たった9年で完成した“奇跡の”首都高横浜北西線は、最初で最後の奇跡で終わる?・・・歴史で紐解く高速道路
前回取り上げた圏央道南側区間は、1988年に事業化(1995年に都市計画決定)されたが、現在もまだ建設中で、計画から完成まで40年を超えるのがほぼ確実だ。
しかし東京外環道(大泉JCT―東名JCT間)は、もっと苦難の歴史が長い。
1966年 都市計画決定(高架方式)
1970年 地元の猛反対を受け、建設大臣が建設を凍結
1999年 石原慎太郎東京都知事が地下化案を表明
2000年 大深度地下法成立
2007年 都市計画決定(大深度地下方式)
2009年 事業化
2017年 シールドマシン発進
2020年 調布市のシールドマシン直上で陥没事故発生、掘削停止
2022年 東京地裁が工事中止を命令
最初の都市計画決定から、すでに58年の歳月が流れたが、現在も工事はストップしたままで、陥没事故周辺の土地家屋の買収→地盤補修工事が続いている。そもそも裁判所が工事の再開を認めない限り完成はありえないのだから、サグラダ・ファミリア教会の背中すら見えてきそうだ。
着工からわずか9年で開通した首都高横浜北西線
ところが同じ首都圏に、信じられないような早さで開通した高速道路がある。首都高「横浜北西線」だ。
2011年 都市計画決定
2020年 開通
たったの9年。他の路線と比べるとケタはずれの早さで、しかも予定を2年前倒ししての開通だった。これほど早く完成させることができたのは、ルートの決定方式が以前とはまったく異なっていたためだ。
従来、高速道路のルートは、事実上、建設省が地元自治体等と調整のうえ決定していた。途中経過は闇の中で、住民がルートを知るのは計画が決まってから。なぜそこを通ることになったのか、詳しい理由が説明されることもなかった。
東京外環道に関しては、計画を立案した山田正男氏(東京都首都整備局長にして首都高生みの親)が後に、「環状八号線と都道調布保谷線の中間に通すのが適当と判断した」と述懐したが、要は役人がエイヤッとルートを決めたのである。
大きな公園は微妙に避けているが、他に配慮したと思われる施設はない。逆に言えば、「公平を期して何も配慮しないのが配慮」だった。
これが地方の路線になると、政治家が介入して捻じ曲げたとしか思えない不自然なカーブを描く路線も存在する。例を挙げてみよう。
上信越道……当初は国道254号線に沿う計画だったが、「(有力政治家の別荘が多数存在する?)軽井沢を素通りするのはおかしい」という政治圧力により、群馬県下仁田町から北上するルートに変更され、碓井軽井沢ICが建設されたと言われる。
圏央道……茨城県境町付近で5キロほど不自然に北上しているのは、地元政治家の働きかけが大きかったと言われる。
これらは、かつての「我田引鉄」(政治家が鉄道路線を捻じ曲げること)同様、「我田引道」の可能性が濃厚だ。最終決定権は建設省が握っていたから、政治家としては「ここで動かずして自分の存在意義はない」と考えるのが自然でもあった。
このように、高速道路のルートは、住民との話し合いが一切ないまま闇の中で決定されてきたため、しばしば激しい反対運動が起き、完成時期が大幅に遅れることになった。
計画段階から住民を参画させる「PI(パブリック・インボルブメント)」
事情は他の先進国でも同じだった。アメリカでは早くも1960年代から、住民の反対によって公共事業の完成が大幅に遅れたり、計画が縮小される事例が増加し、発想の転換が求められた。
そこで登場したのが、パブリック・インボルブメント(PI:住民参画)という制度だ。計画段階から住民と話し合うことで、公共事業をスムーズに進めることを狙ったものだ。
アメリカでは1991年から導入されて実績を上げた。日本では、2003年に国土交通省が「国土交通省所管の公共事業の構想段階における住民参加手続きガイドライン」を策定。それに沿って初めて建設された高速道路が、横浜北西線なのである。
まず住民側に計画の目的とルートのたたき台を提示し、意見を聞いた上で、具体的な13のルートと構造を再提案。そこから7つに絞り、最終的に1案を選んで都市計画決定に至っている。これまでの高速道路は、まず役人がルートを決め、そこから住民への説明が始まっていたから、順序を逆転させたわけだ。
PIの効果が絶大だった横浜北西線の建設
横浜北西線の場合、住民との話し合いが始まったのは2003年。そこから8年かけてルートが決定された。スタートからゴールまでを合計すると17年かかったわけだが、それでも画期的な短期間。住民が当初から計画に参画したことで、反対運動は一切起きず、用地買収も大変スムーズに行われた。PIの効果は絶大だった。
横浜北西線が開通した3年前には、隣の横浜北線が開通しているが、こちらは2000年に従来の手法で都市計画決定したため、PIは導入されなかった。どちらもトンネル区間が半分以上を占めるなど、道路構造は似ているが、北線ではごく普通に反対運動が起きている。
計画段階からの住民参画があったかどうかで、住民側の反応はまったく違うものになった。
実は東京外環道でも、横浜北西線に先立って2002年からPIが実施されたが、ルート自体は約半世紀前のままだったため、「建設ありきのPIだ」と、反発する住民も少なくなかった。
横浜北西線の完成で保土ヶ谷バイパスの渋滞が緩和も……
ところで、横浜北西線の目的は、横浜北線と一体となって、東名から第三京浜、首都高1号線および湾岸線を結ぶことにある。
従来、東名と横浜市中心部を結んでいたのは、保土ヶ谷バイパス1本のみ。6車線の自動車専用道路で交通容量は大きいが、それ以上に交通需要は大きく、起伏が多いこともあって、恒常的な渋滞が発生していた。横浜北西線・北線の開通により、保土ヶ谷パイパスに並行してもう1本高速道路が完成したことで、横浜市のみならず、首都圏の高速道路ネットワークは大幅に強化された。
保土ヶ谷バイパスが6車線で無料なのに対して、横浜北西線は4車線で有料。当然交通量に差は付くが、保土ヶ谷バイパスが混雑している時は、横浜北西線・北線に迂回するという選択肢が生まれたとも言える。
横浜北西線の交通量は、開通以降着実に増加し、2年後の2022年3月には4.7万台/日となった。一方保土ヶ谷バイパスの交通量は、1.3万台減少して14.9万台に。約1割クルマ減ったことで、渋滞量は半分程度になったと推定される。
ただし、いいことばかりではない。保土ヶ谷パイパスの渋滞は減ったが、代わりに東名の渋滞が増えたのだ。横浜北西線が完成したことでクルマの流れがスムーズになった分、東名への流入量も増加。その影響もあって、従来週末が中心だった東名・綾瀬スマートIC付近を先頭にした渋滞は、上下線ともに平日にも恒常的に発生するようになった。これを補完するのは、前回取り上げた圏央道南側区間しかない。
いずれにせよ、日本初の本格的なPI導入路線・横浜北西線は、日本の高速道路建設に革命をもたらした。今後は高速道路の建設がスムーズに進む……と思いたいところだが、実はそうでもない。
なぜなら日本の高速道路は、1987年の「第四次全国総合開発計画(四全総)」までに、計画の大半が決まってしまっているからだ。今後追加で計画されそうな路線など、ごくごくわずかでしかない。「奇跡」はたったの1回で終わる可能性もある。
(文:清水草一 写真:清水草一、首都高速道路株式会社)
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