「バブルの申し子」オートザムAZ-1。ミッドシップ&ガルウイングの小さなスポーツカー・・・語り継がれる希少車
1980年代終わりから90年代はじめにかけて、日本は好景気に沸いていた。いわゆるバブル経済である。
バブル経済の捉え方は人それぞれだろう。しかし断言できるのは、クルマ好きにとっては幸せな時代だったということ。冷静に考えれば商品としては厳しい企画も、好景気を背景にしたノリと勢いで実現できてしまったからである。
浮かれた世相を追い風に、失敗を厭わずチャレンジする風潮があったのだ。だから、遊び心がやたらと詰まったクルマが送り出された。
オートザム「AZ-1」もそんなバブルが生んだクルマと言える。
デビューは1992年9月。正確に言えばすでにバブルは終了しているタイミングだが、開発はバブル期におこなわれた。まごうことなく、クルマ界にはあまたある「バブルの申し子」の1台と言っていいだろう。
AZ-1の何がスゴいか?
それは軽自動車のスーパーカーを作ろうとしたことだ。日本独自の規格である軽自動車は、効率と経済性を優先した実用車だが、そういった“軽自動車特有の気軽さ”はそのままとしつつ、趣味性と愉しさを最大限に求めたクルマである。
エンジン搭載位置はミッドシップ、ドアは横ではなく上に開くガルウイング。サイズこそ小さいけれど、スーパーカーと同じ要素で作られているのだ。楽しくないわけがない。
実はこのAZ-1は、発売からさかのぼること3年前となる1989年の東京モーターショーに「AZ550」という名前でコンセプトカーとして出展されていた。AZは「オートザム」の略で、「550」とはエンジン排気量の数字(いまは660㏄だが当時の軽自動車の排気量は550㏄だった)。
夢が詰まった軽自動車のスポーツカーというコンセプトは、まさに社会がバブルへ向かって坂を登っているときに決まったのである。
「1985年の初めころだった。これまでマツダのラインにはないクルマを提案しようという動きが出てきた。それは軽自動車をベースにしたコンパクトで操縦性を楽しむことのできるもの、スポーティな感覚、遊び心を満たすもの――など、意見は多様だったが、他社が持っているユニットを利用しながら、それらとは異質のものを作り出す作業として進められていった。」(三栄「モーターファン別冊ニューモデル速報 オートザムAZ-1のすべて」(以下「AZ-1のすべて」)より)という。
ちなみに当時プロジェクトをまとめた開発者によるとコンセプトカーに使われていたエンジンは「当時のダイハツのミラXXに搭載されていた53psのもの」、足まわりは「旧セルボのダブルウィッシュボーン」だったという(「AZ-1のすべて」より)。
コンセプトカーとはいえ、エンジンがダイハツ、足回りはスズキというメーカーを超えた組み合わせが面白い。
バブルのピークを迎えていた1989年の東京モーターショーにはデザインの異なる「タイプA」、「タイプB」、そして「グループC」と呼ばれるレーシングカーをそのまま凝縮したような「タイプC」と3つのスタイルが提案された「AZ550」だが、後に市販したデザインのベースは「タイプA」となる。
1992年に発売された量産モデルは、専用設計のボディに64㎰を発生するスズキ「アルトワークス」用の660㏄ターボエンジンを搭載。エンジン排気量がコンセプトカーよりも大きいのは、コンセプトカーから市販化に移る間に、軽自動車規格のエンジン排気量上限が660㏄に拡大されたからだ。
エンジンだけでなく5速のマニュアルトランスミッションやサスペンションのほとんどの構成部品もスズキ製。可能な限り流用部品を増やし、新規設計を減らすことでコストダウンを狙っていることが伺える(その関係もありAZ-1はスズキから「キャラ」というOEMモデルとして販売された)。
ちなみに、マツダとして初めて車両組み立てを外部に委託したのも、少量生産車をできるだけ安く作るための策だ。
ボディを覆うパネルはボンネットやフェンダーまですべて樹脂製だが、その目的は軽量化。合計約31kgで、スチールで作るより約5kgも軽く作れたという。車両重量はわずか720kgと、今の基準でいえば驚異的な軽さである。
前後重量配分は空車時にフロント42:リヤ58。2名乗車時はフロント44:リヤ56となっている。
もちろん市販モデルでもガルウイングドアはしっかり継承され、AZ-1のアイコンのひとつとなった。いっぽうでボディ剛性向上と側面衝突対応からサイドシルは高く、乗降性は独特のものとなっている。
そんなガルウイングドアは、AZ-1を量産するにあたって大きく苦労した部分のひとつだったそうだ。コンセプトカーではアルミだったが、量産車では鋼板に変えたことで重量は1枚当たり23kgとそれなりの重さ。開放時にそれを支えるダンパーが必要となるが、スムーズな開閉と、開いたドアをしっかり支える減衰力のバランスが難しかったのである。
また、外気温により開閉操作の重さが変わるのも避けられなかった。結果として外気温マイナス20度から40度内では安全に作動できるダンパーを作れたが、開閉操作は冬だと若干軽くなり、夏はやや重くなる傾向だという。
主査としてAZ-1の開発をまとめたのは初代「ロードスター」の開発でも知られる平井敏彦氏だ。
「楽しくなければクルマじゃない」をモットーとする彼は、「たとえ軽自動車がベースで、パワーの面で不満があったとしても、カート感覚のクイックなハンドリングがあれば、きっと楽しさを満喫できるだろう」と考えてこのプロジェクトを引き受けたという(「AZ-1のすべて」より)。
ステアリングのギヤ比は12.2:1。ロックtoロックはわずか2.2回転。市販車としては異例なまでにクイックなステアリングギヤレシオがとられているのもAZ-1の特徴だ。「カート感覚の走り」を狙ったゆえである。
とはいえ、足まわりの主要パーツはスズキの軽自動車用で、もともとシャープな走りのために設計されたものではない。そのためダンパーやバネ、サスペンション関連のブッシュ、そしてスタビライザーのチューニングには相当気を遣ったそうだ。
ところで、なかには「マツダ」ではなく「オートザム」というブランド名に疑問を持つ人もいるかもしれない。何を隠そう、オートザムとはマツダがかつて展開した販売チャンネルのひとつ(「ユーノス」もまたそうである)。ここぞとばかりに販売台数を増やそうと躍起になり、マツダは新たな販売チャンネルまで設けたのも、またバブルゆえなのだ。
そしてこの時代、軽自動車スポーツカーを作ったのはマツダだけではなかった。
後に「ABCトリオ」と言われるスポーツカーとして、同期にはAZ-1のほかホンダ「ビート」やスズキ「カプチーノ」も存在。スズキには前出のAZ-1兄弟車「キャラ」(これも「C」)もあったから、2シーター後輪駆動スポーツカー2台体制だった。
FRとミッドシップが選べるなんて、なんと贅沢なのだろうか。
とはいえ、AZ-1の累計販売台数は4409台(加えてキャラが531台)と決して多くない。バブルとはいえ、2シータースポーツカーはやはりニッチな市場だったのだ(ビートは3万3892台とAZ-1よりはるかに多いが絶対数としては多くはない)。
しかし、AZ-1は当時のクルマ好きには大きなインパクトを残した。記録より記憶に残るクルマといっていいのではないだろうか。
そして、ABCトリオの終了から時を経てダイハツからは「コペン」、ホンダからは「S660」(2022年3月に生産終了)という2人乗りオープンの軽スポーツカーが登場。AZ-1ほどのスーパーカーらしさはないとはいえ、ABCトリオの情熱はしっかり受け継がれているのである。
(文:工藤貴宏 写真:マツダ、スズキ、古宮こうき、中村レオ)
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