「難所越えの夢」全線開通の中部横断道(山梨~静岡)&40年越しのトンネル貫通 三遠南信道(長野~静岡)・・・歴史で紐解く高速道路
大都市圏のドライバーにとって、高速道路はなくてはならない存在だ。たとえば50キロ先の目的地までクルマで移動する場合、ルート上に高速道路があれば、ほとんどのドライバーがそれを利用するだろう。その方が圧倒的にラクで速いからだ。
大都市部では、一般道の平均速度は時速20キロ程度にとどまる。つまり50キロ移動するのに2時間半かかる。
対する高速道路は、平均速度が時速80キロだとすると、前後に一般道を使うとしても、50キロの移動に1時間程度しかかからない。
大都市近郊区間(通常の2割増)の高速道路を50キロ利用すると、料金は1790円。決して安くはないが、所要時間を1時間半短縮できて、ストレスが大幅に軽減されるならコスパは高い。
たとえ渋滞していても、高速が渋滞しているときは並行する一般道もほぼ確実に渋滞しているから、高速を降りて一般道に迂回するドライバーはあまりいない。結果、大都市部のドライバーは、高速道路があれば使うのが習性になっている。
ところが地方のドライバーは「高速なんか滅多に使わない」と言う。コスパが低いからだ。
地方では、一般道でも時速40~50キロで走れる。50キロの移動に約1時間だ。高速を使っても、時間短縮効果はたかが知れている。地方部の高速道路を50キロ使うと、料金は1400円。それで20分所要時間が短縮できたとしても割に合わない。
しかもその高速道路が、暫定2車線(片側1車線)の対面通行で制限速度が70キロなら、さらにコスパは下がる。結果、地方にはロクに利用されないガラガラ路線が山ほどある。
私は20年以上前からこの点を指摘して、「地方部の高速料金は大幅に下げるべき」と主張してきたが、日本の高速料金は、いまだに全国ほぼ一律(大都市近郊区間は2割増)のままだ。
高い建設費をかけたのに、料金収入はごくわずか。収支は大赤字で経済効果も低い。そんな役に立たない高速道路は、これ以上造るべきではない。
コストコ出店を後押し!? 中部横断道が山梨と静岡の移動時間を半減
ところが例外が現れた。2021年8月に全線開通した中部横断自動車道(山梨~静岡間)だ。中央道と接続する双葉JCTから、新東名接続の新清水JCTまで高速道路でつながったことで、両県間のレジャー移動が大幅に増加しているという。
山梨県と静岡県は、富士山を挟んで隣接しているが、これまであまり交流は盛んではなかった。山中湖と御殿場市の間は、東富士五湖道路ですでに結ばれていたが、中央部同士は険しい山に隔てられている。
富士川沿いの国道52号線は、V字渓谷を走るためそれなりのカーブが続く。決して「酷道」ではないが、一般道経由で甲府市から静岡市に向かうと2時間はかかる。甲府市や静岡市から2時間走れば、東京や名古屋まで行けてしまう。結果、両県間の移動は物流が主で、レジャー目的は少なかった。
ところが、中部横断道の全線開通で、所要時間がおおむね半減した。2車線の自動車専用道路なので制限速度は70キロだが、国道に比べればカーブも勾配も圧倒的に少なく、走りやすい。1時間強走れば、山梨県民は「海」へ、静岡県民は「高原」へ行くことができる。
実際に中部横断道を走ってみると、トンネルまたトンネルで車窓の景色を楽しむことはできないが、国道経由より圧倒的にラクで速かった。
中部横断道の全線開通によって、山梨県の南アルプスICの目の前には、『コストコ』の進出も決まった(2025年開業予定)。コストコは「半径10キロ以内に人口50万人以上」を出店の目安としている。
南アルプス市の人口は約7万人。甲府市の19万人を加えてもこの基準を満たさないが、中部横断道の全通によって、静岡県からの来客(静岡市の人口/約70万人)が期待できると踏んでの決定だという。
静岡県民は、コストコに行くために1時間以上もクルマを走らせるだろうか? と疑問に思ったりもするが、中部横断道の山梨~静岡間は、全線74キロのうち28キロが料金無料の「新直轄方式」で建設された。
全体の約4割が無料区間なので、その分料金は安くなり、静岡市から南アルプス市まで、平日1460円、休日1030円で行くことができる。首都圏における「アクアラインで木更津のアウトレットへ」に近いかもしれない。アクアラインのような大渋滞もないはずだ。
近年開通区間が相次ぐ「新直轄方式」とは?
新直轄方式とは、道路公団民営化にともなって、不採算路線に対して新たに導入された制度だ。採算性が低すぎて有料道路制度になじまないと判断された区間を全額税金で建設、料金は無料になる。無料ならコスパは絶大だから、地元のドライバーも利用する。山梨県―静岡県間のように、一般道の条件が厳しければなおさらだ。
近年、新直轄方式を採用した区間の開通が相次いでいるが、この中部横断道は、特に高い経済効果が期待できる。
新直轄区間がタダなのに対して、従来の地方路線は相変わらず世界一高い料金を取っており、両者の格差が大きすぎるのは残念だが、とにもかくにも、地方路線に一種の値下げが導入されたのは、方向性としては正しい。高速道路は役に立ってナンボなのだから。
40年越しの青崩トンネルの貫通! 三遠南信道全線開通への悠久の夢
中部横断道が予想以上の経済効果を上げつつあるのを見ると、「次は長野県と静岡県を結ぶ三遠南信道か」と思ったりもする。こちらは山梨―静岡県境よりさらに地形が険しく、クルマでも鉄道でも直接の移動は極めて困難。
現状、国道152号線が結んでいるが、県境の青崩峠は中央構造線の真上にあるため極端に地盤が悪く、トンネル掘削が2度断念されたいわくつきの場所だ。現状は山道を徒歩で越えるしかなく、クルマはやや東側の林道(兵越峠)を使うが、レジャー客があえて走るような道ではない。そこに建設中なのが三遠南信道だ。
三遠南信道は、静岡県浜松市と長野県飯田市を結ぶ高規格幹線道路。高速道路よりランクが下の「一般国道の自動車専用道路」だが、利用者にとっては、暫定2車線の中部横断道とさほど大きな違いはない。
最大の難所は前述の青崩トンネルだが、それが2023年5月、ついに貫通した(開通時期は未定)。計画から40年という超難産だった。
青崩峠トンネルが開通しても、前後にはまだ未開通の区間がいくつもあり、全線開通がいつになるか目処は立っていないが、こういう難所越えの高速道路には、新たなつながりを作るという夢がある。
青崩峠は、かつて武田信玄が上洛を目指した(※注/諸説あり)際に通ったルートでもあり、ここを走れば、信玄が天下を取れなかった理由が実感できるほどの難所だ。そこに高速道路ができれば、まさに歴史の転換点。生きているうちに、三遠南信道が全線開通する日が来ることを願っている。
(文、写真:清水草一)
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