美しすぎる90年代のマツダ車たちは、時代を先取りしすぎていたのか?・・・1980〜90年代に輝いた車&カルチャー
多くの人がクルマに憧れた1980〜90年代。クルマは人や荷物を運ぶ道具としての役割だけでなく、カルチャーを牽引する存在でした。そして、ドライブがデートの定番であり、クルマを持っていることがステータスでした。だからこそ当時のクルマは、乗っていた人はもちろん、所有していなかった人、まだ運転免許すら持っていなかった人にも実体験として記憶に刻まれているのではないかと感じます。
そんな1980〜90年代の記憶に残るクルマたちを当時のカルチャーを添えながら振り返っていきましょう。
魂動デザインの礎を築いた90年代のマツダ車たち
2010年に公開されたマツダのコンセプトカー、靱(SHINARI)。マツダのデザイン思想である『魂動(こどう)- Soul of Motion-』を初めて取り入れたモデルです。
肉食動物が獲物を狙うために動き出す一瞬の美しさをモチーフにしたと言われるデザインが感じさせる、静けさの中に宿る躍動感。これはクルマというよりも彫刻などの芸術作品を見たときに感じるような感動だったのを覚えています。
翌年に開催された東京モーターショーでは新たなコンセプトカー、雄(TAKERI)を公開。これが2012年11月に3代目アテンザ(MAZDA6)として発売されました。
魂動デザインを取り入れたモデルはその後も続々登場し、マツダ車のグローバル販売台数は右肩上がりで増えていきました。魂動デザインのマツダ車に乗っているオーナーに話を伺うと、やはり愛車のデザインに誇りを持っていることが伝わってきます。しかもいわゆるクルマ好きが喜ぶだけでなく、憧れているオシャレなライフスタイルに馴染むから選んだという話を聞くことがあります。
それは気に入った家具、あるいは絵画といったアート作品を所有する満足感のようなものに近い印象です。
そうした『魂動(こどう)- Soul of Motion-』というデザイン思想が採用される以前から、マツダ車のデザインは他社とは一線を画す美しさがありました。とくにそれを感じさたのが、バブル期に開発され90年代前半に登場したモデルです。
マツダの最新技術が惜しみなく投入されたユーノスコスモ
バブル期、自動車メーカー各社は販売網を強化するために多チャンネル化を進めました。マツダもこの戦略を取り、1989年に5チャンネル体制になって販売台数増を狙いました。このとき新しく誕生した高級車ブランドであるユーノス店から1990年4月に登場したのが、ユーノスコスモです。
車名からもわかるように1967年に日本車初のロータリーエンジン搭載車として世に送り出されたコスモスポーツの系譜にあるモデルです。
2ローターの13Bに加え、世界初となる3ローターの20Bを搭載。V型12気筒に匹敵する性能を持つと言われた20Bはうかつにアクセルを踏み込むとたちまちホイールスピンしてしまうじゃじゃ馬で、実燃費もリッター2〜3kmという(悪い意味で)驚きの数値でした。
そして上級グレードは世界初となるGPSナビゲーションシステム(当時はカーコミュニケーションシステムという名称でした)を搭載。当時のカーナビは現在のカーナビやスマホの地図アプリと比べて性能は著しく低く、例えば東名高速を走っているときにナビ画面上でクルマが太平洋の上を走っていることになっていたりしました。
それでも画面上で自車がどこを走っているかが表示されるというのは画期的なことでした。
乗る人、見る人をときめかせるデザイン
ユーノスコスモと言うと上記2点が話題になることが多いですが、デザインも目を見張るものがあります。マツダは1979年にフォードと資本提携。アメリカでの小型乗用車ニーズの高まりもあり、経営状況は好転しました。
一方でさまざまな面で合理化を進めていきます。それがデザインにも現れ、「いいクルマだけれどおもしろくない」という声が増えていきました。
これに危機感を覚え、「マツダらしさとは何か」を考え続けたといいます。答えの一つとして、マツダらしいデザインを追求。それがデザインテーマ“ときめきのデザイン”です。第一弾として、1989年9月にユーノスロードスターを発売。そして1990年4月にユーノスコスモが登場したのです。
“ときめきのデザイン”に基づいてデザインされたユーノスコスモの特徴は、キャラクターラインを極力排除し、曲面によるボディ構成をしていること。光の当たり方による陰影の変化や映り込みによりさまざまな表情を見せるユーノスコスモは芸術的であり、息を呑むような美しさを感じさせてくれるモデルでした。
そしてインテリアには上質な本革が使われ、インパネにはイタリアで誂えたウッドパネルがさりげなく使われていました。「どうだ、すごいだろう!」とこれみよがしにベタベタと貼るのではなく、あくまでさりげなく高級な素材を使う。そんなところからもマツダデザインの美学を感じます。
“ときめきのデザイン”を取り入れた美しいマツダ車たち
以降もマツダは“ときめきのデザイン”に基づいたモデルを次々に送り出しました。今なお多くのファンがいるのは、1991年12月に発売されたアンフィニRX-7(FD型)です。
流麗でふくよかなボディライン、低く構えたスタイルとボンネットに配置されたリトラクタブルヘッドライト、ブラックアウトされたリアコンビランプが印象的なリアスタイル。FDの美しさはデビューから30年以上たった現在でも少しも衰えていません。これは見事というしかありません。
FDが発売される少し前(1991年5月)にはフラッグシップモデルとなるセンティアと兄弟車のアンフィニMS-9が登場。そして1992年2月には5ナンバーサイズのプレミアムセダンであるユーノス500がデビューします。ユーノス500はあのジョルジェット・ジウジアーロが「世界でもっとも美しい小型サルーン」と評したことでも知られています。
1993年8月にはデザインが異なる4ドアクーペと4ドアピラードハードトップという2タイプが用意されたランティスが発売されました。
現在の魂動デザインにつながる美しいクルマを次々と世に送り出したマツダですが、残念ながら一部の車種を除いてビジネス的に成功したとは言えませんでした。この時期はクロカンやステーションワゴンといったRV(レクリエーショナル・ヴィークル)、そして90年代中盤くらいからはミニバンがブームに。反対にセダンは徐々に人気が低下。売れるのは一部の車種や輸入車に限られました。
1989年からスタートしたマツダの5チャンネル体制は1996年にユーノス店とアンフィニ店が統合されたことで終焉を迎えました。そしてフォードの持ち株比率を25%から33.4%に引き上げて会社の再建に着手します。
ただ、販売は振るわなかったとは言え、この時期のマツダ車のデザインが秀逸だったことに変わりはありません。90年代後半くらいからVIPカーがブームになります。トヨタ セルシオや日産 シーマではなくセンティア&MS-9をベース車に選んだ人は、押し出しの強さだけではない洗練されたイメージを求めていたのだと思います。
また、両車にはノーマルの中古車も多かったので、あえてオリジナルの美しさを楽しむ人もいました。しかもマツダの中古車は他メーカーより買いやすい価格帯で販売されていたので、オシャレな中古車を手頃な価格で手に入れたいという人とってこれ以上ない選択肢でした。
90年代後半くらいからは、雑誌などでは「こだわりを持って自分らしく暮らそう」という趣旨でさまざまな企画が組まれるようになりました。2000年代になるとIKEAが日本に進出。手頃な価格帯でモダンなデザインの家具が手に入るようになり、おしゃれなライフスタイルを気軽に楽しめるようになりました。
一方でこの時代のクルマは大型のミニバンを中心に押し出し感を強くしたものが多く、モダンな暮らしを求める人たちは選びづらかったと思います。90年代のマツダ車はそんな人たちの感性にマッチするクルマでした。
中でもユーノス500は注目されていて、筆者の友人であるミュージシャンもこの時期にユーノス500を探していたのを覚えています。ただ、新車がたくさん売れたわけではないので中古車の流通量が少ないことが難点。現在はこの時代のマツダ車はロードスターとRX-7を除いてほとんど流通していません。
デザインにこだわり、今なお色褪せない美しさがある90年代のマツダ車。“たられば”の話になりますが、もし00年代に登場していたら販売台数は変わっていたかもしれません。
(文:高橋 満<BRIDGE MAN> 写真:マツダ)
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