本四連絡橋、全線開通から25年。約3兆円の投資はムダではなかったのか?・・・歴史で紐解く高速道路
「公共事業悪玉論」というものがある。
「公共事業に巨費を投じるのは政治家の利権であり、ムダであるばかりでなく、国土を破壊する」といったニュアンスの論で、70年代、公害が大問題になった頃から語られるようになった。その中には本州四国連絡橋計画もあった。
本州四国連絡橋とは、本州と四国を結ぶ3つのルートのこと。正確には3本の高速道路+1本の鉄道(瀬戸大橋線)だが、今回は道路に限って話を進める。
本四連絡橋は、3ルートとも、走るたびに感動する。瀬戸大橋はまるで空を飛んでいるように爽快だし、明石海峡大橋は、世界第2位の長大吊り橋。その巨大さ、雄大さに圧倒される。しまなみ海道はひなびた瀬戸内の島々を美しく縫い、サイクリングロードとしても世界的に著名。
3本それぞれまったく違った魅力があり、走れば「素晴らしい!」としか言いようがない。高速道路は単なる移動手段の色彩が強いが、本四連絡橋は違う。高速道路として日本で最も魅力的な景観が楽しめる。
しかし有料道路事業としては、完全に失敗だった。道路は最高でも、建設のスキームは落第だった。
本四連絡橋の構想は、古くは明治時代から存在したが、1955年の宇高連絡船沈没事故をきっかけに機運が高まり、1959年に建設省が調査を開始。1969年に現在の3ルートが決定され、1970年に本州四国連絡橋公団が設立された。
日本道路公団と別組織になったのは、建設に巨費がかかることから、国や地元自治体からの出資を受けつつ、別枠で建設するのが適当と判断されたからだ。
時まさに高度経済成長末期。東海道新幹線や名神/東名高速などの巨大公共事業が大成功をおさめ、日本経済は天井知らずの成長を続けていた。
ところが、1973年に第一次オイルショックが発生。本四連絡橋3ルートは起工式のわずか数日前にストップがかかり、関係者は地団太を踏んだ。
同時期、公共事業悪玉論が急速に台頭する。本四連絡橋計画に対しては、「3本も造るのは、地元政治家の利権争いの結果」であり、「あまりにもムダ」というのが世論の大勢になった。当時小学生だった私も、子供なりに「ムダ遣いはいけないよな」と感じた。
着工延期の2年後、本四連絡橋は「1ルート3橋」(児島―坂出ルート全線と大鳴門橋など他ルートの3橋)に限って早期完成を目指すという玉虫色の結論が出され、その後五月雨式に着工され、1999年、3ルートすべてが完成した。あれだけ批判されながら、結局全部造ってしまったとも言える。
そんな本四連絡橋3ルートが全線完成してから、今年で25年になる。本四連絡橋は、実際“ムダ”だったのか。それを考えるには、当連載が第1回で取り上げた、東京湾アクアラインが参考になる。
完成当時はクルマがサッパリ走らず、「1兆4000億円を東京湾に捨てた」と言われた東京湾アクアラインだが、現在、あれを「ムダだった」と言う人はいない。もはやムダか否かの議論ではなく、必要不可欠なインフラになっているからだ。
仮にいま、東京湾アクアラインが災害等で損壊したら、房総半島の経済は大打撃を受ける。「ムダなものがなくなっただけ」などと言う人はひとりもおらず、国を挙げて「一日も早い復旧を!」と叫ばれるに違いない。
ただし、東京湾アクアラインが必要不可欠な存在になったのは、料金が大幅に引き下げられ、交通量が劇的に増えたからだ。仮に現在も開通当時と同じ片道4000円(普通車)だったら、土砂崩れで不通になった地方の鉄道同様、「廃道もやむなし」と言われていた可能性はゼロではない。
東京湾アクアラインは、現在片道800円(ETC普通車)。開通当時の5分の1になり、交通量は約5倍に増えた。単独の有料道路事業としては完全に失敗だったが、その後の値下げによって、なくてはならないインフラになったのだ。
本四連絡橋も、似たような経緯を辿っている。3ルートそれぞれの、開通当時の料金と現在の料金を比較してみよう。
●児島-坂出ルート(1988年全線開通)
瀬戸中央自動車道(瀬戸大橋)
6,300円→1,990円(ETC普通車休日、2024年2月現在)
●神戸-鳴門ルート(1998年全線開通)
神戸淡路鳴門自動車道(明石海峡大橋、大鳴門橋)
6,050円→2,670円(ETC普通車休日、2024年2月現在)
●尾道―今治ルート(1999年全線開通)
西瀬戸自動車道(しまなみ海道)
5,250円→2,310円(ETC普通車休日、2024年2月現在)
かなり劇的な値下げだ。その効果は大きく、交通量は、最初に開通した児島-坂出ルート(瀬戸大橋)の場合、当初の約1万台/日から、現在は約2万台/日に増加している。
本四連絡橋の料金は、当初あまりにも高かった。なぜそんな料金になったかと言えば、建設費を30年間で返済するためだ。その点も東京湾アクアラインと同じだった。
長大橋や長大トンネルの建設には巨費がかかる。それを料金収入で返済しようとすると、料金が高くなる。しかし高すぎると利用されない。利用されないから料金収入は予定を大幅に下回る。負のスパイラルである。
本四連絡橋公団の場合は、料金収入が少なすぎて利子と維持管理費すらまかなえず、返済どころか借金が雪だるま式に増えていた。建設費は合計2兆8700億円だったが、2003年時点では、借金が3兆8000億円に膨らんでいた。
公共事業悪玉論者にすれば、「それ見たことか!」だ。
しかし吊し上げたところで借金が減るわけではなく、このままでは民営化もできない。そこで当時の小泉内閣は、大きな決断をした。批判を覚悟で、返済不能な部分を国費でドーンと返済してしまったのだ。その額、1兆3400億円。
同時に地元自治体にも出資の払い込みを10年間延長するよう要請。地元は引き換えに料金の引き下げ(約3割)を要求して受け入れられた。2005年には民営化されて「本四高速道路株式会社」となり、その後も料金の引き下げが2度あって、交通量が徐々に増えていった。
借金棒引きの効果もあり、現在は順調に返済が進んでいる。昨年度の決算は、料金収入632億円に対して、借金返済439億円、維持管理費197億円。収支ほぼトントンだ。
本四高速道路会社によると、本四連絡橋は、1988年の初開通から30年間で、合計41兆円の経済効果があったという。投資額の10倍以上だ。フェリー時代に比べて自動車交通量が3.5倍に増えるなど、その恩恵は四国だけで年間9000億円に達する。
料金値下げによって、物流や観光客だけでなく、地元住民もマイカーで日常的に利用するようになった。意外なところでは、四国のコンビニ出店が30年間で8倍になったという。同期間、全国平均は5倍だ。
公共事業悪玉論のひとつに、「ストロー効果」がある。新幹線や高速道路ができて便利になると、逆に都会に人口が吸い上げられ、地方が衰退するという理論だ。確かに四国は人口減少が著しいが、不便なままでいれば、地方の人口が維持されるわけではない。待っているのは「穏やかな死」だろう。
本州と九州の間の橋が1本なのに対して、本州と四国の間に3本もの高速道路が架けられたのは、贅沢だったという感覚は残っている。有料道路事業として失敗だったことも明らかだ。しかし3ルートとも、すでになくてはならない存在になり、経済効果も上げている。公共事業としては、成功だったのではないだろうか。
「公共事業イコール悪玉」は極論だが、利用価値がないインフラは悪玉だ。公共事業に限らず、あらゆるインフラは、コスパが適切でなければならない。
(文:清水草一 写真:清水草一、写真AC)
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