“新東名の続き”圏央道南側区間は、40年超えの難産中の難産・・・歴史で紐解く高速道路
現在、高速道路の建設は、計画決定から開通まで、20年から30年ほどかかっている。どれもこれも難産だが、難産の見本とも言うべき重要路線が、神奈川県内にある。
2020年12月、神奈川県は土地収用法に基づく行政代執行で、横浜市栄区飯島町の民家の撤去を行った。いわゆる「強制収用」によって神奈川県が家屋の撤去を実行したのは、52年ぶりのことだった。
これによって、横浜環状南線および横浜湘南道路(併せて便宜的に“圏央道南側区間“と呼ぶ)の用地取得は完了した。この路線の事業化は1988年。都市計画決定は1995年だから、土地を買うだけで実に25年を要したことになる。
収用手続きにはいくつもの段階があるが、収用委員会によって収用が認められた段階で、土地の所有権は自動的に公共事業者に移る。所定の代金が支払われるが、本人が受け取りを拒否した場合は、裁判所の供託となる。
この土地の場合は、2018年にすでに所有権が移転していたが、元の地主は圏央道建設に反対しており、明け渡しに同意しなかった。県は何度か催告を行った末、2年後に行政代執行となった。
圏央道南側区間(藤沢IC-釜利谷JCT間約13km)は、現在も未開通の圏央道2区間のうちひとつで、首都圏の高速道路網にとって、大変重要な意味を持つ。単に迂回路というだけではなく、新東名の一部として機能することが期待されているからだ。
新東名は海老名南JCTで圏央道と接続して終点となり、その先、都心寄りの計画はない。新東名が全線開通しても、東名で最も交通量の多い海老名JCT-横浜町田IC間はまったく増強されず、逆に増大した交通量を一手に引き受けることになる。
現在、東名の綾瀬スマートIC付近を先頭に上下線とも恒常的な渋滞が発生しているが、新東名が全線開通すると、東名・新東名で発生する渋滞の大半がここに集結してしまう。
しかし圏央道南側区間が開通すれば、迂回して横浜横須賀道路から第三京浜、あるいは首都高湾岸線への逃げ道ができる。東名経由よりかなり遠回りになるが、交通集中の際はいくらかでも分散が可能。つまり圏央道南側区間は、実質的には「新東名の続き」として機能するはずだ。
その建設は苦難の連続だった。まず立ちはだかったのが、前述の用地取得だ。圏央道南側区間の沿道は主に丘陵地で、1970年代から大規模な宅地開発が始まった。この時点で横浜市は、道路予定地東寄りの一部を確保しており、宅地の真ん中に長い長い更地が残る形となった。
しかし住宅を購入した住民側によると、高速道路ではなく一般道の計画と告知されていたという。つまり「騙された」ということで、激しい反対運動が始まった。
住民が起こした訴訟はすべて棄却となったが、反対派は土地トラスト運動(土地を細切れにして多数が所有することで、手続きを煩雑化し買収を困難にする方法)などによって頑強に抵抗。事業者は可能な限り交渉で買収を行う方針だったが、2015年、ついに収用を開始し、2020年にようやく用地取得が完了したという流れである。
用地取得の難航や、全体の約7割を占めるトンネル部の工法の協議・検討により、建設は遅れに遅れた。開通目標年度は2015年、2020年、2025年と延期が続き、2年前にはついに「現時点において全体事業工程を正確に把握することは困難な状況であり、新たな開通目標についてはトンネル堀進の状況等を踏まえ改めて公表する」(国交省・NEXCO東日本)とされた。
つまり「いつ開通できるか、見通しが立たちません」ということだ。
現場はいまどうなっているのか。私は久しぶりに沿道を見て回ることにした。
横浜湘南道路の横断図(引用:横浜国道事務所
(https://www.ktr.mlit.go.jp/yokohama/yokokoku_index023.html)
高速横浜環状南線の横断図(引用:横浜国道事務所
(https://www.ktr.mlit.go.jp/yokohama/yokokoku_index022.html)
現在、圏央道の南側の終点は藤沢ICだ。そこから圏央道は国道1号線の地下に潜り、途中から南に逸れて栄JCTを通過し、釜利谷JCTへと接続する予定になっている。
藤沢IC付近はシールドトンネルの立坑があり、国道がそれを迂回する形で工事中。このトンネルは、2019年にシールドマシンが地中の障害物と接触して破損し、1年7か月工事が中断した。現在もまだ全体の3割程度しか掘削できていない。
圏央道南側区間のほぼ真ん中あり、横浜新道(戸塚IC)と釜利谷JCT方面への分岐となる栄JCTは、丘陵の谷地に巨大な姿を現している。
その先は丘陵地を縫って高架区間が続くが、なにしろ起伏のある住宅密集地だけに、ものすごく狭いところに、ものすごく巨大なものを無理矢理造っているという印象だ。
その先は、大規模宅地のど真ん中を3本のトンネルで貫通する。桂台トンネルは、横浜市が事前に道路用地として確保していた区間。
トンネルの地表からの深度は浅いので、おそらく当初は掘割(半地下)構造や開削トンネル(地上から地盤を掘削しトンネルを構築してから埋め戻す工法)も想定されていただろう。しかし周辺は建設反対運動の中心地だけに、地表に影響のないシールドトンネル構造となった。ここでも2021年にシールドマシンが故障し、数か月間工事が止まった
環状4号線が通る谷地で一瞬地表に出た圏央道は、今度は庄戸トンネルに入る。ここは地中のトンネル内で釜利谷JCTへの分岐があるため、最も難度の高いトンネル工事となっている。
NATM(ナトム)工法でいくつにも分割しながらトンネルを掘り、地下に巨大な空洞を造ってその中で長方形の鉄筋コンクリート製のトンネル函体を建設し、最後に周囲の空洞を埋め戻すという、驚くべき工法が採られている。それに続くJCT部は、合計9車線、4本のトンネルとなる。
引用:福岡市地下鉄七隈線建設技術専門委員会「2 ナトム工法について」
(https://subway.city.fukuoka.lg.jp/hakata/pdf/about/about08.pdf)
これほどの大工事にもかかわらず、地表からはほとんどなにもうかがい知ることはできない。周囲は静寂で、ダンプカーが土砂を運んでいる姿も見えない。当初は7千台もの大型工事車両が出入りする予定だったが、住民に配慮して、土砂はすべて作業抗から搬出し、住宅地の通過をゼロにした。掘削の音や振動も地表に影響のないように、細心の注意が払われている。
かつて道路工事というと、ガンガンガリガリ、非常にうるさくて不愉快なものだった。しかし圏央道南側区間では、すべてが静寂の中進められている。沿道住民にすれば、10年もガンガンガリガリやられたらたまったものではないが、それにしても大変な気の遣いようだ。
かつて首都高は、ガンガンガリガリ突貫工事をやってオリンピックに間に合わせたが、こんな繊細なトンネル掘削工事でトラブルが発生しても、それを取り戻すべく工事を急ぐなんてことは不可能だ。何かあるたびに、ひたすら遅れるしかない。
圏央道南側区間は、いったいいつ頃完成するのか。新東名が全線開通する予定の2027年度に間に合うのか。間に合わなければ、綾瀬スマートIC付近に地獄の渋滞が出現する。
しかし現場を見た感覚では、どんなに早くてもあと5年はかかるだろう。1988年に事業化されてから開通まで、40年を超えることになる。まさに難産中の難産である。
(文、写真:清水草一)
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