措置法」に基づいて、当時流行りだった「民活」を導入し、日本道路公団と地方公共団体、それに民間からの出資金で「東京湾横断道路株式会社」を設立。政府の債務保証による借入れ金で建設し、完成後に日本道路公団に引き渡された。
つまり単独採算事業であり、日本道路公団の全国プール制には組み入れられなかったため、単独で建設費の償還(借金返済)を行う必要があった。そのため、1兆4400億円の借金を、40年間で返済できるよう、料金が設定された。
当初予定された金額は、「普通車で片道4900円」という、とんでもないものだった。それでは高すぎるとして、亀井静香建設大臣(当時)の鶴の一声で、開通から5年間だけ4000円に割引きすることになったが、これほどべらぼうに高い料金でも、開通当初で1日2万5000台、開通から20年後の2017年には1日6万4000台のクルマが利用するようになるとした日本道路公団の見通しは、想像を絶する空論だった。
1日6万4000台という数字は、現在、大渋滞している日曜日の交通量とほぼ同じか、それ以上である。
つまりこれは、完全な数字合わせだった。まず最大限の交通量を想定し、それに合わせて料金を割り出しただけ。料金をこんなにバカ高くしたら、交通量が想定に届かないという当たり前の理論は完全に無視された。まず建設ありきで、数字はあとから辻褄を合わせしただけだったのである。
結果は悲惨だった。交通量は1日約1万台と、当初予定の5分の2。深夜にはほとんど無人の野と化した。建設省や日本道路公団には、「なぜこんな無駄なものを造ったのか」という批判が殺到した。当時は無駄な公共事業が激しい批判にさらされていたのである。
しかし私は別のことを考えた。この無駄な道路をなんとか活用できないかと。その結果導き出されたのが、「片道1000円への値下げ」だった。
私は、2000年に出版した『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(講談社刊)で、このように記している。
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アクアラインはできてしまった。できてしまった以上、なんとかしなければならない。
使い道はある。料金を1000円にすれば、アクアラインは1日4万台が通るようになる。同時に千葉の湾岸地区の慢性的渋滞が相当解消される。
4万台という数字はあくまで私の推定だが、当たらずとも遠からずだろう。ごく単純に考えても、あの延々たる桁橋とサイバーパンク・ネオ東京感覚を味わえる海底トンネルは、単なる移動空間とは別種の魅力を持っているから、1000円ならば多少遠回りでもわざわざ通ってみたくなる。いわんやアクアラインを通った方が近道になる市原や木更津、館山、外房地域と東京・神奈川とのアクセスは、ほとんどがアクアラインを利用するようになる。その結果、京葉道路と東関東道の通行量は1日2万台、つまり約13%減る。それだけ減れば渋滞は数分の1になる。ちょうど湾岸線神奈川区間の開通によって、横羽線の渋滞が消滅したのに近い状況が生まれるだろう。
しかも、料金を現在の4分の1の1000円にしても、通行量が4倍になれば収入は変わらない。つまりこれは、ほとんど一銭もかけずに京葉道路と東関東道の渋滞を解消する素晴らしい策だ。
料金が1000円になれば、地域活性化にも大きく役立つ。景気浮揚効果もある。現在スカスカの「かずさアカデミアパーク」に進出を決める企業も増えるだろう。
決して造るべきではなかった鬼っ子・アクアラインだが、料金を1000円にすれば、みんなに喜んでもらえて、いいことばかりだ。
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我ながら慧眼だった。料金を4分の1にすれば、アクアラインの交通量は4倍になり、当時激しかった東関道や京葉道路の渋滞が緩和され、房総半島の経済活性化にもつながるという、トリプルウィンが実現すると予言していたのだから。
結果は皆様ご存じの通りだ。現在、料金は当初の5分の1の800円になり、交通量は5倍の1日5万台に増加。東関道や京葉道路は相変わらず渋滞しているが、以前よりは緩和され、房総半島、特に木更津地域にはアウトレットモールやコストコなど大型商業施設が建設され、地価も上昇するなど地域経済活性化を生んだ。
ただ、私は思う。料金5分の1は下げ過ぎだったのではないかと。おかげで週末、とんでもない渋滞が発生するようになった。これが4分の1の1000円だったら、これほどの渋滞にはならなかった……かどうかは不明だが、今回試験導入された時間帯別料金によって、混雑する時間帯の料金を1200円にしたのは、おおむね適切ではないか。実際、日曜日午後の上り渋滞は、損失時間で見ると、導入前に比べておよそ半減している。
26年前の開通当時、ガラガラで悩んでいたアクアラインが、これほど大渋滞するようになるとは。その対策として一種の値上げが行われ、拡幅の要求まで出るとは。これが隔世の感でなくてなんだろう。
ちなみに拡幅に関しては、私は断固反対である。アクアラインは海底トンネル+長大橋梁。建設費も高騰しており、いまそれをやるには1兆円以上かかる。しかも本線を拡幅しただけでは効果はない。ジャンクションの改良や首都高湾岸線の拡幅まで手をつけなければ、結局どこかで詰まってしまう。
渋滞の発生は休日に限られており、それも激しく渋滞するのは数時間だけだ。時間帯別料金制で、渋滞緩和を図るのが理にかなっている。1200円でまだ足りなければ、たとえば1500円にしてみればいい。ほとんど費用をかけずに渋滞を緩和できるのだから、導入してみない手はない。
いずれにせよ、バカ高のガラガラだったのが、いつの間にか安すぎてギュウギュウになり、値上げや拡幅が検討されているのだから、これほど数奇かつ特異な運命を辿った道路は他にない。
(文:清水草一 写真:清水草一、NEXCO東日本)
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