圏央道の「希望」と「憂鬱」~都心部の身代わりに渋滞を引き受けて~・・・歴史で紐解く高速道路
ほんの10年ほど前まで、広大な関東平野を走る高速道路は、都心から外側へ向かう放射線ばかりだった。具体的には、東名、中央、関越、東北、常磐、東関東の6本だ。そこに横浜横須賀道路や館山道も加えてもいいが、いずれにせよ、それらの「縦糸」を結ぶ「横糸」の環状高速は、首都高と外環道の北部を除いて、存在していなかった。
だから、“横”への移動は本当に大変だった。たとえば埼玉県→神奈川県とか、埼玉県→千葉県に向かう場合、まず放射高速で内側へ向かい、外環道や首都高、環状8号線などを使って縦糸にたどり着いた後、改めて外側へと向かう必要があった。
都心方面へ向かえば、たいていどこかで渋滞にブチ当たる。というより、そういうスルー交通が、都心部の渋滞を悪化させる元凶のひとつだった。ダイレクトに向かう場合は、国道16号線(別名:東京環状)等を使うことになるが、交通量は莫大で、慢性的に渋滞している。
それはもう泥田を泳ぐような感覚で、それよりは高速で都心方面へ向かったほうがまだマシ、という結論にならざるを得なかった。
「早く圏央道ができてくれないかなぁ」
誰もがそう思っていた。圏央道は、首都圏のドライバーにとって、最大の希望だった。私は何度も建設現場に足を運び、工事の進捗を見守った。
最大の壁は用地買収だった。高速道路に限らず、あらゆる建設事業において、完成予定を遅らせる最大の要因は、用地買収の難航である。
圏央道の東北道との接続は、最終予定よりさらに数年遅れた。
地権者が任意買収に応じない場合、最終的には「収用」となる。その道路に高い公共性が認められ、収用が必要であると国土交通大臣または都道府県知事の認定を受けた上で、収用委員会に裁決を求め、許可されれば土地の所有権は移転、つまり取り上げられる。
これは日本国憲法第二十九条の「公共の福祉のためは、正当な補償の下に、私有財産を用いることができる」を根拠としている。
「とは言っても、粘ったほうが高くなるんじゃないの?」
そう考える人もいるだろう。確かに20世紀中は、そういうことも多かったらしい。日本道路公団は、時価の2倍以上高く買ったという例もあるようだ。しかし21世紀に入って、そういう不平等は排除された。交通違反のもみ消しができなくなったように。日本社会全体に、コンプライアンス遵守の強い圧力がかかっている。
高速道路用地の買収価格については、土地収用法第七十一条で「相当な価格」と定められており、複雑な計算式があるが、ぶっちゃけ時価である。現在はどれだけゴネても、ビタ一文値上げしてくれない。しかもゴネ得を防ぐために、価格決定は「事業認定の告示時点」と定められており、土地価格が上昇傾向にあるから粘ろう、という努力もムダだ。
そもそも、自分の土地が道路用地になるかならないかについて、地権者は一切口出しできない。いきなりお上が決めて「ここは道路用地になりましたので立ち退きをお願いします」と来る。
と言っても高速道路の場合、計画が決まったのはかなり昔(圏央道主要部で1989年)だが、計画が事業化されると、いきなり「立ち退いてください」となる。
異議を申し立てるべく訴訟を起こすのは自由だが、「立ち退きたくないから」という理由は通らない。高い公共性の前に敗訴は確定的だ。
過酷なのは、自分の土地の一部だけが道路用地に引っ掛かっている場合だ。その時どうなるかというと、基本的にはその部分だけが(強制的に)買い取られる。家が半分になってもお構いなしだ。さすがに家をブッタ切るのが厳しい場合は配慮されるが、ブッタ切れればブッタ切って使えというのが法律上の決まりになっている。
残地が狭すぎて利用価値がなくなるとか、出入りができなくなるとかいう場合も、原則的には価格の低下分のみ補償される。
昔は札束を積んでなんとかすることもできたが、今世紀に入ってからは、杓子定規すぎて話がこじれやすくなったかもしれない。
しかし、法治国家では法は強い。最後は必ず法が勝つ。つまり収用されてしまう。立てこもって抵抗すれば、最後の最後は機動隊の出動もある。その強制力の前に、ほとんどの地権者はしぶしぶ任意買収に応じるが、徹底的に戦う地権者もいる。そういう地権者が一軒でもいれば、厳正なる土地収用手続きに入り、道路の開通が3年以上遅れるという流れなのである。
埼玉県内の最後の一軒の収用が完了し、2015年10月、ついに圏央道の海老名JCT-久喜白岡JCT間が開通。東名-中央-関越-東北の4高速道路が直結された。これで外→外の交通が実現し、都心部を通らずに迂回することができる。バンザーイ!
と思う間もなく、問題が起きていた。圏央道が東名と接続する海老名JCTで、激しい渋滞が発生したのである。原因は、海老名JCTの連絡路が1車線しかなかったことにあった。
埼玉方面から圏央道内回りを南下してきたクルマの約7割は、東名の上下線に合流する。圏央道をそのまま直進するクルマのほうがはるかに少ない。ところが連絡路が1車線しかないため、激しい合流渋滞が発生した。
反対側の東名→圏央道外回り方向も、途中2度合流があるにもかかわらず連絡路が1車線しかなかったため、激しい渋滞となった。
この欠陥については、私がメディアで追及したことをきっかけに地元議員が国会で質問し、国土交通大臣が動き、2016年7月、両方向とも連絡路を2車線に区画線変更したことで解決を見たが、今度は休日の午前中、八王子JCTで大渋滞が発生するようになった。
こちらは、中央道下り相模湖インター付近を先頭に発生するレジャー渋滞が圏央道両方向に伸びることが原因で、現在も解決されていない。
しかしそれでも圏央道は、首都圏の高速道路ネットワークにとって大変貴重な横糸であり、都心部の渋滞緩和に大いに寄与した。同じ時期、首都高C2(中央環状線)が全線開通したこともあって、首都高C1(都心環状線)の渋滞は、劇的と言っていいほど緩和されている。
ただ、現在の状況は、圏央道ユーザーにとって、かなり憂鬱なものである。
開通当初、1日6万台程度だった圏央道(東名-中央-関越間)の交通量は、2021年には8万台に達している。同じ4車線の中央道・八王子JCT付近の交通量は、1日約4万2千台。中央道より圏央道の方が2倍近く交通量が多いのだから、迂回路どころか主役だ。
しかも圏央道は、大型車の割合が極めて高い。圏央道は、首都圏の6放射高速と直結されているので、どこに向かうにも利便性が高く、沿道の地価も安い。本格開通後、沿道に巨大物流拠点が多数オープンした。現在の圏央道は、大型トラック専用道路の観すらある。
渋滞の名所・狭山PA付近では、24時間交通量で見ると、小型車3万6616台に対して、大型車3万7262台(2021年)。大型車の割合が50%を超えている。中央道は27%だから、いかに多いかがわかるだろう。
10トントラックの全長は12メートルあり、小型車2台分のスペースを取る。ちょっとしたサグ(下り坂から上り坂に変わる地点)を先頭に自然渋滞が発生するのも無理はない。
4車線で1日8万台、その半数以上が大型車となれば、交通容量は限界点で、6車線への拡幅が必要だ。しかし圏央道の東京・神奈川区間はトンネルが多く、拡幅は極めて困難。計画すら存在しない。巨大物流拠点は相変わらず増加を続けている。憂鬱は深まる。今や圏央道は、都心部の身代わりとなって渋滞を引き受けている。
それでも首都圏のドライバーは、この道に希望を託すしかない。現在建設中の藤沢-釜利谷間が開通し、圏央道で東名と首都高湾岸線が直結されれば、海老名南JCTで終点となる新東名の、都心寄りの代替路になると期待されているのである。
圏央道厚木ICが完成した2013年に、ヤマト運輸は相模原愛川IC付近に多機能スーパーハブ「厚木ゲートウェイ」を竣工している。その後も大手企業が続々と物流の大型拠点を構えている。
(文、写真:清水草一)
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