「道路屋の見果てぬ夢~日本版アウトバーン~」名神/東名と新名神/新東名・・・歴史で紐解く高速道路
京都市山科区の名神高速道路の土手に、「名神起工の地」と書かれた碑が設置されている。その付近が、1958年(昭和33年)、日本初の高速道路として名神高速道路の建設が始まった場所だ。すぐ横には、「山科駅跡」の碑も並んでいる。
この土手は、もともとは東海道線のものだった。明治12年、京都―大津間に鉄道が開通した当時は、京都の東山を迂回するため、現在よりずっと南寄りを通っていた。
大正10年に東山トンネルが開通したため、東海道線のルートは直線的になり、元の線路は廃線になった。名神は、その廃線跡を再利用する形で建設が始まった。
この付近の名神のルートを見ると、他にはあまり見られない特徴がある。比較的長い直線とカーブが単純に組み合わされていて、直線→カーブ→直線→カーブとなっているのだ。
「そんなの当たり前では」
そう思われるかもしれないが、日本の高速道路には、長い直線は極めて少ない。名神の山科より西寄り、終点の西宮までは、長い直線とカーブが組み合わされた貴重な区間だ。なぜこうなったのか。
クロソイド曲線とは? 道路線形のスタンダード
以前、名神の建設に携わったエンジニア氏にお話を伺ったところ、「当時の日本の技術者は、直線と円をつなぎ合わせればいいと思っていたんです。クロソイド曲線なんて知りませんでした」とおっしゃった。
クロソイド曲線とは、一定速で走行中、一定速でハンドルを切った時に描かれる曲線で、急ハンドルを防ぐための緩和曲線の一種である。クロソイド曲線は、ドイツ・アウトバーンの建設を指揮したフリッツ・トートによって道路線形として初めて採用され、その後世界のスタンダードになった。
ドイツでも、黎明期のアウトバーンは直線が多く、最初の開通区間は約20kmの直線だった。この長い直線は最高速度記録樹立の舞台にもなり、ドイツ車の高性能ぶりを世界にアピールしたが(470km/h以上を記録)。
だが一般的には直線が長いと眠気を誘う。そのためトートは、直線的なルート取りが可能な場所でも、あえてカーブを設けるようにした。そのカーブに使われたのがクロソイド曲線だ。
「山科のところは、もともと鉄道の廃線跡があって、それが名神の用地として先に手に入ったので、予定路線上に最初の高速道路試験場を造って、私たち土工屋が実際に土を盛って試験をしたんです。なにしろ鉄道の跡でしょう。それで直線になったんですよ」(前出のエンジニア氏)。
アウトバーンの設計思想とドイツと日本の地形の違い
名神の建設にあたっては、世界銀行の融資を受けている。世銀の指示により、ドイツからアウトバーンの技術者がやってきた。その名はクサヘル・ドルシュ。アウトバーンの生みの親であるフリッツ・トートの一番弟子で、彼が日本の技術者にクロソイド曲線を教えた。
ドルシュ氏は1958年に初来日し、以来10年間に11回来日して、名神・東名両高速道路の線形設計を指導した。
ただ、名神に関しては、ドルシュ氏来日の前にルートが決まっていた区間があり、直線が多くなった。名神の4年遅れで建設が始まった東名高速には、長い直線はほとんどない。アウトバーン思想が徹底されたのである。
ドルシュ氏が日本に伝えたものがもうひとつある。それは、「なるべく地形に沿って、トンネルを掘らずに建設すること」だった。それもまた、アウトバーンの設計思想のひとつだ。
アウトバーン生みの親であるトートは、「ドイツの美しい景観を損なわない、風景にマッチした庭園のように美しい道路を造る」ことを信条とした。
実際にアウトバーンは、地形の起伏をいなすように、ゆったりとカーブを描きながら走っている。遠くから見ると、どこに高速道路があるのかわからないほど風景になじんでいる。トンネルを掘らずに山を迂回したほうが建設費も安く済む。一石二鳥である。
しかし、日本とドイツの地形は、あまりにも違う。ドイツには、険しい山は南部国境地帯を除けばほとんどないが、日本は7割が険しい山地だ。狭い平野には急流が多数流れ、地盤は軟弱で猫の目のように地質が変わる。
名神の岐阜・滋賀県境に「今須」という場所がある。名神は当初この地点で、山を迂回し急カーブを描いていた。しかし開通後に事故が多発して「魔のカーブ」と呼ばれることになり、開通の14年後、トンネルが掘られて本線が付け替えられた。日本とアウトバーンは、肌が合わない部分があったとでも言おうか。
名神・東名・中央など、黎明期の日本の高速道路にはきついカーブや勾配が多く、眠くはならないが長距離を走ると疲れる。平野部は高架や盛り土だらけで、風景になじむどころか浮きまくっているのも、日本の平野部にはあまりにも交差する道路や水路が多く、ずっと立体交差が必要であるがゆえの成り行きだ。アウトバーンに学んだはずが、地勢が違いすぎて、アウトバーンとはまるで違うものにならざるを得なかった。
日本のアウトバーン 新名神/新東名
そんな日本に、今世紀に入って、ついに「日本のアウトバーン」が開通した。新名神高速道路および新東名高速道路だ。
新名神/新東名は、曲線半径3000 m以下、縦断勾配2%以下、設計速度は120km/h~140 km/h。建設ルートの大部分が険しい山岳地帯だから、アウトバーン思想を完全に捨て、地形を徹底的に無視してトンネルや橋梁でブチ抜かなければならない。新東名の場合、トンネルと橋梁の比率は全体の6割にも達し、建設単価は比較にならないほど上昇した。
しかし出来上がった道路は、間違いなく「日本のアウトバーン」だった。いや、最大勾配2%という数値は、アウトバーンより平坦だ。完全6車線化された御殿場JCT-浜松いなさJCT間に関しては、アウトバーンよりもアウトバーン的。ここがドイツなら間違いなく速度無制限区間に指定されただろう。
新名神/新東名の設計を主導したのは、ミスター高速道路と呼ばれた藤井治芳(はるほ)氏(元建設省道路局長・建設事務次官)だと言われる。氏は退官後、日本道路公団総裁に転じて新名神/新東名の建設に邁進したが、2002年から始まった道路公団民営化議論の渦中、官製談合問題等を追及され、最後は解任に追い込まれた。
藤井氏は当時、「コストを無視し、ムダに贅沢な高速道路建設を推進した」とマスコミの袋叩きにあったが、私は新名神/新東名を走るたびに、「藤井さん、ありがとう」と手を合わせたくなる。新名神/新東名は、日本の高速道路建設を主導してきた道路官僚、すなわち“道路屋“にとって、夢の結晶だったのではないか。そう思わずにはいられないのだ。
確かにコストを完全に無視した贅沢な設計だが、我々は今こうして、その贅沢を思う存分味わっている。新名神/新東名の快適さを知ってしまったら、もう名神や東名には戻れない。
(文:清水草一 写真:清水草一、NEXCO中日本)
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