電気自動車の実用性能のバロメーター「バッテリー」。ゲームチェンジャーは“全固体電池”・・・BEVの真実と未来
前回のコラムでは、1830年代には電気自動車(BEV=発電装置を持たないバッテリー式電気自動車)が発明され、1880年代にはガソリン車よりも早いタイミングで実車の試運転に成功。90年代には市販が始まったことを紹介した。
1900年前後にはアメリカを走る自動車のうち4割ほどが電気自動車だったという事実は、多くの人にとって意外な事実ではないだろうか。当時、電気自動車が人気だった大きな理由は「走行性能が高く、静かで排気ガスもない」という性能面にあったようだ。
その後ガソリン車の台頭に隠れてすっかり影を潜めていた電気自動車だが、地球温暖化との関連が疑われている二酸化炭素の排出量を抑えるという目的から近年は再び脚光を浴びている。2010年頃から大量生産の市販電気自動車がではじめ、2011年には世界でわずか4万台だった電気自動車の市場は、2023年には950万台まで拡大したのだ。
バッテリーの実用性能の制約によりガソリン車が普及
ところで、自動車黎明期の主流だった電気自動車はなぜ姿を消し、その後ガソリン車に乗用車の主役の座を奪われてしまったのだろうか。その秘密は、バッテリーにある。
発電装置を車体に持たない以上、電気自動車の走行性能はバッテリーに大きく依存する。動力性能こそモーターの性能に左右されるが、航続距離、そして充電受け入れ性能やバッテリーの劣化など実用性に関するものはバッテリー自体とその制御が重要なのだ。
1900年代の進化が著しかったガソリン車に対し、電気自動車の進化は大きく進まず性能面でどんどん差をつけられてしまった。その“差”を解消できなかったことが、電気自動車普及の足かせとなり、衰退につながったのは間違いない。
すなわち、バッテリーの進化こそが電気自動車の進化と言い換えていいだろう。参考までに、バッテリーが姿を現したのは1800年。イタリアのボルタが、銅と亜鉛と食塩水を用いた「ボルタ電池」を発明したことから広まった。
1830年代にスコットランドの発明家ロバート・アンダーソンが“世界初の電気自動車”とされる車両を発明したときのバッテリーは「一次電池」だった。現在電気自動車に使われている「二次電池」との最大の違いは、充電ができないこと。バッテリーが使い捨てだったのである。
さすがに、一度使いきると交換しなければならないバッテリーを搭載した電気自動車を普及させるのは難しい。だから電気自動車は、発明されたあとも実用化までには50年以上の時間が必要だったのだ。
一般的に「世界初の電気自動車」とされているのは、1881年にフランスの発明家ギュスターヴ・トルヴェが制作し、パリの道でテストされた車両だ。この車両は二次電池を搭載した電気自動車の第一号だったともいわれている。
1900年前後のアメリカでは電気自動車の全盛期を迎えるが、1908年に「T型フォード」が発売されるとガソリン車が優勢になる。電気自動車には「音や振動がなくて排気ガスも出さないから快適」というアドバンテージがあったものの、T型フォードが安価だったことに加え、電気自動車を語る上で外せない航続距離の制約がガソリン車と明暗を分けたのだ。
日本でも戦争やオイルショックで電気自動車への期待が高まる
時は流れ、1940年代後半の日本。太平洋戦争は日本に多くの混乱を与えた。ガソリンの入手はまだ難しく、いっぽうで発電能力はあるが空襲の被害などで操業できる工場が減って電気が余る状態となっていた。
その解決策として電気自動車に白羽の矢が立ったのだ。鉛蓄電池を使った「たま電気自動車」などが制作され、量産された。しかし、次第にガソリンが手に入りやすくなると、需要が減少。日本でも電気自動車が普及することはなかった。
さらに20年の時が流れて1970年代になると、オイルショックの解決策として電気自動車が注目された。日本でも各自動車メーカーが研究を進めたが、鉛蓄電池のままではガソリンエンジン車のような利便性や性能は実現できなかった。そうこうしている間にオイルショックが解消し、市販されることなく電気自動車はまた身を潜めていった。
バッテリーの進化と実用性能の向上
1980年代後半になると、有害物質を一切排出しないクルマ、具体的には電気自動車を一定の台数販売することを盛り込んできた地域がある。増えすぎた自動車による大気汚染に苦しんでいたアメリカ・カリフォルニアである。
そこで自動車メーカー各社は電気自動車の研究・開発に本腰を入れるが、以前の電気自動車とは明確に異なることがあった。それはバッテリーだ。それまで広く使われていた鉛蓄電池からニッケル水素電池へ、バッテリーの大革命が起きていたのだ。
ニッケル水素電池はエネルギー密度(一定の体積の中にどれだけのエネルギーを蓄えられるか)に優れ、航続距離などの面でそれまでの電気自動車に比べて飛躍的に性能を高めることができた。最低限の実用性能は確保できるようになったので、ゼネラルモーターズやトヨタ、そしてホンダなどがカリフォルニアで電気自動車の販売を開始。電気自動車社会の到来を予感させた。
しかし、かつてに比べると実用性が大きく高まったニッケル水素電池搭載の電気自動車も、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなど内燃機関車に比べると航続距離や車両価格などで劣り、また劣化問題(充電を繰り返すと実質的なバッテリー容量が少なくなっていく)も解消できずにいた。内燃機関車との差は縮めたが、またまだ追いつけるほどではなかったのである。
そんななか、2000年代に入るとバッテリーはさらに大きく進化。携帯電話などに使われていた、リチウムイオン電池が電気自動車にも使われるようになったのだ。当時を過ごした人は、携帯電話やヘッドホンプレーヤーなどの電池がニッケル水素電池からリチウムイオン電池へ変化し、電池の持ちが飛躍的よくなったことを実感しただろう。それが電気自動車にも起こったのである。
現在の電気自動車の主流となっているリチウムイオン電池は、ニッケル水素電池より高エネルギー・高出力密度なのが特徴。結果として電気自動車の性能向上に大きく寄与している。航続距離も格段に増え、いっぽうで性能劣化も少なくなったことで、電気自動車のゲームチェンジャーとなったのだ。リチウムイオン電池の実用化がなければ、現在の電気自動車市場拡大は成し得なかっただろう。
全固体電池がゲームチェンジャーに
ではこの先はどうなるか?
次のゲームチェンジャーとして期待されているのは、全固体電池だ。電解液を使うリチウムイオン電池に対し、電解液を使わない構造としているのが全固体電池の大きな特徴である。
その最大のメリットは、エネルギー密度が高いこと。つまりリチウムイオン電池なら1充電で500キロ走れるサイズがあったとすると、全固体電池なら500キロを上回る距離を走れるということ。逆に500キロの航続距離をキープしたままバッテリーサイズを小さくすることも考えられる。
また超急速充電が可能なことも大きな意味を持つ。全固体電池を組み込むことで、今のリチウムイオン電池を搭載した電気自動車に対し、長距離を走れて充電時間も短くなる電気自動車が実現するのだ。また、劣化しにくいというのも大きな進化だ。
トヨタは、全固体電池を搭載した次世代電気自動車を2026年に導入予定。
日産は全固体電池の生産ラインを建設中で、2025年3月に稼働開始予定。2026年から全固体電池を搭載した試作車による公道でのテスト走行を始める、2028年度までに市販する予定となっている。
2040年までに全車両を電気自動車と燃料電池車(FCEV)にするという計画を打ち立てているホンダも「2020年代後半」に市場へ投入する予定だ。もちろん、海外メーカーも市販に向けて準備している。
今後の電気自動車の覇権争いにおいて、全固体電池の投入は大きな意味を持つのは間違いない。全固体電池の実用化により、充電時間を短縮し、航続距離を拡大。つまり今の電気自動車とは比べ物にならないほどの実用性を手に入れることになるだろう。
電気自動車の実用性能は、実はモーターではなくバッテリーが左右するといっていい。そして全固体電池は、電気自動車界における“次のゲームチェンジャー”になるのは間違さそうだ。
(文:工藤貴宏 写真:トヨタ自動車、日産自動車)
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